242 やっぱり温泉、これからのこと
火の日になって、そろそろ帰る段取りも付けないとと話し合っていたら、ロトスがスッと手を挙げて発言した。
「やっぱり、温泉だと思う」
「……いつもは僕のことをなんだかんだと言うくせに」
「いや、だって。お風呂入ると清潔だし、気分転換になるし、温泉は効能あるし。あと、ここの人って埃っぽくて臭い。病気にもなるってばー」
臭いとハッキリ口にしたことで、集会場にいた若い子たちは顔を赤くしていた。
「こういうのは誰かが言わないと」
「まあねえ。不潔にしてたら確かに良くないか」
(だろ! 公衆衛生の話、ラノベの定番)
(またそれかあ)
ロトスに念話で返すと、皆にも説明するように頼んだ。
「えっ」
「衛生観念について講師をお願いします」
「ええっ」
「ということで、フェレス、クロ、ブランカ、お風呂作りに行こうか」
「にゃ!」
「ぎゃぅ!」
「きゅぃ」
ようやく遊びに行けると、三頭喜んで付いてきた。
ヒラルスに確認を取り、グラキリスから場所の提示を受けた後、シウは温泉掘りを開始した。
今度は見学者ではなく、参加者たちと共にワイワイと作り上げる。
キルクルスもやってきて力仕事に参加してくれた。
木材は冬の間に作業しようと切り倒していたらしいものがあったので、流用だ。
使っていいのか心配になったが、新しい作業小屋のつもりだったらしいので構わないということだった。それに足りなければまた取ってくるという。
今年は雪が遅いから良かったと、口々に言っていた。
あまり大掛かりに作るのもどうかと思い、竜人族ほど大騒ぎもしないだろうとの目論見もあって小さめのお風呂を二つだけ作った。交代で入れば良いだろう。
温泉自体は、良い泉質のものが汲めた。
なかなか良い源泉が見付からず、湯量豊富なのを探すのに手間取ったが、深く深く掘り進めてパイプを通した時には全員喜んだ。
ここは竜人族の里とは違って地熱もないし、地下水にもあまり恵まれていなかった。
村の中央にある泉が唯一の浅い源泉でもあった。
畑のために井戸を掘った時も深くなってしまったが、温泉も大概深くなってしまった。
ポンプの微調整と保守管理が大変になるから、その場で担当者を作ってもらって暗記できるまで教え込んだ。
いざとなったら、竜人族に聞けば良い。
シウに聞いてもらおうにも通信魔法しかないが、これは危険なので止めておこうと取り決めている。
担当になったアンプルスは真面目な顔でメモを取って覚えていた。
夕方には形になって、デモンストレーションではないが、シウたちが入ることになった。
女性の方はクレプスクルムが担当してくれるそうだ。
フェレスたちもお風呂に入りたがっていたが、ハイエルフたちが嫌がるだろうから禁止にした。
「竜人族のところより、サラッとしてるな。でも、匂いがしなくていいかも。ちょっと白っぽいから温泉らしいしな」
「濁ってると温泉っぽいよね」
「だよな。あー、温かくて気持ちいい」
ぶはあ、とオジサンみたいな息を吐いて、のんびり浸かっている。
見ていたグラキリスもうずうずして、入りたそうだ。アエテルヌスは早速入ってきている。
シウたちが出ると、なんだかんだで集まってきていた人が我先にと入っていた。
おっかなびっくりだったが、湯に浸かると全員がとろんと気持ち良さそうな顔だ。
「猿でも温泉に入るからな」
「ロトス……」
「いや、だって、野生の猿……」
「それを今ここで言うなんて」
「き、聞こえてない、よ……」
(たぶん)
そう言うと逃げてしまった。
シウは残って、洗い場の使い方を説明したり、長く浸かると湯あたりするので適当に切り上げることなどを注意して回った。
湯上がりに、果実飴を水に溶かしたものを飲ませてあげたら、みんな喜んでごくごく飲んだ。
果実飴だと保存期間が長いし、水に溶かすために少し温めたものと一緒に飲めば、体にも良い。
子供は特に喜んでいた。
大人ももちろん喜んでいたが。
この村ではお酒を飲むなど滅多にないそうで、なんだかちょっぴり可哀想な気もした。
アルコールがダメというよりは、そうした嗜好品は勿体無い、という方向のようだったからだ。
男性女性共に、肌の保湿の必要性について語ってくれたロトスのおかげで、湯上がりに用意した薬草油も率先して付けていた。
オリーブオイルがあれば良いが、油の木でも十分だ。
それらに薬草ハーブから抽出したものと、精製水を混ぜれば良い。全身に使えてしっとりするし、肌の保護の役目も果たすので皮膚病も防いでくれる。
特に肌の弱いハイエルフには向いているのではと話していたので、ロトスが強く押したようだ。
お風呂もぽかぽかして体がずっと温かいと、これは老人の方が喜んでいた。
もちろん湯冷めしづらい温泉だからだ。
とはいえ、早めに寝ないと風邪を引く。
とっとと寝なさいと、シウとロトスは皆を追い立てた。
翌日、ゲハイムニスドルフの村を出ることになった。
この朝に分かったことだが、トイフェルアッフェの魔核を売ったお金を誤魔化していたのはやはりバルバルスの手下だったそうだ。
バルバルスに指示されてお金を横領し、更に仕入れの量も誤魔化すために簡易魔法袋を一枚盗んだそうだ。
バルバルスはそれで何をしようとしたのかと問い詰められて、ようやく今朝になって吐いたそうだ。
「え、村を抜けて生きていくつもりだったんですか?」
「ひえー」
(バッカじゃねえの!)
