243 別行動と境界線の確認
帰路、竜人族の里まで二日はかかるのだが、これが結構勿体無い。
なんといっても現在、年末の最終週に突入している。
年末にはスタン爺さんのところへ里帰りするつもりでいたし、こんなにゲハイムニスドルフへの滞在が長引くとは思っていなかった。
帰りは転移できるとはいえ、なかなかタイトだ。
よって、シウはキルクルスに懇願に近い提案を申し出た。
「別行動だって?」
「うん。ちょっと寄り道して、僕らだけで帰りたいんだけど」
「……この森で、別行動?」
「うん」
訝しそうに見下ろされたが、シウはニコニコ顔を変えなかった。
押し通すぞ、というつもりでいたら、キルクルスの横に立っていたクレプスクルムが笑った。
「ダメよ、キルクルス。彼、頑固者の顔してるもの。絶対に意見を変えない顔ね」
「そうだな。ったく」
キルクルスは仕方ないと溜息を吐いて、クレプスクルムをチラと見た。
「ま、あなたとなら問題なく駆け抜けられるだろうし。行きでかなり魔獣を狩ってきたから問題ないだろう」
ということで、許してもらえた。
二人が里へ向かって走り出すのを見送ると、シウたちは進路を変えた。
「どこ行くんだ?」
ロトスが怪訝そうに問う。
「黒の森」
「えっ」
「あ、大丈夫だよ。近辺を見回るだけだから」
「ああ、さっき言ってたやつな」
「そうそう。前にも見回って、ちょっとした穴を見付けて黒の森にも入ったんだけど」
「マジかよ」
ロトスは信じられないと、シウを、何かを見るみたいに変な顔をする。
「でも、トイフェルアッフェとか、すごかったんだよ」
「まあなー。話に聞くだけでも絶対無理」
「本当はロトスに見せるのもどうかと思ってるから、出たら、僕が片付けるよ」
「つーか、たぶん見たらビビる。結界の中でちんまりしてるわー」
「うん」
それでも、行きたくないとは言わないのがロトスだ。
信頼してくれている、というのもあるだろうし、彼もレベル上げについて真剣に考えているからだ。
いきなり高位の魔獣とやりあうのは無理だろうが、戦い方を見て覚えるのは良いことだ。
ということで、誰の目もなくなったので転移した。
黒の森と、竜人族の里やゲハイムニスドルフの村がある森は明確に分かれている。
それは常にゲハイムニスドルフの人たちが結界を張って線引しているからだ。
オスカリウス領も黒の森と接しているが、侵食されていないのは常に見張っていて、広がらないように処理しているからだった。
同じく、黒の森の南に位置するウルティムス国もまた、境界線を設けている。彼等は積極的に黒の森へ進出しているようだが、その他の小国も、黒の森に飲まれてしまったり逆に押し返したりと一進一退らしい。
一気に広がらないのは、常に人間が何某かの対策を取っているからだった。
ちなみに西側は荒れ狂う海しかない。飛竜でも陸地に辿り着けない、海ばかりの世界だ。
この天然の要塞となる西側以外は、それぞれが防衛線を引いている。しかし、何事も完璧というものはない。空を飛ぶ生き物だっている。空の領域までは、なかなか広範囲で防御できるものではない。それこそ、せいぜい村程度の大きさまでだろう。
よって、結界の穴を掻い潜って魔獣はやって来る。
他の森よりも危険だと言われるのも当然で、竜人族やハイエルフの子孫だからこそ、こんなところに住んでいられるのだ。
ロトスも幼い頃にチラと見ただろうが、黒の森の異様な姿に唖然としていた。
「なんかもう、全然おかしいのな」
「瘴気っぽいのがあるよね」
「うん、そんな風に軽ーく言えるところが、シウらしいわ。俺、結構ドン引き状態」
「そんなに?」
もちろん、黒の森に入ったことのあるシウは、異様だというのは分かっている。
クロやブランカもものすごく嫌そうな顔をして足踏みしていた。
