258 会いたい人たちと……




 アグリコラと別れると、オスカリウス家に寄って説明し、ギガスウィーペラの胃袋を預かってもらった。

 キリクたちは外出していたので家令のリベルトに頼んだ。

 簡単に事情を話したら、

「キリク様が買い取りたいと言い出しそうですね」

 と笑うので、それはアグリコラの分でお願いします、と頼んでおいた。



 貴族街を出ると、赤子たちが背中から降りたいと動き始めたので地面に下ろした。

 もちろん、すぐさまリードを付ける。

 走り回って大変なので仕方ないからだが、心配した「リードに対する非難の目」は向けられなかった。むしろ、可愛いわねえ、という顔で皆が見ていく。

 ロワル王都は人は多いが、比較的平凡な国の王都だからか、獣人族の赤子はあまり見かけないようだ。

 耳がピコピコ、尻尾もふさふさと揺れる赤子たちの様子は、どうやら人々を和ませているらしい。

 公園で休憩した時も、通りすがる人が微笑ましそうに赤子三人の団子になった姿を見ていた。


 昼ご飯はオリュザで摂り、次にカッサの店へ行く。

 馬のお世話や騎獣のお世話、掃除をしてスッキリした。

 その間、ロトスは騎獣に乗っていた。

 ロトスが何者かは分からずとも、なんだかすごく好き、と皆が集まって乗せたがっていたのだ。リコラがしきりに首を傾げていた。

 赤子三人は、ドラコエクウスのアロエナが面倒を見てくれた。彼女の子フルウムはもう大人扱いで、竜馬として馬の厩舎に入れられている。仕事も始めており、子離れしたところだそうだ。

