249 崖の巣でのアウレアと騎獣管理塔訪問




 土の日は崖の巣へ行った。

 到着してから、居心地良く改造した崖の巣内を案内したのだが、森の探索をしたいようなガルエラドとアントレーネは早々に送り出した。

 念のため二人にはフェレスとブランカを案内役として付けた。

 崖の巣には二頭とも何度も来ている。安心して任せられるだろう。

 少なくともウキウキしている良い大人のガルエラドとアントレーネよりは、マシのはずだ。


 アントレーネはずっと子供たちを見ていたので、気分転換が必要だったとは思う。

 しかし、ガルエラドは割と自由にコルディス湖近辺を狩って回っていた。

 根っからの戦士なのだなぁと、ロトスと二人で呆れてしまった。


 さて、崖の巣ではアウレア専用の部屋も用意している。

 ロトス監修の可愛い部屋である。彼はドキドキしてアウレアの反応を待った。

「これ、アウルの? おうち?」

「お部屋だよ。アウルだけのお部屋。どうかなあ」

「かわいいの!!」

(うおー、良かった~。マジ、緊張した!!)

 ロトスが興奮してしまって、シウは笑った。

 アウレアももちろん、大興奮だ。

 自分の部屋という概念はちゃんとあって、それらは竜人族の里でのことや、時々寄るスケイル族の様子を見て覚えていたのだろう。

「ここ、アウルのおうちだよ。その中にある、アウルだけのお部屋。好きなように使っていいからね」

「いいの!? わあぁぁ!!」

 きゃあっと叫んで、狭い部屋をぐるぐる走り回る。クロも一緒になって飛んでいた。


 その後、隣にはガルエラドの部屋もあるのだと説明したら探検を始め、そして他の人の部屋にもおそるおそる足を踏み入れていた。

「台所に近いのが僕の部屋ね。フェレスたちと一緒なんだよ。そっちがロトス、あとククールスっていう人と、アントレーネと子供たちね」

「わあ」

「奥にお風呂があるよ」

「おふろ! アウル、おふろ、だいすき!」

「今晩、入ろうね」

 コルディス湖の温泉も満喫していたアウレアは、すっかりお風呂好きになったようだ。

 ガルエラドには大量の《転移指定石》を渡しているので、ぜひここへ来て休んでもらいたい。

 強力な結界も張っているし、ハイエルフ対策も万全だ。

 相手もまさか自国内にいるとは思っていないだろうし、ましてやオプスクーリタースシルワ、しかもヴァニタス近くの切り立った断崖にいるとは考えもしないだろう。

 アウレアには害意ある魔法に対する強固な結界発動の魔道具も身に着けさせているし、一瞬の時間さえ稼げれば後はシウが転移して逃げ出すことは可能だ。

 とにかく、常にストレスがかかるような逃亡生活だけはしてほしくない。

「ここでは楽しく過ごしていようね」

「うん!」

 その後、食料保管庫や台所を含め、全員でかくれんぼをした。

 緊急脱出路を幾つも作っているので、それらを教えるのにも役立った。

 それとなく、排気口の様子を見る方法や、異常がないかの確認方法など、置いてある魔道具の使い方を教えながらの遊びは一日中続いた。

 アウレアはしっかり覚えて、楽しそうに過ごしたのだった。


 夕方、大人二人の大人げない狩りの成果を見て笑い、それから室内でも十分に寛げる居間で食事を済ませた。

 食後に少しだけお勉強タイムも設けたが、アウレアは昼間からの続きだと思うのか楽しげに聞いていた。

 ロトスはじゃっかん、苦い顔をしていたが。

 その後、お風呂に交代で入って、寝る段になり――。

「アウル、ひとりはいやなの」

 パジャマ姿でふぇふぇと泣きながらやってきた。

 自分だけの部屋を与えられたので、一人で寝ないといけないと思ったようだ。そうした台詞をどこかで聞いたのかもしれない。あるいは想像したのか。

 シウは思わず笑ったけれど、アントレーネは、慈愛ある笑みでアウレアを呼び寄せた。

「おいで、アウル。あんたはまだ小さい子供だ。子供は、夜は大人と一緒に寝るもんだ。どうだい、今夜はあたしたちと一緒に寝ないか?」

「いいの?」

「昨日までフェレスたちと寝ていただろう? あたしも、アウルと一緒に寝てみたかったんだよ。いいかな?」

「……うん! アウル、レーネといっしょ!」

 たたっと走り寄って、アントレーネに抱き着いた。その顔はきらきら輝いており、全身で嬉しいと表現している。

