255 乗り方指南と騎士の品位




 騎乗帯を作り直して、再度カロスに締め直す。

 動かないようきつめにしたが、本獣は大丈夫だと胸を張っている。

 もう一度シウが乗り、飛ばないままにあらゆる動きをしてみせると、カロスもどうしたらいいのか、どうすればいいのかを考えるようになってきた。

「くぃくぃ」

 騎乗者が楽に乗れるように、こうしてみる、と意見を述べる。

 シウも想定できる騎乗者の行動範囲を示してみた。調教師たちも、この場合はどうだ、と口を挟んできて各自が真面目に語り合う。

 その間にジークヴァルドは、研究者から鳥型の飛び方について教えられていた。

 乗り手の工夫も必要だ。馬や騎獣とは違った乗り方になるのだから。

 あまり太腿で締めて乗るわけにもいかないし、上下運動に合わせて自分も動く、というような形は取らない方がいいかもしれない。

 座る位置にクッションを入れて、ピタリと密着させ、カロスに全てを任せてみるのも良いのではないだろうか。

 体を添わせていれば、案外安定して早く飛べそうな気がする。


 昼ご飯の後も何度もやり直しをして、これだ、という形に落ち着いた後はジークヴァルドにも実践してもらった。

 カロスはシウを乗せた時よりもずっと慎重に飛んでいて、やはり主への愛は深いなあと感心したものだ。

「……最初にシウ殿を乗せたことが、良い結果に繋がったな」

「そうですか?」

「無茶をしたつもりはないだろうが、自由に飛ぶのと、人を乗せるのでは違うということを学べたからさ」

「そっか。これから徐々に、限界を確かめていけば良いですよね」

「そこで限界とか言い出すのが、シウ殿なんだなあ。それぐらいでないと、フェーレースで優勝はできないってことか」

 何故かまたも笑われてしまったが、とにかく、ジークヴァルドとカロスの初飛行は上手くいったようだった。



 初めから長く訓練を続けるのも良くないので、早めに切り上げて宿舎へ戻ることにした。

 ジークヴァルドは慣れない鳥型聖獣への乗り方で、体の変なところが筋肉痛だと笑っている。

 カロスはカロスで飛ぶのが疲れたらしく、ブランカが乗せてあげていた。

 フラフラしていたカロスを心配しての発言で、優しい子に育ったなあと親バカなシウは目を細めた。

 そんな、のんびりした空気も宿舎の前で終わった。

 仕事終わりなのか、騎士たちが宿舎へ戻ってきていたのだが、その中に因縁のある男がいたのだ。


 ディジオ=エリクソンだ。

 飛竜大会で、騎獣レースに出ていたシウたちに因縁をつけてきた男である。名誉毀損にもなるという――ましてや騎士らしくない――ことから、彼を庇った上司ともども半年間の蟄居を命じられたはずだった。

 だから出勤するにはまだ早いと思うのだが、

「祝い事があったろう? 恩赦が発令されたんだ」

 小声でジークヴァルドが教えてくれた。

 あと一月ほどだからと、早められたらしい。

 そのディジオはシウを覚えていたようだ。憎々しげにシウを睨んでいる。彼の傍にはレーヴェが侍っており、チラチラとシウやカロスたちを見ていた。心配だというのが顔に出ている。

 ディジオの後ろには同僚らしい騎士たちが並んで立っており、様子がおかしいと気付いてシウたちに視線を向けてきた。

「殿下、これはこれは……」

「お疲れ様です、ジークヴァルド殿下」

 ほんの少しだけ、バカにしたような雰囲気が混じっていたけれど、見た目には穏やかに微笑んでいるため扉前の衛兵や、人の声に気付いて出てきた執事も口を挟むような真似はしなかった。ただ眉を顰めていただけだ。

 ジークヴァルドも問題を大きくするつもりはないようで、苦笑で肩を竦めるだけに留めていた。そのまま通り過ぎれば問題はなかった。

 けれど、歩きながら扉へ向かっていたディジオは、やはりシウが気に入らなかったのだろう。足を止めて振り返った。仲間たちも足を止める。

「そうやって、殿下に尻尾を振っているのか。とんだ名誉だな。証拠がないのを良いことに、上手くやったもんだ。さすがは下民だよ」

「おいおい、ディジオ。そのへんで止めておけよ? また裏から手を回されたら困るのはお前だ」

「違いない。たとえ末端とはいえ力はあるようだからな」

 誰のこととは言わないあたりが厭らしいが、ジークヴァルドもこうしたちょっかいには慣れているのか想定済みか、目を細めてはいるが反論はしなかった。

 むしろジークヴァルドの従者の方が顔に出ている。それでも声を出さないのは、主のためだ。

 間に入ったのは執事だった。

 ジークヴァルドへの暴言が許せなかったのだろう。執事がディジオたちに早く中へ入るよう促した。

 三人は何も言い返さないシウに満足したのか、ニヤニヤ笑いながら入っていった。

 呆れてしまう尊大っぷりだ。

 シウが思わず笑ってしまうと、ジークヴァルドも肩の力を抜いて苦笑した。

 何故か釣られて、衛兵たちも笑いだし、しばし和やかな時間が過ぎていった。



 ディジオがいるなら食堂は危険かもしれないと、食事は部屋に運んでもらうことにした。

 ジークヴァルドの従者ウルホは護衛兼用で、カルロッテに付いているアビスという護衛兼従者と同族の者だと思う。同じ動き方をするし「ウルラのウルホ」と鑑定では表示されていた。隠密魔法も持っている。彼なら、上手に用意してくれるはずだ。


