252 できるメイドと崖の巣滞在最後の日




 ハンスが言う。

「……ベルヘルト殿がね、パーティーになど出たことがないのに突然、奥方と共に出ているものだからどうしたのだろうと思ったら」

「そうそう、あれには驚いたね」

「内緒でカルロッテを留学させるつもりでいたのに、ベルヘルト殿が皆の前で演説を打ったのだよ。これほど才能のある王女が燻っているのは勿体無いとか、あとは何だったかな?」

「あれですよ、兄上。第一級宮廷魔術師の自分が認めたのだから、すごい、と」

「ああ、あれね」

 皆が笑い合う。シウも想像して、笑った。ベルヘルトが一生懸命後押ししようとした姿を、ちょっと見てみたかったかもしれない。

「キリク殿もね、助けてくれたのだよ。まあ、彼の場合は妻がシーカーの卒業生だ。それをとやかく言う貴族もいただろうから、一石二鳥だったのかもしれないがね」

 カルロッテの凄さを説明しながら、妻の自慢をしたというわけだ。

 そのあたり、さすがキリクである。

 とにかくもカルロッテは夢を勝ち取った。

 これからが大変だろうが、それもまたきっと楽しい人生に違いない。

 なによりも彼女が望んでいたことだからだ。



 ハンスたちからは、カルロッテがシーカーへ入学したら気にかけてやってほしいと頼まれた。

「僕で良ければ」

「君だから頼めるんだよ。本当にシーカーに君がいて良かった」

 ハンスは心の底から思っているらしく、よろしくねと何度も手を握ってきた。


 そうして一通り話を聞き終わって、さあそろそろ帰ろうかと思っていたら。

「あのさあ、シウ、ちょっといいかな?」

 ジークヴァルドに引き止められた。

「何か?」

「……俺も、良いこと、あったんだ」

「というと? あっ」

 もしかしてと思って、思わず笑みになる。

 はたして。

「前に、シウも騎獣管理塔の楽園で見たことあるだろ? アスプロアークイラの幼獣の――」

「もしかして?」

「うん。……カルロッテが頑張ってるのにさ、俺が頑張らないでどうするって思って」

 今年から騎士になるジークヴァルドは、王族だったという理由だけで聖獣を下賜されるのは良くないのではと遠慮していた。

 でもお相手のアスプロアークイラの子は、ジークヴァルドを慕っていた。

 調教師たちも、引き取るよう説得はしていたようだった。

 そうか、心を決めたのか。

 良かった。何が良かったかと言えば――

「あの子はずっと、ジークに惹かれていたもんね。煮え切らないから心配だったんだ」

「うっ……」

「これで、ずっと一緒にいられるね」

「まあ、うん。いろいろ大変だろうけど、頑張るよ。あー、それでさ、宿舎に遊びにこないか?」

 と言うからには相談があるとか、そうしたことだろう。

 シウは二つ返事で頷いた。



 部屋へ戻るとメイドが待っており、共に部屋へ入った。

「勝手に入るわけにはいきませんのでこちらで様子を窺っておりましたが――」

「大丈夫そうですね」

 フェレスは遊び疲れたのか、玩具に囲まれてぐーすか寝ていた。それはもう豪快に。

「人の家に来て、これだけ堂々と寝られるのもすごいなあ」

 ヘソ天で寝ているのは、部屋が十分に暖かいからだし、シウが結界を張っていて害意を全く感じないからだろうが。

 それでも、シウが戻るまで待たずに寝ていられるのは、フェレスだからこそだ。

「居心地が良かったのでしたらよろしゅうございました」

 微笑んでのことで、彼女には含みなどないようだった。

 そのまま、フェレスを起こさないようにそっと移動してくれるし、シウの着替えも静かに手伝ってくれた。

 フェレスを起こすのは可哀想だったが、泊まる気はなかったので揺さぶる。

 一応、泊まっても良いのだと彼女は言ってくれたが、これ以上は気を遣って疲れる。

 というようなことを告げたら、メイドは小さく笑っていた。


 見送りの時、彼女は控えめに名乗った。