 ロトスが複雑な顔をして見ていたが、口は挟まなかった。

 あと、ガルエラドが少しだけ寂しそうにしていたので、そこがちょっと面白かった。

 フェレスたちとの雑魚寝は良いのに、アントレーネ相手だと取られたとでも思うのだろうか。


 寂しそうなガルエラドが可哀想だったのでフェレスに行っておいでと勧め、何故かとても落ち込んでいるらしいロトスのところへはブランカをやった。

 シウはクロと一緒に気楽に寝ることにする。

 にゃあにゃあ、ぎゃぅぎゃぅといった寝言も聞かされず、シウとクロはぐっすり眠りにつくことができた。





 翌日も彼等は崖の巣で過ごすというので置いていき、シウとフェレスでロワル王都へ転移で戻った。

 この日は王城へ呼ばれているため、差し向けられた馬車で向かう。

 着いた先は騎獣管理塔だ。昼間はここで遊んでいていいと招待状に書いてあって、返信にも素直にそうしますと書いたものだから案内役もまっすぐ運んでくれた。降りる際には多少笑われてしまったが。

 どうも、普通は王城へ入ることを一番に考えるようだ。招待されているのに騎獣管理塔へ遊びに来るのはかなり珍しいようだった。


 知らせがあったらしく、塔の前には研究者やその助手などが待っていてくれた。

「シウ殿、よく来てくれたね!」

 想像以上の歓迎っぷりに、昨年の夏の大会のことはまだ忘れられていないのだと知った。その証拠に、皆、フェレスへ集まっている。

「相変わらず綺麗な毛並みだ」

「本当に美しいわ」

「筋肉もしっかりとついているよ。見た目よりもかなり訓練量が多いね!」

 など、もうほとんど観察対象になっている。

 フェレスはちょっとうんざり気味の顔で彼等を見ていて、ツンとした表情のまま尻尾で研究員たちを叩いていた。

「わあ、気持ちいい! 高貴な猫ちゃんそのものだわ!」

「俺も叩かれたい」

「わしもだ!」

 シウが引き始めているのに気付いた調教師の男性が、慌てて彼等を追いやってくれた。

「いい加減にしなさい。さあ、シウ殿、こちらへ」

 半ば白い目で研究員たちを見ると、調教師たちはシウとフェレスを楽園へと連れて行ってくれた。


 聖獣も騎獣も、シウのことを覚えていてくれた。

 門近くにいた幼獣はよく分かっていないようだが、森の方から駆けてきた聖獣たちは嬉しそうに尻尾を振っている。

 彼等が集まって真っ先に話したのは、やっぱりマッサージはシウが一番上手だ、ということだった。

 笑ってしまったシウである。


 ブラッシングまでは調教師や世話係の者たちが丁寧にやるので、まだいい。

 だが、かゆいところに手が届く感じのグリグリマッサージはシウが一番なのだそうだ。

 というわけで、調教師たちにも見せながら、また順番に並んだ聖獣たちのマッサージを行う。

 その間、フェレスは幼獣たちと遊んだり、そろっと近付いてきた研究員に触られそうになると森へ走って逃げたりしていた。


 マッサージが終わると、シウも聖獣たちと共に森へ向かった。

 調教師たちも入れない彼等だけの森だ。

 ちょっと羨ましそうな顔で見送られたが、口利きはしない。シウとて、内緒の話があるから許されただけのことだ。

「例の子と、無事に誓約魔法で絆を得たよ」

「がうがうっ」

「くぃーくぃくぃっ」

「きぇー」

「ひひん、ひひんひひん」

 それぞれに良かったとか、心配していたのだと告げる。

「ちゃんと強制的ではない、対等な絆だからね。でも強力なものだから、無理矢理に解除されることもない。これで一安心だね」

「がふうっ」

 レーヴェが本当に良かったと人間臭い息を吐く。彼等もそれぞれにパートナーがいるようだが、契約魔法で繋がっているだけで絆は深くない。そのことに夢はないらしいが、同胞が危険な目に遭うのは嫌だという感覚はある。

 見ず知らずのロトスのことも気にしていたようだから、今日ここで報告できて良かった。

 彼等にはハイエルフのことは隠していたが、念のため誓約魔法についても言わないよう口止めした。

 もちろん分かっていると、丁寧に大事に育てられた「大人」の彼等は理解してくれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る