240 宿命
※前回がダメなら、今話もギリギリかもしれません。暗い話は苦手だーという方は飛ばしていただいた方が良いかと思います。
前回を飛ばした方のために、簡単なあらすじです。
*****
かつてハイエルフは特殊な固有魔法を持つためエルフ同様、奴隷のような扱いを受けていた。そのことを憂慮したハイエルフが立ち上がり、国ができた。
そして帝国と手を組み、その固有魔法「緑枯魔法」「誓約魔法」を使って、周辺国を飲み込んでいった。
やがてハイエルフたちは傲慢になった。帝国と同等の立場にまで上り詰め、栄耀栄華を極めたからだろうか。
そんな中、ハイエルフは魔人族に目を付けられた。彼等の手によってハイエルフの血を引く魔獣が生まれたのだ。その特殊性で、魔獣はハイエルフの血筋を追った。その道すがら、魔獣は全てを破壊し尽くした。
人々の怨嗟の声に、ハイエルフたちは最前線で戦うことになる。しかし、魔獣は強大になるばかり。それは、王族の一部が暴走したことによる、さらなる罪のせいだった。彼等は同胞をまた利用したのである。結果、ハイエルフの血を引いた強大な魔獣を相手に、後手に回ったのだった。
*****
特に「名」を付けられるほど強大だった魔獣は、その存在故に迷宮ができるほど。
封印するまでには大量の人死が出た。
各地に地下迷宮を作り上げた彼等のほとんどは、封印後、強力な力を持った勇者が現れるたび討伐してもらった。
しかし、幾つかはどうあっても無理だった。
むしろ余計に封印が不安定となり、これは手を出してはならぬという、掟まで作られたそうだ。
やがて、帝国が滅亡する時が来た。
その理由は彼等にも分かっていない。
ただ、自らの罪の証を封印する、未来永劫子孫に託すということだけは伝え忘れることがなかった。
血脈にこだわり袂を分かった一派アポストルスは、いつしか忘れてしまったようだ。けれど、ゲハイムニスドルフだけは覚えていて、封印を続けている。
「以前は強力な封印魔法の持ち主であれば、五十年百年と保った。今や十数年しか保たない。我等の数も減ってきている。能力者もな。だとしても、ここで我等のこの行いを止めることはできぬ。何故か?」
皆を見回して、ヒラルスは嗄れてきた声を振り絞った。
「魔獣は覚えているのだ。最後の一人まで喰らい尽くせという、血の命令を。ハイエルフの血を引く者全てを殺すと、な」
たとえ人族とほぼ同じレベルに生まれてきたとしても、血脈だと分かる。
ハイエルフの血視魔法よりもずっと、魔獣は高い能力の持ち主らしい。
「この村の者など真っ先に狙われるだろう。それだけではない。各地に散った我等の仲間、滅亡後に袂を分かった別の者たち。そして、帝国時代はもとより今の時代でも、血を引いた者は数多くいる――」
ヒラルスはシウを見なかったが、プリスクスはこちらをそっと見た。
「どこにでも、いる。どこにでもな。何故なら、我等の先祖が、人を操るために同胞を売り捌いてきたからだ」
ハイエルフたちが国を興したのは自分たちを守るためだった。
同胞を助けるために立ち上がった人たちは、いつの間にか身内を道具にして平然としていた。
「祖先の罪を償う意味を問うた若者も、時代時代でいた。だが、それがどうしたというのだ。嫌だ嫌だと叫んだところで誰が守ってくれる? 誰が襲い来る魔獣を倒してくれるのか。封印すべきあれらは、我等の宿命よ。そうしなければ、我等は死ぬしかない。そのために、毎回、命をかけて封印の旅へ出ている」
ヒラルスは壇上の端に座るレーウェを見た。
小さく頷く。レーウェも、頷いた。
「……前回の封印の旅では大量の人死が出た。アポストルスに見付かったためだ。そんな中でも命をかけて封印した者がいる。ケルサとカラドリイダエだ。カラドリイダエは妊娠していることにも気付かず旅に出てしまい、現地でアウレアという子を産んでしまった粗忽者であったがな」
レーウェが小さく笑った。
「それでも子を守りきったと聞く。彼等はやり遂げてくれた。それなのに、その生まれた子を、アポストルスに見られたという理由で連れてくることもできず、竜人族の戦士に任せてしまっている」
俯く者もいる。悔しそうな顔や、悲しい顔。いろいろな感情が生まれたようだ。
「……封印魔法を持って生まれてしまったために、辛い仕事を任せることになる。だからこそ、甘やかし大事にし、大切にしてきたのだと、分かってもらえるだろうか」
それは主にバルバルスへ向けて話したのだろう。
だが、彼は青褪めるばかりで答えを返すことはなかった。
次の役目は彼が中心になって行われるはずだ。
この話は衝撃だったに違いない。
ヒラルスは最後に、こう語った。
「誰かがやらねばならぬのだ。誰がやるか。それをよく考えてほしい」
話を終えても、誰も雑談をすることはなかった。
その後、全員を一度解散させてから、ヒラルスが屋敷へ行こうとシウたちを誘った。
レーウェも一緒だ。
歩きながら、ヒラルスは嗄れた声のまま、誰にともなく口を開いた。
