259 驚きの再会




 ヒルデガルドがいるなら、道を変えなきゃなあと自然に考えて、ハッとした。

「え?」

 何故ここに、彼女がいるのだろう。

 それに、移動を見ていると、妙だ。

 貴族の子女が、しかも若い女性が中央地区を外れて西中地区の裏道ヘ――

「追われてる?」

 不自然な動き方を確認した後、感覚転移をして視ると確かにヒルデガルドだった。走っており、息が上がっている。

 シウは急いで彼女のところまで走り出した。


 まだ夕方前だ。たくさんの人が往来している。

 こんな中で転移をするわけにはいかない。認識阻害を掛けても、どこにどんな人の目があるかも分からない。

 ヒルデガルドには悪いが、走って向かうことにした。

 それに、中央地区に近い西中地区のことだ。いくら裏道だとはいえ、まだ大丈夫だろう。

 それでも彼女が「追われている」ことから、シウの足は早くなった。

 もし、警邏がいたら怒られる程度には早かっただろう。

 ただし、感覚転移で人の少ない場所を選んで走っていたし、見付からないようにとの配慮はしていた。


 追いついた時には、ヒルデガルドは攫われかけていた。

 そう、明らかに「誘拐」されようとしていたのだ。

「何をしている!」

 大きな声で呼び止めると、彼等は動きを止めた。

 四人の男が、振り返ってシウを見る。それから、ニヤリと笑った。

「こっちも美味そうな餌じゃねえか」

「ツイてるな」

「そうか? 調子の乗ったガキじゃねえか」

「いや。顔は地味だが、仕立ては良さそうだ。どこかのボンボンだろう」

 ヒルデガルドは口を抑えられており、頭を左右に振っているが外れることはなかった。目を見開いて、助けかもしれないこちらを見ようとしているが、見えていないようだった。

 もがいても、男の右手が口を、左手が彼女の体を拘束していた。

 その左手がいやらしく動くのを見て、シウは目を細めた。

「彼女を離せ」

「へっ。そういうわけにはいくか。こりゃあ、仕事なんでな」

「仕事?」

「そうとも。逃げ出した女を捕まえるのが俺たちの仕事さ」

 男四人の様子を見て、それから鑑定を掛ける。

 職業欄はそれぞれ盗賊、用心棒、護衛、なし。

 見た目もそれなりだ。ボサボサの髪に伸ばしっぱなしの髭。洗ってないであろう汚れた服。腰には、古いが使い込まれたような剣を下げていたり、投げナイフを仕込んでいる者もいた。

「その仕事が何かによっては、警邏を呼ぶけど?」

「へっ。その前に、お前は――」

 倒すつもりだったのだろう。腰を屈めて殴りに来たが、もちろん、オーガよりも遅い動きでは相手にならない。

 ひょいと避けて、ヒルデガルドを抱えている男の近くまで飛んだ。

「なっ!」

 男たちの驚く声が上がった頃にはもう、シウは彼女を奪い取っていた。

 こめかみを旋棍警棒で打ったため、ヒルデガルドを押さえ込んでいた男はふらりと倒れてしまった。

 男に巻き込まれないよう強引にヒルデガルドを引っ張って寄せたから、彼女の体がシウにぶつかるように近付いたが、ダンスの要領でくるりと反転して、彼女の手を持ちながら回してあげた。

