254 鳥型聖獣への騎乗訓練
騎獣管理塔へ向かったシウたちは、研究者や調教師に聖獣たちから、また大歓迎されてしまった。
もはや慣れたものだ。
ジークヴァルドは呆れているし、もみくちゃにされたブランカは毛がぐちゃぐちゃになっていた。いや、それは元からかもしれない。カロスと遊び回って、めちゃくちゃになっていたのだ。
カロスも、仲間たちと出会えたことが嬉しいらしく、もみくちゃ状態になっている。
クロは要領よく飛んで逃げていた。
今回は「お仕事がある」と言うと、シウの前に並びかけていた聖獣たちは残念そうに離れていった。
「シウ、なんか変な匂いでも出してないか?」
「変な匂いって」
「だって、ブラッシングやマッサージだけでこんなに好かれるなんてさ。そりゃ、調教師たちも気になって集まるよな」
聖獣たちは離れてくれたが、調教師や研究者の幾人かはまだシウの傍に立っていて、ジークヴァルドの話を聞いて笑っていた。
「見ていてもいいけど、シウの邪魔はしないでくれよ」
「はい、殿下!」
「やめてくれって、それ。俺、一応これでも騎士なんだから」
「はい、騎士様!」
「やーめーろー。お前ら、騎士に対して『様』なんて付けたことないだろうが。ったく、調子良いんだから」
気安い彼等の会話を聞きながら、シウはルプスの皮を次々と切り出していき、縫い合わせた。
ルプスはラトリシア国でもっとも狩れる魔獣だ。皮は売ってもしようがないほど余っているので、こうした時に便利に使っている。
カロスの寸法は空間魔法により分かっていたため、脳内の記録庫の鳥型騎乗帯絵図を見ながらさっと作り上げた。
「よし、大体のところはできた。カロスー、ちょっと来てくれる?」
「くぃ!」
飛んできたカロスに装着してみた。
「どこか、痛いところや、違和感とか、少しでも気になることがあったら言ってね」
「くぃ。くぃくぃくぃ」
特にないというので、帯を締めてみた。その上で飛んでもらい、様子を確かめる。
それから、心配する調教師たちのことを考え、ジークヴァルドとカロスに確認をとってからシウが乗ってみることにした。
「ごめんね、最初が僕で」
そう言うと、シウの気遣いが分かったのだろう、カロスはううんと首を振った。こうしたところは人間の仕草そのものだ。人間の近くで育った子たちは、こうした仕草を真似る。
人間を嫌っていないからこそだ。
「ありがとう。じゃあ、ジークのためにも、練習してみようか」
「くぃ」
「ゆっくりと、羽ばたいて飛び上がってみて」
「くぃ」
自分ひとりだけの時とは違って慎重に、飛び上がる。
鳥型とはいえ、彼等は普通の鳥とは違う。聖獣だ。あくまでも魔力を要した、別の生物として飛ぶ。
ふわりと、鷲らしからぬ飛び方をして、それから羽を動かす。羽は安定させるためや、維持、方向転換などで微妙な動きに使われるようだ。
「早めてみて」
「くぃ」
「次は右旋回。うん、安定してる。じゃあ、左旋回。よし、今度は流れるように上昇」
次々とシウの指示に従い、飛んでいく。
「じゃあ、急上昇して」
「くぃ?」
「いいから」
「くぃ……」
不安そうに、それでもカロスはシウの命令に従った。
急上昇の仕方は、やや鳥に近い。ぐぐっと体が仰け反るが、飛竜のようなものだと考えたら問題はなかった。
「急降下」
「くぃぃぃ」
やっぱり、不安そうに、しかし断りはしなかった。
ただし、急降下ではシウの体重分まで想定できなかったようだ。あるいは、考えたものの予想を超えたか。
カロスは地面に激突寸前でなんとか滑るように草の上を滑っていった。シウは足を上げたので、怪我はしなかったが、普通なら骨折していただろう。
滑っていく間に、カロスはそれに気付いたようだ。
「くぃくぃ!!」
なんとか魔法で滑るのを食い止め、羽で無理矢理に地面から浮かせようとしていた。