「大精霊を失った我等に救いなどない。大精霊が我等を見限ったのだと言われているからだ。今は小さな精霊たちが、頼み事を聞いてくれるだけ。しかし、それでもまだ精霊たちは我等のために力を貸してくれている。腐ることなく正しい道を歩んでいけば、いずれ神々の世界で休まれているとされる大精霊様が顕現なさるかもしれぬ。それまで、我等は贖罪の道を歩むしかないのだ」
「つらい道ですね」
思わずそう返すと、ヒラルスはハッとした顔をして振り返り、それから悲しげに笑った。
「……ありがとう、シウ殿」
「いえ。本来なら僕も組み込まれて然るべき問題です」
「なに、あなたは外の者だ。外で自由に生きていられるのなら、問題はない」
「いつかアポストルスの目に留まるかもしれませんけどね」
一人だけ、シウが生まれたことを知っているハイエルフがいるようなのだ。彼は何故か仲間には言わなかった。神様が夢の中で見せてくれたから、間違いない。
だからといってこれからも大丈夫というわけにもいかない。
「アウルのご両親を殺した相手でもあるし、封印作業を邪魔するなど唾棄すべき行為です。彼等に対抗する手段も必要でしょうね」
「さよう。しかし、我等の村には、実は血操と血視魔法の固有魔法持ちはほとんど生まれてこないのです。元々それらはあちらの王族にあったもの。やはり血筋の濃い方へ、固有魔法も備わるようです」
「封印はどちらにも?」
「あります。ただ、誓約魔法はどうやら、我等の方に多いと聞きますが。あちらの情報はなかなか入らないのでどこまで本当かどうかは」
頭を振って、ヒラルスは疲れた顔になる。
プリスクスが「休まれては」と心配そうに勧めていた。
また厨房を借りて、大量に昼食を作った。
皆、慣れたもので顔を出しては手伝っていく。ついでに持ち帰るよう告げ、必要な分だけワゴンに載せて広間へ向かった。
フェレスに載せられていたロトスも、匂いのためか起きてきた。
起きてすぐ、シウに向かって怒った。
「俺のこと、『野良』って言った!」
「……よく覚えてたね」
「聖獣のことを野良って言うのは、世界中探してもシウだけだと思う」
「あはは」
「笑い事じゃねえっての。でもまあ、無事終わった?」
「終わったよ。全然変わらないよね」
「な。全然分かんねえ」
二人で話していると、レーウェが会話に入ってきた。
「本来、誓約とはそのようなものですよ。そもそも、あなたたちに掛けたのは、自然に成り立つ強い絆と似たようなものですからね。そう、シウ殿とそこの子らとの関係に近い」
彼の視線はフェレスたちに向いていた。
「そうなんですか」
一応、ギルドで主従の契約を掛けてもらっているのだが、そんなものよりずっと強いものがあるらしい。
「本来は、互いに誓いの言葉を告げてもらうのですが、片方が聖獣でしたので省略しました。誓いの言葉を入れると強制力も出てきますが、不要でしょう?」
ロトスと顔を見合わせて、同時に頷いた。
レーウェが悲しげに笑う。
「……誓約という言葉通り、誓えば良いだけのものなら良かったのにと、思うことがあります」
「レーウェさんも歴史を知った時はショックだったんですね」
「ええ。でもシウ殿はあまり驚かれていませんね」
シウは肩を竦めた。
なんといっても情報過多だった前世である。あらゆる本を読み漁り、衝撃的な事実というのも歴史には刻まれていた。
しかも、戦争世代だ。
戦争には行っていないが、悲惨な姿は見てきたつもりだ。
自分自身もまた、その爪痕を体に受けた。
「道を誤ることってありますよね。どうしようもない流れができてしまって。個人ではどうにもできない。そういう時の無力感は、少しは分かるつもりです」
「……そう、ですか」
(シウ、シウ、目が死んでるぞ。そういうのはキャラじゃない。ヤメロ)
(あ、うん、分かった。ありがと)
(つーか、レーウェさんを悲しませてどうすんの。なんか暗い話があったのかもしんないけどさ。明るくやろうぜ。過去を引きずって暗いままってのは、性に合わん)
「そうだね。本当だ。ロトスの言う通りだ」
レーウェがなんだい? と視線を向けてきたので、説明した。
「ロトスと念話でよく話すので。彼が、明るくやろうと。過去を引きずって暗いままなのは――」
「そうだね、今を生きているんだものね」
「はい」
「宿命は宿命として、それでも今を生きなきゃね。……明るくか。うん、明るく生きるべきだ」
レーウェは何かを決心したように、にこりと微笑んでいた。
話している間、フェレスたちは「まだご飯食べないの?」とウロウロしていて、笑ってしまった。真剣な話をしているのは分かっているのか、邪魔しないだけの分別もある。
きゅるる、とお腹が鳴ったので、全員で顔を見合わせて笑ったのだった。
お腹を鳴らせたブランカは恥ずかしがるでもなく、平然としていたのもおかしかった。
何故かクロが、慌ててブランカの上で踊っていた。
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