257 アグリコラにプレゼント




 水の日は皆でお出かけだ。

 皆と言っても、フェレスたちは居残りである。狭い庭では可哀想だとスタン爺さんが言うので、彼を含めてコルディス湖に送り届けた。

 冬のコルディス湖を見たかったらしいスタン爺さんが、一番喜んでいた。


 赤子はシウたちでそれぞれ背負って行く。エミナのところのアシュリーはお店で様子を見るそうだ。少し奥にはドミトルの工房もあるし、大丈夫大丈夫と軽い返事だった。

「たまにはお爺ちゃんも赤ちゃんの世話から解放されないとね!」

 ということらしい。

 でも、スタン爺さんはフェレスやブランカの面倒を見ているのだ。

 クロは面倒を見られる必要はないため、あくまでも二頭だけだが。



 まず、シウたちはアグリコラのところへ会いに行った。

 オスカリウス家へ誘われて領地まで行くかもしれないというので、その挨拶も兼ねてだ。

 工房へ行くと、悩んでいたアグリコラを皆で追い出す算段になっていた。

 アグリコラも心を決めたのか、引き継ぎの話にも素直に頷いている。

 シウが顔を見せると皆が手を止めて、アグリコラが出ていくことを喜ばしいことだと言ってきた。

 とにかく、皆、人が好い。

 アグリコラもここでは十分良くしてもらったと、何度も口にしていた。

 婚約者から冷たい仕打ちを受けて婚約解消されてしまったアグリコラは、仕事に対する考えに悩んでしまって一時期、鍛冶仕事から逃げていた。

 ロワル王都へ来て、いろいろあって、この工房に辿り着いたのだ。

 アグリコラにとって、ここは再出発ができた記念の場所である。

「エミナ殿にも、ようしてもらっただす。わしの希望をよく聞いてくれて、親方を紹介してくれただ。親方もわしのこと、よう相手してくれて」

「何言ってんだ。お前がしっかり働いたからこそだぞ。それより、お前は口が回らん。いいか、相手に舐められんじゃないぞ。何か言われても、ふんぞり返ってりゃ、いいんだ。お前は望まれて行くんだから、おどおどするんじゃねえ。分かったな!」

 最近はおどおどしていないのだが、アグリコラは確かに言葉がゆっくりだし、方言のきつい田舎訛りだからどうしても舐められやすい。

 言葉を尽くして説明するタイプでもないので、客との応対には向いていないだろう。

 親方は心配でしようがないのだ。

「オスカリウス家に直接雇われるの?」

「違うだ。店をひとつ、用意していると言うておっただ――」

「それ、どことは言われてないんだよね?」

 シウが笑うと、親方や他の従業員たちも笑った。

「辺境伯はやり手だからなぁ。ま、悪いことにはならんだろ。何度か来たが、あの人は現場のことをよく知っている。良い奴だよ」

「キリク、そんなに何度も来たんだ」

「最初はビビっちまったがな。そうそう、お前さんの塊射機、あれが最初だったか」

「あれはアグリコラの噂を聞きつけて行ったんだよ。僕が原因じゃないと思う」

「そうだったのか。へえ。じゃあ、アグリコラよ、お前さんは何年越しかの三顧にようやく応えてやったってことか。そりゃあいい」

 親方は膝を叩いて大笑いだ。

 シュタイバーン国では有名なオスカリウス辺境伯だ。その辺境伯のラブコールを今まで断っていたということであり、数年越しに応じたアグリコラの話は、親方の琴線に触れたようだった。


 さて、シウはただ挨拶に来ただけではない。

 普通に考えたら、栄転と言って差し支えない引き抜きの話で、アグリコラが前向きに決めた話だからお祝いに来たのだ。

 ということで。

「これ、プレゼント。使って」

「なんだすか。これは――」

 親方や他の者たちも一斉に集まってきた。

「こ、これは!」

「親方? こりゃあ、なんですか? アグリコラよ、お前はこれが何か分かるのか?」

 アグリコラもまた目を見開いて驚いているので、他の者たちは知っているのだろうと思って聞いたようだ。しかし、誰も答えないのでシウが答えた。

「ギガスウィーペラの胃袋だよ」

「ええっ!?」

「マジか」

「これが、あの……」

「俺も修行の頃に師匠から見せてもらったっきりだ」

 親方が震える手でそっと胃袋に触れた。

「それ、見本のつもりで小さいやつ。練習用にして。こっちが本番用の。はい」

 小さな蛇の胃袋はやっぱり小さい。幾つかは練習用として切り出していたので、それを渡す。

 シウも小さいので試してみた。

「それ、本体が一メートルぐらいの分。プレゼントするのは中ぐらいで、三から四メートルほどのだよ。大きいのもあるけど、そっちは高額になりすぎるからアグリコラは嫌がるかもと思って」