問題点が出てきた。
悲壮な顔をして駆け寄ってくるジークヴァルドもそうだが、カロスもまた、飛行訓練がきちんとできていない。
もっと基礎訓練をすべきだ。
騎乗帯も、絵図通りに作ったものの、最後はシウの体を支えてはくれなかった。
あれはあくまでも優雅に空を飛ぶためのものだった。
シウのような空間魔法や、風属性魔法のレベルが高い者でないと、咄嗟に自分の体を支えることはできないだろう。
カロスを足で挟み込んで耐える、という方法もあったかもしれないが、カロスはまだまだ体が出来上がっていない。シウなら大丈夫でもジークヴァルドのような青年がぎゅうと締め付けたら、体も辛かろう。
そうしたことも踏まえた騎乗帯にすべきだし、また互いに体力をつけるべきだとも分かった。
シウが冷静に話し始めたら、何故か調教師たちが呆れた様子で止めてきた。
「え?」
「今は、なんていうのかな、もっと感情を優先させた方が良かったんじゃないのか?」
「は?」
「危ない目に遭って、慌てているアスプロアークイラと、主のジークヴァルド様が駆け寄ってきたところなわけで、な?」
「はあ」
「とにかく、もうちょっと機微ってものを大事にしような。さ、怪我の様子を見よう」
と、シウは連れて行かれてしまった。
もちろん怪我など負ってない。
が、空気を読んで、素直に連れて行かれたシウである。
落ち着いたところで、シウはもう一度、騎乗帯を作り直した。
その間にカロスとジークヴァルドは互いの絆を深めていたようだ。
シウは調教師に窘められながら、騎乗帯を完成させた。
「初っ端からあんな危険な飛び方を命じるものじゃないぞ、ほんとに。こっちの肝が冷えた」
「ええと、はい、そうですね」
あれで? と思ったが、口にはしなかった。
そう言えばフェレスたちの時は、シウが空間魔法を持っていたこともあって安心して危険な遊びもやらせていたが、よく考えたら彼等にはそれが分からない。
安全だという「大前提」がないのだ。
これは最初にシウがきちんと言っておかなかったのが悪い。
改めて調教師たちに説明する。
「僕は安全確認は最大限、行ってます。たとえば、先ほども地面に風属性魔法でクッションを作ってましたし、他にいくらでも対策はとれました」
「確かに、カロスには傷ひとつなかったがな。でも見ている方はハラハラしたんだよ」
「はい。すみません」
「もしかして、フェーレースの子も、こんな感じで育てたのか?」
「えーと、まあ。でも本獣がやりたがりだったので、どちらかと言えば僕が止める方でした」
「……そうか」
呆れた顔でシウを見る。そして振り返って、思う存分に聖獣たちと遊んでいるブランカを見て、苦笑した。
「うちの子たちがタジタジだ。ありゃあ、そうとうなお転婆娘だな」
「フェレス以上に、あの子は野生児でして」
枝がぶつかろうが振り落とされようが、平気である。
リードを付けているから何度も「ぐぇ」となっているのに、フェレスやシュヴィークザームから落ち続けた子だ。
そんな子が、楽園と呼ばれる美しく整備された場所で育った子たちから驚かれるのも無理はない。
「主が主だからかもなあ。ま、無理をさせたつもりはない、と。なおかつ、俺たちのやってきたことは訓練のうちに入らないと、そういうことだな?」
「……ええと」
そうとも取れると知って言い淀んだシウに、調教師は笑った。
「さっきのはそういうことだ。よし、分かった。もう少し難易度を上げようじゃないか」
すると話を聞いていた若手調教師たちから、
「それで、打倒フェーレース、ですよね!?」
などの声が上がっていた。
なるほど、それがあるから張り切っているのか。
シウも一緒になって笑って頷いた。
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