238 誓約魔法
長老ヒラルスから、今回の食糧難に救世主としてシウが招かれたこと(実際は前後していて違うのだがそうした話にしたようだ)、竜人族からも助けがあったことなどが説明された。
シウが何をしたか、どういう援助品があったか、また知識を教えてくれたことも話していく。
そして、シウが以前、アウレアのためにとトイフェルアッフェを一体まるごと譲ったことも伝えていた。
魔核が大変な値段で売れたことも大事だが、「危険な魔獣の生態を調査できる」魔獣そのものを譲られたことは大変僥倖だったと語る。
ただ、シウが、彼等と同じ血を引いている者だとは言わなかった。
知っている者もいるが、敢えて全員ヘ言う必要もないだろうと秘密にしてくれたのだ。
だから単純に「村の恩人」なので、「今回は誓約魔法を掛けてほしいという願いにも応じることにした」という体をとった。
ヒラルスに呼ばれ、レーウェが壇上に上がる。グラキリスたちに補助されながらだ。
広場はぐるりと半円形状になっており、ここで催し物もあるのだろう造りになっている。
壇上には椅子も並べられ、レーウェはそこに座った。
本当に、薄幸の青年風の姿をしている。細くて、弱々しいのだ。病み上がりだからか、真っ白い肌なのに頬だけが少し赤く、シウはハラハラしてしまう。
一応、これから頼む立場でもあるのでマナーとしてフル鑑定は掛けていないが、後で調べさせてもらった方が良いだろうかと思うほどだった。
でも遺伝的な問題なら、シウにはどうしようもない。
遺伝的疾患を治すものは――特にハイエルフの場合は研究されていないため――ないからだ。
発症したばかりの病気や、怪我ならば治癒、あるいは薬でなんとでもなるが。
遺伝病というのはそれ自体が「本来の形」として認識されているため、基本的には修正できない。
ただの地方病や、栄養不足ならいいのにと思う。
「……シウ殿、アウレアのこと、聞きました。本当に、本当にありがとう」
まるで精霊のような彼は、この世に生きているのだろうかと思わせるほどだ。その儚い様子に、シウはドキドキしてしまった。レーウェが無理に立ち上がろうとするので慌てて止めたのも、そのためだ。
「いいえ。アウル、いえ、アウレアと知り合ったことでガルエラドや竜人族の人とも知り合えましたし、こうして縁を頼って来ることもできましたから」
レーウェの前に座り、彼の手を握って告げると、ハラハラと涙を零した。
しかし、見た目が若くて美しいので勘違いしそうになるが、彼を年齢相応の――と言っても三百歳の人族はいないが――老人だと思えば不思議ではない。
老人には優しくしなければ、というのがシウの根底にはあるので、レーウェの手もそうっと握った。
(見目麗しいハイエルフの手を握るとか、ホストも真っ青だぜ)
ロトスは何やら呟いていたが、無視である。
「アウレアのこと、詳しく教えてもらえますか」
「はい」
「ああ、良かった。亡くなった妻や息子たちにも、報告できます」
レーウェ、つまりアウレアの直系の血筋はもう二人だけで、後は途絶えている。
アウレアの母方にあたる方も、いないそうだ。元々、外にいたハイエルフの子孫を助けて連れてきたのが母方らしいので、親戚がいないのも仕方ない。
ちなみに、レーウェのことを曽祖父と言っているが、性別は曖昧なようだ。本人が男性寄りの気質でいるからそう見えるだけ、といった程度なのだろう。見た目だけでは全く分からない。
「ケルサとカラドリイダエにも教えてやります」
シウが視線でどういうことかと問うたら、レーウェは恥ずかしそうに微笑んだ。
「アウレアの父と母の名です。ご説明もせずに申し訳ない」
「いえ。良い名前ですね」
「ありがとう。アウレアにも、あの子たちの話をいつかしてやりたい。その思いで、今は生きています」
それが気力になっているのだろう。手を握って思ったが本当に細い。
壇上のやり取りに飽きたらしいバルバルスが舌打ちしていたので、シウたちは話を進めることにした。
ヒラルスが、これから誓約魔法レベル五の魔法を実演してみせると皆に言う。
誓約魔法のスキル持ちはもちろん、他の者たちも目を輝かせた。
誓約魔法はおいそれと使うものではないので、滅多に見られない大技だそうだ。
そんなもの、レーウェみたいな人に使わせていいのだろうかと不安になったが、魔力を使う分には問題ないそうだ。
ただ、使ったことがない人にとっては繊細に紡ぐ魔法の技術が大技である、ということらしい。
レーウェはまず、シウとロトスに、ふたりを繋ぐ形を問うた。
「主従という関係でしょうか。あるいは伴侶、あるいは親愛、取り引きといった形もあります」
シウはロトスと顔を見合わせて、同時に答えた。
「「親愛」」「だろ」「かな」
「なんで、そこ『かな』になるんだよ」
「いやだって」
「親友とかでもいいじゃん。爺さんと孫でもいいけど」
「爺さんと孫、ですか?」
レーウェが戸惑う。シウは慌てて誤魔化した。
「あ、それはこの子の冗談です。すみません、聞かなかったことにしてください」
「は、はい」
(レーウェさんみたいな人に変な冗談言うの禁止ね)
(だよな。今の、可愛かったけど、悪かったわ)
シウはレーウェに近付いて、ほぼ抱きつくような格好で告げた。
周りには結界を張っている。精霊も、寄せ付けない。
「……この子は聖獣なんです」
「ああ、そうでしたか。それで――」
「頭が大変良くて、主従という関係ではない。でも、このまま契約相手のいない状態で野良、じゃなかった、ひとりにさせておくと狙われる可能性があるんです。だから、そのための誓約魔法なんです」
レーウェは納得し、何度も頷いた。
かつてこの村にも聖獣はいたようだから、シウの言いたいことはよく分かるだろう。
そして、シウがロトスを守りたいために「繋がろう」としていることも。
「承知しました。では、誰にも切れない『絆』をここに繋げましょう。おふたりで、手を繋ぎ、額を合わせてください」
「え、マジで」
「ロトス?」
(だって、超恥ずかしいじゃん!)