 予想通り、ウルホは下働きの者らの手を借りて、ワゴンで運んでくれた。

 待っている間、ジークヴァルドからは各師団の話も聞けたし、逆に騎獣に乗っての危険な飛び方ベストテンをシウが話したりして盛り上がった。

 話は迷走しながら、師団の嫌われ者の話になった。

「じゃあ、コルヴィッツ師団は他の師団からも嫌がられてるんだ?」

「ここだけの話だけどな」

 軍の中で話題になった、ようするにジークヴァルドでも知っているような話を教えてくれた。しかし、だ。

「ブロスフェルト師団でも問題があったね」

「うん?」

「二年半前に、ほら、魔獣スタンピードが起こった時のこと」

「何かあったのか? あの年はブロスフェルト師団のお手柄で、問題はなかったと思うが」

 些細な出来事として話は広まらなかったのかもしれない。

 でもシウはよく覚えている。ラーシュと友達になったきっかけの事件だったからだ。

「スタンピード騒ぎで、魔道具を貸与したんだけどね。それを盗まれたんだ。首謀者は大佐で、手下の騎士がその魔道具を使って人を傷つけようとしたんだよ。証拠隠滅に、奪った相手を殺しかけたし」

「そんなことがあったのか……」

「うん。キリクが言うには、押し付けられた人事らしかったけど」

「ああ、それは――」

 ジークヴァルドは天井に視線を向けてから、こちらに戻した。

 その間にウルホが食事をサーブしてくれている。親しい者だけなので、マナー違反も注意しないようだ。

 手伝いに来ていた者たちも返してしまった。

「もしかしたらコルヴィッツ師団からの横槍だったのかもしれない。当時、貴族たちを交えて軍に関する人事がかなり動いたから。元々コルヴィッツ伯爵はブロスフェルト伯爵に対して対抗意識が強すぎてなー。子供だった俺でも分かるぐらい、嫌味満載だったんだ。でもそう言えば、ここ数年大人しいと思っていた。もしかしたらその大佐の件がバレたからかもな。さすがのコルヴィッツ伯爵も、大っぴらに動けなかったわけだ」

「で、ほとぼりがさめたから、部下たちも活発に動いてるってことかな?」

 シウが言うと、ジークヴァルドは笑った。

「確かに。夏頃から、あちこちでまた嫌味を言ってまわってるよ。あー、そうか。そういうことか」

「どうしたの?」

「俺の人事だ。師団の中で一番まともなブロスフェルト師団に配属されたんだ。でもさ、仮にも王族だろ? こんなのでも手札に欲しかったみたいで、水面下で駆け引きがあったみたいだ。一年後には王騎士団へ移動するのにな」

「はあ、なるほど」

「だから、さっきのは俺へのあてつけでもあったわけだ。夏頃には騎士学校卒業が決まっていたし、自分のところへ取り込もうと画策していたのに、ブロスフェルト師団へ配属が決まったものだから。たぶん、それだな」

 呆れたように笑うと、とりあえず食べようと促してきた。

 シウもそれに従い、食べることにした。


 隣室ではカロスたちが食事を終えて、互いに毛繕いをしたり、ブランカが巣作りを教えたりしている。

 開いたドアの向こうを覗きながら、シウとジークヴァルドは食後のゆったりとした時間を過ごしていた。

「本当のことを言うとディジオの蟄居理由は、飛竜大会でみっともなく騒ぎ立てた、というものなんだ。もちろん根回しの際の説明では名誉毀損も含まれているし、実際オスカリウス家からはそりゃあもう、すごい抗議が来たって話題になってたぐらいで」

「シリルさん、やる気になってたからなあ」

「オスカリウス辺境伯のところは、できる人が多いよな。それで軍のトップも、動かざるを得なくなったんだ。ただ、どうしても名誉毀損では取れなかった」

「僕が冒険者だから、だね」

「そう。最終認可を貴族院に持ち込んだものだから、あ、これは相手側だよ。シリル殿もそうとう腹が立ったんだと思う。貴族院のほとんどが仕事をしない、名前だけで年金をもらう人たちの集まりだからね。で、そういう人たちは大抵中立だ」

「あー、ようするに無効票も多かったってことかあ。あと匿名だったら、貴族と冒険者のどっちに肩入れするかっていったら、言わずもがなだね」

「そういうこと。でもこれだけは譲れないとオスカリウス家が頑張ったからこそ、理由の割には蟄居の期間が長かったというわけ。あと監督責任があると上司も巻き込んだからね。あの手腕はすごいと、関係各所が怯えていたそうだよ」

 それを笑って教えてくれた。

 やはりシリルは、なんでもないことのように言っていたが、いろいろ手を回して頑張ってくれていたのだ。

 有り難いが、ちょっぴり怖いなぁと思うシウである。


 ジークヴァルドは詳細に事情を教えてくれたあと、

「そういうわけだから、逆恨みしてると思う」

 と、肩を竦めていた。

「反省してないってことかあ」

「そういうこと。反省してたら、あんな態度は取らないだろうな」

「ジークも大変そうだね」

「微妙な立場だからな。でもまあ、これも修行だと思えばさ。一年後には王騎士団だ。それまでの辛抱だよ」

 案外気楽な様子で、ジークヴァルドは笑っていた。

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