「あああ、嫌がるだよ!」

「あ、うん」

「これでも、わしの手に余るかも……」

「だから練習用――」

「普通は練習用にも使わないんだがな。シウ坊には本当にまあ、毎回驚かされる。だがアグリコラよ。シウ坊がせっかく祝いに持ってきてくれたんだ。手に余るだなんだと言ってねえで、やってみろ。でな、シウ坊に、大きいのを売ってくれと言えるほどに、腕を上げるんだ」

「親方」

「どうせシウ坊のこった、まだまだあるんだろ?」

「うん」

「ほらな。気張れよ、アグリコラ。お前のオスカリウス領での初仕事になるんじゃねえか?」

「わしの……」

「そうだとも。こんな素晴らしい素材、あの辺境伯が見逃すはずはねえ。そうだろ、シウ坊よ」

「あ、そだね。絶対バレるだろうね」

 シウが笑うと、アグリコラはふうと大きく息を吐き、そしてむんと両手を握っていた。

「やるだすよ。シウ、ありがとうだ」

「うん」

 折りたたんだ胃袋は、そのままでは使えない。生産魔法必須だし、特殊金属を入れておくためには作業が必要だ。熱耐性も毒耐性も付けなくてはいけないし、漏れも許されない。魔法袋よりも作業工程は大変だ。

 でも地道に丁寧に頑張れば、出来上がるはずだった。

 アグリコラならもちろん。

 彼はやる気になって、胃袋を大事そうに抱え直していた。



 シウの狩ったギガスウィーペラは売るつもりがなかった。

 アグリコラが喜ぶかなと思った程度で、シウも趣味で何かに使おうと思ったぐらいだ。

 でも、一緒に狩りをしたロトスは売る予定である。

 ついでだから親方に聞いてみた。

「親方、こういうのって売れそう?」

「素材がか? そりゃあもちろん。なんだ、売る分もあるのか?」

 前のめりになってきたので、笑う。

「僕のは売るつもりないんだけどね。自分で使うか、アグリコラに分けるつもりだったから」

「そうかそうか」

 でも、ロトスのものは高く売りたい。

「この子の分を、買ってくれるところがあったらなーと思って。ラトリシア国でもいいんだけど、あっちに出しすぎてるし」

 シウひとりで珍しいものを出している自覚はあるので、分散ではないが、幾らかはシュタイバーンで卸してもいい。

 親方も、そうしてくれよ、と懇願してきた。

「俺には扱いが難しいだろうが、金属加工の店や、鉱石関係の店は絶対に欲しいはずだ」

「生産職じゃなくて?」

「ああいう大きな店にゃ、伝手はあるさ。雇っているところもあるぐらいだ。俺は、製品になったものを使いたいが、自分で使えるようにするには難しいんだよな」

「わしが作ったものを、親方には譲るだよ!」

「そりゃあ、有り難えが。おっと、買い取るからな?」

「わしもただでシウから貰ったものだ」

「何言っとる。それを使えるようにしたのはお前だろうが」

「まだ作っておらん」

「分かっとるわい」

(コントかよ)

 ロトスが念話で突っ込んだところで、シウは二人の会話を止めた。

「で、店に持ち込んだ方がいいかな?」

「ううむ。オークションもいいが、事前申請が厳しいんだ」

「そうなんだ。ラトリシアの闇オークションは、割と楽だったけどな」

「あっちは闇ギルドが強いそうだからなあ。こちらは他ギルドの介入や、貴族の越権もあるらしいから、むしろ出さない方がいいかもしれん」

「へえ」

「わしが、鍛冶ギルドを通して聞いてみるか?」

「じゃあ、お願いしようかな。ロトス、それでいい?」

「うん。お任せー」

 時間がかかるかもしれないので、物はオスカリウス家で預かってもらうことにした。

 親方に預けると言ったら震えだしたので、そういうことになったのだ。

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