248 オスカリウス家で成人祝い
なんだかんだとあったものの、大仰に「宝物」扱いされた高濃度水晶の加工品がシリルによって運ばれていき、次はシウの番だとキリクが言い出した。
「みんな待ってるぞ」
と言うので、彼に付いていけば。
大広間にオスカリウス家の人々が集まっていた。
この日のために、領地からもシウの知り合いを呼んでくれていたようだ。
たとえばラーシュ。それから、ルコとそのパートナーでもあるカナル。
竜騎士のリリアナやマカレナに、騎獣隊のグラシオなどは、キリクの結婚祝いのために昨年末から入っていたようだが、それでも本来ならばもう戻っていいらしい。
待っていたのは、シウの成人祝いをやると聞いたからだそうだ。
騎士隊のスパーロたちも残っていた。
キリクは王都では自由にやっているらしく、あまり人を周りに置かない。だから、ほとんどが領地に詰めている。
シウも彼等と王都で顔を合わせるのは、何か理由がある時だけだ。
その理由に、シウが入っていたと知って、何やら面映い。
シウが照れていると、皆が笑って「おめでとう」と声を掛けてくれた。
彼等は、オスカリウス領で新たに派生したという焼きそばなどの、軍メシを披露してくれた。
ラーシュからは蜘蛛蜂の糸を大量にもらった。
シウが素材好きなのを分かっていたようだ。
ルコはカナルに頼んで、おやつを抜いて貯めたお金で、領都テオドールの有名なガラス細工コップを贈ってくれた。
「えっ、おやつを抜いたの?」
「あ、いや、ここだけの話だが――」
カナルがこそっと教えてくれたが、おやつはちゃんとあげたようだ。ただ、カナルが、本当はもっといっぱいおやつあるのになーと、誤魔化していたらしい。
「良かったあ」
「俺もハラハラしたよ……。ルコ、なまじ賢いからお金の計算もできるみたいだし」
「そうなんだ? それはすごいね」
「だろう? ルコは賢いんだ」
と、希少獣自慢が始まったので、シウは笑った。ロトスは生温い視線で見ている。
ロトスは、シウからの念話で会話が聞こえないようルコの気を引いてくれていたので、助かった。
ラーシュとは塊射機の件であれこれ話も進んだが、その流れからアグリコラがオスカリウス領へ移るかもしれないと聞いた。
「まさか、無理な勧誘?」
「ううん。それはないよ。そりゃあ、塊射機の納品とかで大変だったろうけど。そうじゃなくて、オスカリウス家の考え方を気に入ったみたい。シウにも言わなきゃいけないんだけど、今の工房を紹介してくれたのがシウの知り合いでしょう? だから言いづらいみたいで、それで」
ラーシュが気を利かせて教えてくれたというわけらしい。
「そんなこと、気にしなくていいのに。エミナも、そんなこと気にする人じゃないんだよ」
そう言って、エミナがどんな女性かを話して聞かせた。
「面白くて明るい女性なんだね。アグリコラさん、真面目だし、女性への免疫なさそうだから性格が見抜けないのかな」
ラーシュの言い方に、ふと気になって目を留めると。
「……ええと、今度結婚しようかなと」
「ほんと? おめでとう!」
「うん、ありがとう。迷宮担当のギルドで働く子なんだ。シウも会ったことがあるかも」
「あ! あの受付の?」
「そう。すごく良い子で」
「良かったねえ」
今回は連れてこられなかったそうだが、次回、王都行きの便で婚約者を連れて家族に会ってもらうらしい。
オスカリウス家では領地と王都への飛竜の行き来が多いため、事前に申請していれば家族あるいは婚約者を連れて一緒に乗せてもらえるそうだ。
本当に良いところへ就職できたと、ラーシュは喜んでいた。
リリアナとマカレナには、成人したのだから夜遅くまで飲み歩いても大丈夫だろうと誘われるし、楽しい時間だった。
何故か途中でロトスがやってきて「両手に花!」と叫んで戻っていったりしたが。
彼こそ、レベッカやアマリアと一緒に楽しんでいて、それこそ両手に花状態である。メイドたちにも積極的に声を掛けているし、ロトスが何をしたかったのかちょっと分からないシウだった。
ところで、キリクからのシウの成人祝いは、古代帝国時代のものと思われる繊細なレースや布地だった。
「以前、黒の森の探索中に部隊の者が見付けた魔法袋に入っていたんだ。貴族が災いから逃げ出す際に持っていたものだろう。金貨などは入っていなかったが、宝石類や金になりそうなものばかり入っていたから、たぶん女性が慌てて集めたのだと思う」