「わたくし、ルドミナ=ハーンと申します。奥宮を担当しておりますので、また次回もお世話させてくださいませ」

「次回、あるのかなぁ。あ、いえ、その時はよろしくお願いします」

 シウの返事に、彼女は微笑んだ。

「……わたくしが口にするのはおこがましいのですが、こたびのことは奥宮でも大変な喜びでございました。わたくしを含め、誰もが嬉しく思っております。王族の方々のお喜びようをお傍で拝見させていただき、わたくしどもも涙が止まりませんでした。シウ様。どうぞ、また、お越しくださいませ。精一杯おもてなしさせていただきとうございます」

 深く、深く頭を下げて。

 貴族へするのとは違う。心の篭った、とても美しい所作だった。




 光の日は崖の巣で一日過ごした。

 もっとも、隠れ家の中にだけいたわけではない。

 森の中へ狩りにも出かけた。

 アウレアのことがあるので、そう危険なことはできないが、置いていくのも考えものだ。交代というのでも良いが、アウレアも森の中には慣れている。

 誰かしらが守っているということもあって、ガルエラドはアウレアを連れての狩りを反対しなかった。

 ヴァニタス近辺ではウォラーレタルパやウォラーレラーナ、メガロイェラキなど山奥にいる魔獣が多い。

 ここまで奥深い山へは入ったことがあまりないらしく、ガルエラドは楽しそうだ。

 飛行板も乗りこなしており、アントレーネと共に飛んでいってしまった。

「いくらシウが子供たちを面倒見てるって言ってもさあ。あれ、ひどくねえ?」

「まあ、たまのことなんだから、いいんじゃない?」

「シウは子供にも甘いけど、ガル兄貴やレーネにも甘いよな~」

「そうかな」

「そうだってば。ま、俺はその方が楽でいーんだけどさー」

 などと嘯いて、ブランカの上の赤子三人組をあやす。

 彼等は動き回って危険なので、それぞれに固定している。

「あう! あば!」

「まんまー」

「しーぅ。うばぁ!」

 手は動くので、それなりに暴れているが。

 ブランカは今日はジッと我慢の訓練である。

 その間、フェレスとクロは飛び回って遊んで、もとい、狩りをしていた。

 クロが見付けて、釣ってきてはフェレスが待ち構えて狩る、という手法を試しているようだ。

 ハラハラするが、クロはあれをやってみたかったらしい。

 フェレスとブランカが釣ってくるのを見ていて覚えたようだが、小型希少獣なのに度胸が有りすぎる。

 ロトスも見える範囲に飛んできたクロを見て、

「あいつが一番ヤバくね?」

 と、引いていた。



 この日は、ガルエラドたちと過ごす最後の日ということで、晩ご飯は豪勢にした。

 アウレアには何かあった時、ガルエラドのことは考えずにとにかく《転移指定石》を使ってここへ来ることを何度も約束させた。

 森からも転移する練習をさせたが、問題はなかった。

「それから、肌身離さずポーチは持っていること。この中に通信魔道具も、さっきの転移石も入っているからね?」

「うん」

 ポーチと言ってもベルト型のものに、少しだけ小物入れを追加したような形で、魔法袋になっているとは誰も思わないだろう。

 そこにちょっとしたものを入れている。

 アウレアがガルエラドとはぐれても大丈夫なように、だ。

「また、遊びにおいで。勝手に動いちゃダメだけど、ガルに聞いてね」

「わかった。シウ、いっぱい、ありがと」

「うん。良い子だね」

 今回は長く一緒にいたので、離れるのは少しだけ寂しいような仕草も見せた。

 でもまたすぐにいつでも会える。

 アウレアは学習した。

 だから、笑顔でサヨナラだ。



 翌朝、寂しそうだったのはロトスだったり、アントレーネの方だった。

 赤子三人とフェレスたち希少獣三頭は特に気にせず、いつも通りにきゃいきゃいと騒いでいた。

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