軍資金と旅の間の食料として盗んだらしかった。
ロトスが半眼になって、呆れている。
教えてくれたのはプリスクスだったが、彼女の周りにいた青年団の女の子たちも同じような顔付きだ。
「村が大変な時に、信じられない」
「わたしたちのうち誰かが出稼ぎに行かなきゃって話も出ていたのに」
出稼ぎと言っても、青年団に入っている彼女たちには無理だ。アポストルスに狙われる可能性が高いのだから。
人族とほぼ変わりないほど血が薄まっているレベル一の誰かが、行くかもしれなかった。
それは彼女たちの親であったりきょうだいかもしれない。
「彼も怖かったのよ、許してあげて。それに知らなかった。わたしたちが教えなかったからよ」
プリスクスが困り顔で少女たちに話す。
途端に、二人は俯いた。
「……わたしもこの間まで先祖が引き起こした事実について、知らなかった。ただ、絶対にやらなきゃいけない仕事だって漠然と考えてた」
「わたしたちは封印魔法がないから、どこか関係ないって思ってたものね」
カリダとパリドゥスは互いに視線を外しながら、なんとも言えない顔になっていた。
「……アラウダ、すごく泣いてたんですって。盗んでごめんなさいって」
「バルバルスに命令されたからでしょう? アラウダ、逆らえないものね。いつも付いて回って、へいこらして」
「だって相手はバルバルスよ? わたしだって、怖かったもの」
同じ能力者でも相手はレベル六という高さだ。しかもバルバルスは封印魔法もレベル五と最高値だが、強圧魔法もレベル三ある。威圧感を出されたら、弱い者は耐えきれない。
幼い頃から候補者として上がっていたバルバルスを憐れに思い、皆が甘やかし蝶よ花よと育ててしまった。そのツケが、悪い方向に出た。
同じように育てたアウレアの父母はまた性格が違うらしいので、元々の素質もあるかもしれない。
でも、環境や教育で人は変わるのだなと思う。
プリスクスが諭す。
「あなたたちも、事情を知ったことで新たな考えも生まれたでしょう。どうか次の候補者たちのことを考えた上で、行動してちょうだい。バルバルスを育てるのも、同じ青年団のあなたたちの務めなのよ」
若者たちは背を伸ばした。
「「はい!」」
他にも青年団の中に候補者はいるそうだが、レベル四ということもあって封印作業をするには厳しいようだ。しかも、命を落とすかもしれないため、二人同時には出せない。
これからじっくりレベル上げなどをして育てていくという。
昔、封印活動を行った年寄りは現在は体力の衰えもあって外へは行けない。その代わりに、村の結界を強固に張っている。
「レベル上げは、黒の森との境界線張りに?」
「ええ。……シウ殿、よくご存知ね。もしかして――」
「内緒ですけどね。今回も巡回してきます」
「まあ!」
「魔獣を間引いておきます。頑張ってください」
そう言うと、プリスクスはシウの手を取って強く握った。
「ありがとう。本当に、ありがとうございます」
見送りに来てくれた人たちも、口々にお礼を言ってくれた。キルクルスやクレプスクルムにももちろん、村のことに尽力したロトスや、狩りをして獲物をたくさん取ってきたフェレスたちにも。
シウたちは、来た時とは打って変わった視線を受けながら、惜しまれつつ見送られた。
門前で、ふと遠くに視線を感じて見上げると。
壁の上の見張り台に老爺が立っていた。兵士でないのは服装で分かった。そして、彼がウェールスだとも。鑑定せずとも、すぐに分かる。頑固そうなお爺さんだ。
にこりともせず、ただ見下ろしていた。
だからシウも、笑うことはしなかった。ただ、頭を静かに下げただけだ。
彼は何も言わなかったし、何も伝えようともしなかった。けれど、見送りに来た。
血縁者のためにわざわざやってきた。それだけで、彼がどんな人なのか分かった気がしたシウである。
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