フェレスは黒の森の上空で待機したことがあるためか、まだ平気そうだ。シウが行くならついていく、といった顔である。
もちろん、連れて行かない。
「シウの鈍感さが、逆に清々しいぜ」
「えー」
「あ、そうだ。アレだ。精霊が全然いない」
「精霊が?」
「そう。大体、この森でもほとんど見かけなかったけどな。ハイエルフの村にいたのがおかしかったんだ。おかしいっつうか、珍しい?」
「ふうん」
「こういう、いかにもなところには精霊も近寄れないんだなぁ。あっ、じゃあ俺も無理じゃん!」
「なんで?」
「聖獣だぜ。聖なる獣!! いえーい!!」
これに対して、どう返せばいいのか。
分からないなりに、シウも頑張ってみた。
「いえーい? でもさすがに黒の森の中へは連れて行かないよ」
「お、おおう。なんかもう返しに困るわ」
「ごめんね?」
「いや、俺のパスが悪かったんだ。お笑いは、同じレベルの者同士でしか分かり合えないんだ、なんつって」
うひゃひゃ、というような変な笑い方をして、ロトスはひとり納得しているようだった。
シウたちは境界線の外側をそれぞれフェレスとブランカに乗って進んだ。クロは危険なのでフェレスに乗せている。
「あそこ、綻びがあるよ」
時々止まって、ロトスに教えてあげる。うーん、と眇めながら見ているが、よく分からないようだった。
彼はまだ結界も上手く張れないので、どういう状態になっているかは分からないのだ。
でも、こういうものは見慣れたら覚えていくものだ。
鑑定を掛け続けさせて、先へ進んだ。
時折現れる魔獣は、オーガだったりハイオーク、バシリスクなど上位種が出て来る。
ロトスがやれそうなら任せて、数が多くて大変な場合はシウが一気に殲滅した。
幸いというと変だが、ヒュブリーデアッフェは出てこなかった。
それでも強い魔獣が彷徨いているし、黒の森ではもっといる。
ロトスも気配を察知して、時々嫌そうに黒の森を見ていた。
ゲハイムニスドルフが行くであろう箇所を転移しながら重点的に見回り、魔獣もついでに狩っていく。
黒の森に近いため多いが、ここまでの道のりにいるであろう魔獣ぐらいは彼等も十分に倒せるはずだ。
確かに、思ったより数は多かった。最近増えているというので黒の森が活発化しているのかもしれない。
昼ご飯の後、シウだけ黒の森へ行ってみることにした。
フェレスが付いて来たがったが、彼には任務を与える。
「クロとブランカを守りながら、ロトスと共に魔獣の討伐。ものすごく大事な仕事だよ。フェレスにやってもらったら、助かるなー」
「にゃ? にゃにゃ! にゃにゃにゃにゃ!!」
そうなの? じゃあふぇれ頑張る、と鼻息荒く良い返事だ。
ブランカも荒ぶっている。
「ぎゃぅぎゃぅっ」
ぶーたんも倒しまくるの、と牙を見せた。
クロは静かだ。シウの目を見て、頷く仕草をするので、ちょっと笑いそうになってしまった。
たぶん、この二頭のことは任せておいて、と言っているのだろう。
興奮したブランカを適度に冷静にさせる役目はクロの得意とするところだ。
「ロトスも危なくなったら、結界を作動させて。どうにもならない時は転移指定石、持ってるよね?」
「はーい」
シウが感覚転移で見張っていることはロトスも知っている。だから安心しているのだろう。でもついつい「万が一」を想像してしまうので、注意が多くなる。
ロトスは、はいはいとだれた返事をしつつも、照れ臭そうに手を振った。
「分かってるってば。ちゃんと、気をつける。でも、そっちこそ気をつけてな」
「……そだね。うん。みんなのことがあるから、絶対危険なことはしないよ。じゃ、ちょっとだけ行ってくるね」
そう言って、転移した。
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