250 王族との食事会に
午後、研究者たちに「フェレスに乗って走ってくれ」と頼まれたり、聖獣たちに乗せてもらったりと遊んで過ごした。
大変楽しい時間だった。
それが終わったのは夕方に近くなった、午後半ば過ぎ。
迎えが来てしまったのだ。
あからさまに落ち込んだのが分かったらしく、調教師や研究員たちはシウを見て笑っていた。
「ぜひまた遊びに来てください」
「シウ殿なら、堂々と来れますよ。他の、来てほしくない方々よりずーっとね!」
「そうそう。来てほしくない人ほど来るんですよね~」
などと、誰かが聞いていたら問題がありそうな発言をして、見送ってくれた。
元々、シウは王族との食事会に招かれていた。
盛大な晩餐会というのではなく、ごくごく内輪のということだった。とはいえ素直に信じるといけないので、晩餐に応じた服装も持参していた。
なにしろ、正式に「招待」されて、しかも王太子殿下であるハンスの名で届けられたものだ。
以前のように、大会で優勝した副賞のついでに晩ご飯食べていきなよ、でお邪魔するのとは訳が違う。
そして予想通り、控室にまず案内された。
部屋付きメイドもおり、シウが入室するやすぐさま他の世話係もやってきた。
フェレスはここで待機となるそうで、厩舎に預けられないだけマシというものだ。
ところでシウが持参した服は却下された。
ちゃんと仕立てたものだったが、ラトリシア風というのがやはり問題らしい。
それならばと、オスカリウス家で預かってもらっていたものの一部を空間庫に入れていたため、魔法袋から出すという体で取り出してみたのだが。
「少し、造形が古いかと存じます」
「え、でも、ほんの数年前のことですよ? ファヴィオ=ブロスフェルト様から下賜されたものですから」
「……それでしたら、十年、いえもう少し前の型ですわね」
思案気味にメイドが答える。彼女はファヴィオ=ブロスフェルトが誰か脳内で即座に検索して年齢まで思い至ったようだ。
「ええと、古いってことですか」
「申し上げづらいのですが」
メイドは本当に申し訳なさそうに頭を下げ、それから小声で教えてくれた。
「仕立て直しはされたようですが、やはりご本人様用に作られたものでないといけません。特に王族の方々との会食でございます。相応のものをお召しでないと失礼になります」
「そうですか」
「こちらでご用意させていただきましたこれらは、確かにシウ様の寸法に合わせてはおりませんでしょう。ですが、衣装方が目測で作り直してございます。元はジークヴァルド殿下のものでして、失礼には当たりません」
「分かりました。いろいろと教えていただいて有難うございます」
「いいえ、こちらこそ、ご用意いただいておりましたのに出過ぎたことを申しました」
客人を不快にさせないようフォローしながらの説明に、シウはとても感心した。
彼女はその後も、世話係たちへ的確な指示を出し、シウの着付けを仕上げていく。
その間に、さりげなくマナーについて教えてくれたり、とても親切な女性だった。
部屋から出る際も、フェレスが不安がった場合はどうしましょうかと尋ねてもくれた。
シウは、
「玩具を出して遊んでいるので大丈夫ですよ。ありがとうございます」
と笑顔で答えた。
ここでようやく彼女も少しだけ笑ってくれた。すぐに真顔に戻ったが、一流のメイドというのは感情を表してはいけないようなので仕方ない。
彼女は時々フェレスの様子を見に参りますねと言って、ドアに鍵を掛けていた。
最後までしっかりとした対応だった。
連れて行かれたのは王城の奥宮で、国王陛下およびハンス王子が住まう場所だ。
蒼玉宮や藍晶宮などが別にあるが、そちらは未婚の子供たちが住む。
奥宮は完全なプライベート空間で、幾つかに分かれている。でないと後宮もあるため、管理しづらそうだ。
シウが案内されたのは奥宮でもかなり奥側の、王太子用住居だった。
身内しか招かないような奥まで行くので、ちょっとドキドキしてしまった。
「やあ、シウ殿! よく来てくれた!」
しかも、ハンスだけでなく、部屋の中の人全員が大歓迎状態だ。
ポカンとしていたら、ジークヴァルドに笑われた。
「シウ、なんだ、その顔は」
「ええと……?」
戸惑っていると、イングリッド王妃が手を差し出した。これはキスをしろということだ。プライベート空間ではあるが、正餐の場だし、そしてこの場で一番偉い女性だから示してくれたのだろう。
少し屈んでから、そっと触れない程度にキスをした。
それが終わるや否や、彼女はシウの手を取って握った。
「え?」
「シウ殿、お会いしたかったですわ」
「あ、ええと、僕もお会いできて光栄です――」
「あら、違うのよ、そうではなくてね」
イングリッドは苦笑し、それからハンスを振り返った。彼と、その傍には正妃と思われる女性が立っていた。シウは初めて見る人だ。