 勢いはあったものの、ダンスに慣れているのだろう。ヒルデガルドはなんとか持ちこたえて、自分の足で立っている。

 良かった。まだ大丈夫そうだ。もう少し頑張ってほしいと、シウは彼女の目を見たが。

「あ、あ……」

 怯えた顔をしていた。

 シウに、こんな顔をしたことは、なかったはずだ。

 びっくりしてしまったが、やられたことに気付いた男たちが我に返ったところだったので、シウはそちらを相手することにした。


 結果的に、騒ぎに気づいた住民が二階や三階の窓から声を上げてくれた。

「警邏を呼びに行ったよ! 女の子や、小さな男の子に手を出すなんざ、最低な野郎たちだよ!」

「そうだそうだ、捕まっちまえ!」

 鉢植えも飛んできて、男たちは怯んだ様子で離れていった。

 それを見てヒルデガルドも安心するだろうと思ったのだが、彼女も何故か逃げようとした。

「ちょ、ヒルデガルドさん!」

「わ、わたくし、わたし――」

 追いかけると、目つきがおかしかった。怯えた顔と、焦点が合っていないような目線。

 これは警邏に引き渡すのは待った方がいいかもしれない。

 シウは、ごめんね、と断ってから彼女の腕を引っ張った。

「いやっ! いや、やめて」

「大丈夫、大丈夫だから。僕だよ。シウだ。思い出して。大丈夫、怖いことはない。あなたを助けるだけだから」

「……助ける?」

「そう。あいつら、変な男たちからも助けたでしょう?」

「助けてくれた……」

 暗示に近い声音で告げたが、本当に彼女に対して悪意はない。助けたいだけだったので、真摯に語ったつもりだ。

 それが伝わったのかどうか。

 ヒルデガルドは歩みを止めて、その場に崩れ落ちそうになった。

 慌てて抱き留め、それから抱えなおした。

 お姫様抱っこといきたいところだが、彼女も恥ずかしかろう。自分より小さい男にそんな格好で運ばれるのは。

 だから、背負うことにした。

 幸い、細い裏路地を走って逃げてくれたため、さほど人目はない。

 よいしょと背負って、認識阻害を掛けてからベリウス家へと戻った。



 裏戸から入りそのまま離れ家へ向かうと、スタン爺さんのいる本宅の居間で寝そべっていたブランカが気付いた。

「ぎゃぅ!!」

 しかし、ここは心を鬼にする。

「動いちゃダメ!」

「ぎゃ……?」

「そのまま、待機。分かった?」

「ぎゃぅぅぅ」

 そんなあと抗議のような声を上げたが、クロが騒ぎに気付いてブランカの気を逸らしてくれた。良かった。ありがとうとクロに視線で伝え、シウは離れ家に入った。

 離れ家の一階にはフェレスが寝転がっていたが、シウを見て尻尾で返事をしただけだった。まだ眠いらしい。

 二階に行くと、廊下を挟んでシウの部屋とは反対側に、客用の部屋が二つある。一つはアントレーネが使っているので、もう一つのベッドに布団を敷いてヒルデガルドを寝かせた。

 背負った時にはもうほとんど自失状態だったが、運んでいるうちに完全に意識を失ったようだった。

 悪いとは思うが鑑定を掛けてみた。

 体力の数値がほとんどない。

 見た目も、逃げ回っただけにしてはおかしいと思えるような姿をしている。

 さて、どうすべきか。

 浄化を掛け、細かな傷も見えたので治癒魔法を施す。

 テーブルに水差しなどを用意してから、立ち上がって廊下に出たところで、アントレーネが上がってきた。


 アントレーネは赤子をスタン爺さんのところへ置いてきて、こちらへ来たようだ。エミナの手伝いをすると言っていたので店にいたはずだが、彼女は獣人族で鼻が効くため、シウが戻ったことにも気付いたのだろう。

「シウ様? あの、女性をお連れかい?」

「うん。知り合いなんだ。帰ってくる時に、追われているのを見付けて」

「追われて?」

「冒険者崩れみたいな、良くない職業の男たちに誘拐されそうになってたんだ」

 アントレーネは顔を顰め、それからホッとしたように笑った。

「なんだ、そうだったのか。いや、良くはないんだけどね」

「どうしたの?」

「……シウ様が女の子を連れ込んだのかと思って、ちょいとびっくりしてしまったみたいだ。あたしとしたことが」

「はあ」

「あっ、いや、シウ様がどんな女の子を選んだって、あたしにゃ口を出す権利はないんだよ? でもさ、変な女だったらどうしようかと思って」

「……気の早いこと言わないで」

「そうだよねえ。シウ様にはまだまだ早いよね!」

 え、そこを強調する? しかもすごく嬉しそうだ。

 シウはなんだか釈然としないものを感じながら、母親目線になっているらしいアントレーネに声を潜めるよう注意した。

 決して、シウにはまだ早いと言われたことへの仕返しではない。

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