「ちょうど良かったよ。フルウムがもう大人なのは分かってるんだが、寂しそうだったからな」

「そっか。ゴルエドは?」

「手のかかる子供がいなくなって良かったと言ってな、アロエナに蹴られてた」

「あはは」

「ああいうの見てると、人間も騎獣も変わんねえよなあ」

「……ええと、女性の方が強いってことかな?」

「そうそう。へえ、シウも分かってきたじゃないか」

「僕も大人だからね!」

 胸を張ったら、何故か大笑いで肩や背中を何度も叩かれてしまった。


 アントレーネはアロエナと何やら話し込んでいた。

 希少獣の言葉がなんとなく通じるようになってきたらしいのだが、微妙に噛み合ってない会話で、まだまだだなあと横目に見ていたシウだ。



 その後、武器を見たいというアントレーネのために西地区を見て回ったり、ギルドへ顔を出したりして歩き回った。

 食べ歩きが好きなアントレーネとロトスである。途中で何度も屋台に寄った。

 串焼きだけでなく、ちょっとチープな下町のお菓子も売っていたりして、それはそれで面白かった。

 ロトスは、自分が食べたいと言って買ったくせに、

「……シウの作ったのが美味しい」

 と零していた。

 アントレーネは文句を言わずにニコニコ笑って食べ尽くしていた。


 最後はシウの行きたかった場所、市場だ。

 アナが事務所にいたので、次の仕入れについて相談したり、珍しい食材を教えてもらうなどして楽しい時間を過ごした。

 市場での買い物も自重せずに行ったので、アントレーネはともかく、ロトスは呆れた顔でシウを見ていた。


 夕方、コルディス湖へ皆を迎えに行ってベリウス道具屋へ戻ると、仕事を終えたエミナたちと共にヴルスト食堂へ行った。

 ゆったりとした休日で、楽しいものだった。




 翌日は事前に手紙を送って予定を合わせていたフェドリック家へ行き、当主のフィリップとアロイス=ローゼンベルガーについて語り合った。

 手紙のやり取りはしていたが、直接会うのはかなり久しぶりだ。

 しかも、夏にシウがアロイスと出会ってその財産でもある彼の書籍や集めた資料などを手にしたと教えていたので、フィリップは今日の日を心待ちにしていたようだった。

 大量にあるアロイス自筆の資料を前に、感動で打ち震えていた。

 シウもこの件については話の合う人があまりいないため、身分の差は考えずに楽しく語り合った。

 本当は彼の息子アレストロと友人だったのだが、最近では連絡をとりあうのはフィリップの方になっている。

 この日もアレストロがいたもののそっちのけで、二人して資料を眺めていたら呆れて笑われてしまった。

 一通りフィリップと話をして気が済んだら、アレストロとも話をした。

「エミルがまだ卒業できないので、僕も卒業は伸ばしたんだよ」

 無理に頑張って卒業を選ばなくても、詰め込まないように調整して授業を取っているようだ。

「シウが人工地下迷宮を作ったろう? あの時の経験がエミルには良かったようだね。おかげでやる気になって、頑張っているよ」

「そうなんだ」

 それは良かった。

 エミルはアレストロの従者で、魔力もそれなりにあったものだから魔法学校へ一緒に入学させられていた。しかし本人は勉強嫌いらしく、やる気がなくて落ちこぼれていたのだ。

 それが変わったのは、学校内に人工地下迷宮を作ってからだ。

 皆が得意な分野で作成に参加し、エミルも彼なりに頑張っていた。頑張ったら頑張っただけの成果が出たこと、頼りにされたことなどが彼を前向きにさせたようだ。

 とはいえ、相変わらず勉強自体は苦手ということで、今日も予習復習などで部屋に詰め込まれているらしい。顔を合わせることはなかった。


 お昼を誘われたので、ほったらかしだったアレストロといただいた。フィリップは忙しい時間を割いてのことだったから、名残惜しそうに慌ただしく出掛けていった。

 そんなわけで、執事もマナーには煩く言わず、アレストロの護衛たちとも話をしながら食事を摂った。

 護衛のうち、スタンとロドリゲスとは特に親しい。魔獣スタンピードの際に彼等とも過ごしたからだ。その後も幾度か顔を合わせているので話題が合う。

 特にスタンは、フェレスを見て猫が飼いたくなったそうで、猫を飼い始めたと言っていた。今日はその黒猫について、楽しそうに語ってくれた。

 アレストロも見たことがあるそうだが、そうとうやんちゃらしい。

 そろそろ結婚相手を見付けたいところだが、黒猫を優先してくれる人がいいなどと言って、アレストロたちを笑わせていた。



 その後、ベルヘルトの屋敷にも寄った。

 相変わらずエドラと仲が良く、新婚の時期は過ぎたはずなのに熱々だった。

 今日はフェレスたちを連れてきていないので「なんだ、いないのか」と寂しそうだったが、彼等は犬を飼い始めており、我が子のように可愛がっていた。

「本当は小型希少獣をと思っておりましたのよ。でも、寿命のことがありますでしょう?」

 自分たちはもう老境に入り、いつ死ぬか分からない。

 小型希少獣も、聖獣や騎獣ほどではないが、その種と比べたら寿命が長い。

 それを考えて、犬にしたそうだ。

 その犬とて、残していくかもしれない。だから、遺言書も作って、犬の先行きについて書いてあるそうだ。

 そんな話のあと、シウはカルロッテの話を思い出して口にした。

「ベルヘルト爺さん、カルロッテ様のことを応援したそうですね」

「うむ。シウから以前チラと聞いておったのでな。心配したのだ」

「そうですのよ。わたくしもベルヘルト様にお願いしましたの。どうか、王女様をお助けくださいますようにと」

「そうだったんですか」

「うむ。何、わしの力を持ってすれば、大したことではない」

 むふーと鼻の穴を膨らませて自慢げだ。

 可愛いお爺さんである。

「それにの。勉強しようとする姿は本物じゃった。そのへんの宮廷魔術師よりもずっと、真面目にやっておったのだ。これは掬い上げねばならんと、思ったのじゃよ」

「さすがです、ベルヘルト爺さん」

「うむ!」

 杖でドンと叩くことはやらないが、声は相変わらず大きい。

 まだまだ元気いっぱいで、彼等が寿命について語ったものの、これなら安心だと胸を撫で下ろしたシウだ。



 夕飯を一緒にと誘われたものの、午後の遅い時間には屋敷を辞した。

 ベリウス家の離れ家で休んでいるであろうアントレーネたちが心配だし、晩ご飯を作る予定だったからだ。

 のんびりと歩いて中央地区まで戻ったところで、脳内マップに引っかかるものがあった。

 知り合いのマークではない。

 いや、ある意味知り合いと言える。

 この人注意! という人間に付けていたものだから。

 でも、もう要らないだろうと外すつもりだった。それを忘れていたのは、結果的に良かったのか。

 なにしろそれは、ヒルデガルドのものだったからだ。

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