高貴な女性が自ら財布を手に支払うということはないから、身近に金貨を持たないのだ。お付きの女性たちも同じで、ほとんどがツケ払いである。
だから急遽逃げるとなった時も、一番必要な食料は手元になく、次いで必要となるであろう貨幣もない彼等は、きっと買う時に高価だったものを手当たり次第集めたに違いない。
「綺麗なレースだ。どれだけの年数を掛ければこんなものを編めるんだろう。それに、薄いのに丈夫な布――」
ボンビクスの糸を特殊な製法で細くして、目の細かい布を作ったらしい。詰めれば固くなるそれを、しなやかにしてしまう技。
なんてすごいのだろうか。
「こういうの、お前、好きだろう?」
「うん」
「こっちの布の刺繍はまた別格だ。『うちの女性陣でさえ』うっとりしていたもんだ」
地雷発言には応えず、シウは布を手に眺めた。
「輝いているね」
「そうだろう? だが、扱いには困る代物でな」
「それこそ、アマリアさんに、あ、奥方にドレスとして誂えたら良いのに」
シウが言い直したら、キリクはふと笑って肩を竦めていた。そして、ドレスにと勧めたシウの言葉で頭を振った。
「こんな上等なもの、献上しないわけにはいかないだろうが。それなら、お前にくれてやる方が何かと良い」
「あー」
「売っても良いぞ。俺から流れたことさえバレないならな」
「売らないよ。でも、使うかも」
「おう、使え使え。溜め込んでいてもしようがない」
キリクの場合は溜め込むしかないのだと、言っているわけだ。
先ほどキリクたちの結婚祝いに渡したものも結局溜め込むことになる。
ただし。
「さっきのものとは釣り合ってないがな。あれは家宝級だ。こっちは、せいぜい使えない高級品ってところか」
「はあ」
「比較するのもおこがましいってやつだ。ま、いつもお前には振り回されてるんだ、これぐらい俺が得をしても構わんよな」
ということにしてくれるようだ。
いつもながら、有り難い。
シウはキリクに笑って、いつもお世話になってます、と冗談にしたのだった。
キリクとアマリアは夕方からまたパーティーに出掛けるため早めに抜けた。
結婚式以来、ずっと毎日が夜会なのだそうだ。
王城はもちろんのこと、有力貴族の主催するパーティーに引っ張りだこで、新婚気分を味わえないままらしい。
それでも人目を憚らずにイチャイチャしているので、みんなあまり同情はしていないようだった。
とはいえ、ロトスのように、
「リア充爆ぜろ!」
などとは叫んでいなかったが。
この日は長く皆と語らい、やがて夕方には街へ下りて飲みに行くことになった。
ロトスも飛竜大会で仲良くなっていたようだが、リア充爆ぜろの説明をしているうちに独身の騎士たちと仲良くなったらしい。肩を組んで付いてきていた。
シウはリリアナとマカレナに挟まれて、楽しく過ごした。
反対にロトスは独身男性たちと気炎を上げている。
いつもとは反対だなと思って、内心で笑った。
ところで、独身男性たちがロトスと愚痴を零しあっているのには訳があって、彼等は時流に乗り遅れたのだそうだ。
実は今、オスカリウス家では結婚ラッシュらしい。
キリクとアマリアの結婚話に合わせて、相次ぐ婚約と結婚話が持ち上がり、やがてブームとなったそうだ。
そして主たちが結婚式を上げたものだから、これから立て続けに祝い事があるとか。
そして、長らく独身主義かと思われていたレベッカも、とうとう結婚するらしい。
「相手は騎士隊のミルドレッドというの。知ってる?」
「知ってる! わあ、おめでとう」
「ありがとう」
というわけで、軒並みおめでたい話が続いたもので、乗り遅れた男たちは項垂れているのだ。
メイドたちもちゃっかり相手を見付けているとかで、男たちが告白に行ったら「遅い」と言われたとかなんとか。
とにかく、時機を見抜けなかったということで、落ち込んでいるというわけだ。
あんまり可哀想なので、今度合同お見合いパーティーでもやったらと教えてあげたら目を輝かせていた。
何故かロトスも。
彼等が悪巧みを始めるまでに、そう時間はかからなかった。
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