251 祝い事つぎつぎ
昨年、正妃や妾妃たちが次々と妊娠したという頃に、実質口止めとしてだろう礼金がギルド口座経由でシウに届いている。
それで話は終わりと思っていたために、今回のことはびっくりした。
でも、お礼を言ってもらえるのは素直に嬉しい。強壮剤や藍玉花の精油作りに苦労した覚えはないが、品質が良かっただのと言われたら、作った甲斐があるというもの。
暫くはハンスの惚気のような話を黙って聞き続けた。
ところでハンスは、最初に強力な方の強壮剤を使ったものの、以降は使用しなかったそうだ。
正妃が妊娠したことが判明してから、妾妃たちのところへ通ったそうだが(どうやら順番というものを大事にしたらしい)、その時に念のため強力ではない方の強壮剤を使ってみたものの、やはり二度目からは不要だったとか。
たぶん、ハンスのストレスが軽減されたことや、正妃が妊娠したことでリラックスしたのもあるだろう。
残っている二本の強力な強壮剤は大事に魔法袋へ保管しているそうだ。
はっきりと聞き直したわけではないが、どうも国宝と一緒の場所に入れているような気がする。
「……そんなにまでするものかなぁ」
「それぐらいの価値があるということだよ。それにね、君が言う『普通の強壮剤』の方も鑑定してみたら、効能がとても高いということが判明したんだ。混ざりものがないために副作用もほとんどないだろうと、治癒師や薬草師などが感心していたよ。ああ、勝手に鑑定したのは申し訳ないが――」
「いえ、それは理解できますから。当然のことだと思います」
「そう言ってもらえると助かるよ。とにかくね、藍玉花の精油といい、本当にとても良い買い物をさせてもらった。立場があって、直に挨拶に行けなくて申し訳なかったね」
「いえ」
とんでもないと手を振る。
来てもらっても困るし、それにあれはジークヴァルドに相談されたから「取引」したまでのことだ。
十分、お礼はもらっている。
もういいのだと、返した。
ハンスの話が落ち着くと、次に口を開いたのはレオンハルトだった。
「姉上の婚約が決まったことも知っているかい?」
「噂でチラッと、はい」
オスカリウス家で、シリルから本当にサラリと聞いただけだ。
割と右から左だったかもしれない。王侯貴族の結婚情報はあまり興味のないシウである。
すると、レオンハルトは苦笑しながら、何故か身を寄せて小声で続けた。
「姉上の婚約相手、フェデラル国のアドリアン王弟殿下なんだけど?」
「……え?」
「君が引き合わせた、アドリアン殿下だよ」
あ!
シウというよりはロトスが話を振った、あれだ。
「えっ? あれで、婚約?」
思わず失礼な物言いをしてしまったが、誰も咎めはしなかった。
何故か、全員が「そうそう」と声を上げて笑っている。
「パーティーの時にいろいろ話をしたようなんだけどね。その後、苦労の多い身分同士で手紙のやり取りでもしましょうと唆されたらしくて。で、マレーナ義姉上様が妊娠したという話を聞くやいなや飛んでこられてね。文字通り飛竜で来られたんだが」
「そうそう。あれはすごかったなぁ」
ジークヴァルドが天井に視線をやって、思い出しているかのように笑っている。
「何事かと思ったら、陛下のところへ参られてね。姉上と婚約の儀を交わしたいと」
「……へえ」
「それで、陛下もハンス兄上にお子ができたのだし、それに繋がりとしてはとても良い方だからね。姉上を呼んで意向を聞こうとしたら、アドリアン殿下が求婚して参りますと仰って、紅玉宮へ走っていってしまわれて」
そこでハンスも大笑いになった。何が面白いのかよく分からないが、シウは黙って話を聞く。
「後を追ったら、いや、これは未婚の女性に近付けるのもどうかと思ってのことで、決して覗きというわけではないのだけど」
「騎士の誓いのように、跪かれて求婚されている姉上の姿といったら、もう!」
「俺、姉上のあんな顔、初めて見たよ」
「レオンもジークも、あまりからかうものじゃないよ」
「だって」
「そういう兄上だとて、笑っていたではありませんか。いやー、面白いものを見ることができた、とおっしゃって」
「まあ、ねえ」
どうやら身内ネタのようだ。
アレクサンドラはハキハキ喋る人だったし、少し厳しい意見も言うが、妹思いの女性だった。しっかりしていたし、第二子ということで教育も受けていたのだろう。どちらかと言えば、弱々しい王女然、とは真逆の人だった。
そんな女性なので、きょうだい間では「強い」とされていたのか。
シウはついつい、三人に説教めいたことを口にした。
「女性を笑い者にしてはいけないですよ」
「「「……はい」」」
何故か素直に頷かれてしまったので、シウはしまったと慌てて口を閉じたが、当然遅かったわけである。
幸い、部屋の隅で待機している侍従たちなどからは睨まれることはなかった。
その後、アレクサンドラが顔を真っ赤にして、オロオロしながらプロポーズを受けたというところまで説明を聞いた。
どうでもいいが、やっぱりこれは他人の惚気なんじゃないだろうか?