「初めまして、シウ殿。マレーナと申します」
彼女もそっと手を出してきた。これは、つまり。
レオンハルトが横に来てそっと教えてくれる。
「兄上様にお子ができたことは知っているよね? もう安心できる時期に入ったんだ」
「それはおめでとうございます」
つまり、ハンス王太子殿下の正妻である彼女は、これでイングリッドに次ぐ偉い女性となったわけだ。
次代の国王を生むから。
次代の国王を生んだ女性がいる場合もまた、正式な場ではキスを受けることになる。マレーナはそれを示したわけだ。もちろん、実際にはここは正式な場ではない。ただただ、彼女は嬉しかったのだ。
シウはもちろん、白手袋ごしにキスをする。
彼女は幸せそうに微笑んで、それからイングリッド同様にシウの手を取って握った。
「あなた様のおかげです」
感謝しているという気持ちが明け透けに伝わってきた。
よほど、悩んでいたのだろうか。
確かにシウはハンス王子に強壮剤などを渡した。それが功を奏したのだろう。
そして然るべく、結果は成った。
「わたくしに子ができました後、次々と妾妃様方もお子を授かることができましたの」
「あ、えっと、そうです、か?」
それは喜んで良いことなのだろうか。不安に思ったが、マレーナの立場は変わらないのか、にこにこと本当に嬉しげである。
要らぬことは言うまいと、シウは曖昧に笑って周りを見た。
イングリッドもそうだが、ハンスたちも笑顔だった。
どうやら、大丈夫そうだ。
シウはホッとした。
その後、まずは晩餐にしようと席へ案内された。
国王のグスタフも同席したかったらしいが、彼は忙しい身であるし、さすがにシウのような出自の者と同席するのは憚られたのか別の席に出ているという。
本来はイングリッドもそちらへ行かなければならないはずだが、シウと会えることがそうないと分かっているため、無理をして来たようだ。
直接、お礼を言いたかったと彼女は言った。
食事の際はあまり突っ込んだ話はできないため、料理の話などで終始した。しかし、早め進行で終わった後に案内された家族用の居間で、再度にこやかに言われた。
「ハンスの王位継承権を廃する話まで出ていたのですよ。ですから、本当に有難く思っておりますの」
「そうなんですか」
そこまですることかと思うが、国の決めた法律ならばシウの口出すことではない。
頷いていると、妻を部屋へ送っていったハンスが戻ってきた。
「申し訳ないね。どうしてもシウ殿に会ってお礼をと言っていたものだから。でも無理をさせたくなくてね」
「いえ。妊娠中はお気遣いもあるでしょうし、お体を大切になさってください」
「ああ。大事に守るとも」
イングリッドは嬉しかったということや感謝の言葉を話し終わると、侍女たちに呼ばれて後ろ髪を引かれるような格好で出ていった。今から国王のところへ急ぐようだ。
彼女は、
「陛下もとても喜んでおりますのよ。直に礼を言えなくて申し訳ありませんね」
と言って去っていった。
王族がこれほど感謝の言葉を述べることはない。いいのかなぁと思ったものの、相手が流民のシウだからこそ言えるのかもしれないと考え直した。
貴族と違って後腐れのない関係だし、それこそ強壮剤などは金銭で取引した契約だ。これ以上の問題は生じない。
とはいえ、人間として、嬉しかったから礼を言う。
そんな当たり前のことを彼等はしたかった。だからプライベート空間に呼んだわけだ。
イングリッドが出ていってから、部屋には男性ばかりとなった。
だからか、レオンハルトもジークヴァルドも気を抜いたようにソファへ深く座り直していた。
ハンスだけ、少し前のめりだ。
「実はね、今までも強壮剤は試したことがあるんだよ。体を良くすると言われる薬草だって飲んでいた。でも、上手く作用しなかった」
ところが、マッサージをしてリラックスするようになり、ストレッチで体をほぐしていくと自然と凝りが解れ、気持ちも前向きになったらしい。
しかし、シウが渡したインペリウムオーガの睾丸入り超強力な強壮剤は、すぐには使わなかったようだ。
今まで子作りのことで本当に疲れ切っていたハンスとマレーナは、半ばトラウマになっていた。
そこで、リラックスするのにどうかとシウが藍玉花の精油を渡していたのだが、互いに癒やされようと使ったらしい。それが功を奏し、良い雰囲気になったとか。
やがて、マレーナもマッサージを侍女にしてもらううちに気分も解れ、ストレスが解消されたところで強壮剤を使った。
そういう赤裸々な事実を熱心に話して説明してくれるのは構わないが、横でレオンハルトやジークヴァルドが呆れているし、シウも真面目な顔で相槌を打っているものの「これって惚気では?」と思い始めて複雑な気持ちになってしまったのだった。
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