ちょっぴりお腹がいっぱいになってきたシウだ。
祝い事が続き、国政としてはそれなりに厄介な出来事もあったようだが、おおむね良い年の終わりとなった。
更には。
「カルロッテが、シーカー魔法学院へ入学することを陛下から許可されてね」
それもシリルから聞いた。頑張ったのだなと、思ったものだ。
いろいろあったはずである。でも彼女は諦めずに踏ん張った。
「おめでとうございます」
「ああ。……本当にね」
ハンスはどこか困ったような笑顔で、それでもしみじみとした顔で頷いた。それに対して、レオンハルトが苦笑しながら続ける。
「前例のないことをやるのだから、それは大変な苦労を負うことになるだろう。周囲からは止めるようにとも、随分言われたようだよ」
でもね、と一旦そこで止めて、シウを見つめた。
「今ここで彼女がやり遂げることが、今後の王族の女性の道を作ることになるかもしれない。だから精一杯頑張りなさいと、後押ししたのはアレクサンドラ姉上だった」
「アレクサンドラ殿下が、ですか?」
シウが重ねて問うと、レオンハルトのみならず、ハンスとジークヴァルドも共に笑った。
「そう、あの姉上が」
へえ、と口中で呟くと、ハンスがまた複雑そうな笑みでレオンハルトの言葉を継いだ。
「アレクサンドラにはとても苦労をかけたよ。あの子はね、予備の子として扱われ、重圧にも耐え、婿を迎えるかもしれないことから複雑な立場になることを想像し、上手く立ち回ろうと努力してきた。女王にはなれない。けれど、夫が道を誤れば、立つのは自分だ。貴族ともやり合わねばならないが、でしゃばってはいけない。シュタイバーンの王家では、女性が前に出ることは好まれないことだった。だから我慢して、我慢して、努力を重ねてきた。カルロッテに対して厳しかったのも、夢を見れば見るほど、覚めた時が怖いからだ。自分と同じような苦労をしてほしくなかったのだろうね」
「姉上は自ら苦労を背負い込むところがありましたよ。全てを引き受ける気でいましたからね。兄上のことでも随分と心を痛めておいででしたが、口にはしませんでしたしね」
ようするに、だ。
「アレクサンドラ殿下は、不器用な方だったんですね」
「え?」
「言葉を表すのが、不器用と言いますか。優しくて強い人だけど、ご自分の気持ちを伝えるのが少し苦手だったのかも」
シウがそう言うと、三人は顔を見合わせて、それからほんのりと笑った。
「……口から生まれたと言われるほど、達者な方でしたけどね」
「あの子は本当に頭の良い子で、わたしもよく言い負かされたものだけど」
「姉上の説教、恐ろしくて震え上がっていたのになー」
などと三者三様の意見を言う。
それからまた、ハンスがシウに向かって口を開いた。
「本当は誰よりもカルロッテの望みを叶えてあげたかったのかもしれないね。……その後押しをしてくれたシウ殿には、本当に感謝している」
「僕は何も。今回のことも全てカルロッテ様の実力ですし、それこそ努力の結果でしょう」
自ら宮廷魔術師のところへ赴き、自分なりに勉強しまとめたものを見てもらい、その上で推薦状をもぎ取ったと聞く。
最初は誰もが恐れ多いと相手にしてくれなかったところ、ベルヘルトが目を留めて論文を読んだ。
光るものがあったのだろう。
ベルヘルトは足りない部分を指摘し、ここを勉強しろあれを勉強しろと本を贈ったそうだ。
そしてカルロッテはそれに応えた。
ベルヘルトは論文に太鼓判を押し、推薦状をしたため、シーカー魔法学院の一般入試を受けさせた。
各国の王都で行われる一般入試だが、あくまでも王都下だ。王女が王城を出ることなど通常では有り得ないことだったのを、カルロッテは家族の助けを得て密かに受験した。
王都まで出てきて受験するのは、地方で魔法使いの弟子として学んできたような子ばかりだから実力派ばかり。
カルロッテは知識しかなく、実践では遙かに劣っただろう。
けれども、なんとか最低限の結果を残した。そして知識は断トツにあった。
彼女は猛勉強の末に、合格したのだ。
そして父親である国王は、それに応えてくれた。
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