(口に出すと余計恥ずかしくなるんじゃないの、そういうのって)
(はっ、そうだった!)
(ほら、さっさとやる。言っとくけど、今日までに美少女を見付けてこなかったロトスが悪いんだから、僕に当たらないこと)
(……なんか俺がモテないみたいな風に聞こえるんだけど、僻みかな?)
ブツブツ言いながらも、レーウェに言われたとおり手を繋いで、額を合わせた。
ロトスがしゃがんでくれたので、シウも背伸びしなくて済んだ。
でも確かに傍目にはおかしな格好だ。
恥ずかしくはないが、男同士で美しくはないだろうなと思う。
つまらないことを考えていたらレーウェがさらさらと話し始めた。
「[神々の世界で失われた体を癒やしておられる我が祖にして偉大なる大精霊様。どうか我等の願いをお聞き届けください。イグニス、アクウア、ウェントゥス、テッラの名に誓い、シウ=アクィラとロトスの絆を深く繋げます。このふたつの命が助け合い、他の悪意を受けず、絆を裂かれないように]」
レーウェの両手がシウとロトスの頭の上に乗り、意外とがっちり掴まれて力を込められた。
さすがにロトスは文句を言ったりしなかったが、痛いと思っているのは薄目に見た間近の顔の様子で分かった。シウも結構痛い。
と思っていたら、物理的に痛みが生じているようだ。
手から、魔素が流れ込んできている。
(ううっ、いてえ。なんだこれ……)
(魔素だね。レーウェの魔素の塊がすごい勢いで流れ込んでる)
すごい。
ハッとして、シウは急いで無害化魔法を解除した。
痛みだと認識したら余計に、害意あるものと「勝手に」判断して無害化してしまう。シウにとっては有り難い常時発動型の無害化魔法だが、良い意味で魔法を掛けたい時には不便な代物なのだった。
解除した途端、痛みが飛んでいった。
どうやら抵抗したせいで、痛みとなって表現されていたようだ。
つまり、ロトスが痛いのもシウのせいかもしれない。
後で謝っておこう。
少しして、レーウェが大きく息を吐いて肩から力を抜いていた。
「……かなり、大変でしたね。わたしよりも、相当力があるようだ」
「え?」
「ロトス殿も魔力量は多いが、まだ若い分わたしとの差は少ない。聖獣でもなんとかなると思っていたけれど、シウ殿は桁違いというか、かなりの抵抗を受けてしまいました」
「あ、えっと、その――」
「格上相手の誓約魔法は少々大変なんです。でも、それが使えるからこそ我等の固有魔法『誓約』は、狙われてきたのです」
「それは――」
「後ほど、話があります。……我等の祖先の罪について。さあ、疲れたでしょう。暫く、頭がぼんやりするかと思いますが、我慢して下さい」
「はい。ありがとうございました」
深く礼を告げると、レーウェは微笑んだ。そしてロトスに目を向ける。
「彼の方がどうしても『格下』になるので負担も大きいのです。少し眠ったら収まると思います」
ぼんやり顔だったロトスは、何言ってるの? という顔をしたものの、とろとろと瞼を落とし始めていた。
そして、自然に意識を失っていた。まるで眠るように。
鑑定してみたが、特に問題なさそうだ。念のためフル鑑定したら、つらつら長い情報の中に、ちゃんと誓約魔法の成果が見えていた。
「絆の相手として僕の名前が表示されるんですね」
「鑑定魔法を?」
「はい。……よろしければ、後でレーウェさんの不調を調べさせてもらっても?」
「鑑定でそうしたことも分かるのでしょうか」
「はい。僕はレベル五持ちですが、たぶん、もう少し上にあるかと思います」
「……ああ、そうですよね。先ほどのあれは、想像を超えていました。では、後ほどお願いします」
話し合っているうちにヒラルスの「誓約魔法」の講義が終わっていた。
力の発動が見えた者も多く、どこに魔力を流すのか、どうなるのかを目の前にして、ほとんどの人が興奮していた。
ロトスは座り込んだ状態だったので、ブランカに載せて端に寄せた。
壇上の隅に場所を作ってもらっていたから、フェレスをクッション代わりにしてロトスを寝かせる。クロもブランカも心配そうなのにフェレスは平気そうだから、どうしてと聞いてみた。
「にゃ。にゃにゃ」
だって、頭いっぱいになっただけだもん、と返ってきた。
フェレスは物の本質というものが見えている。彼は誰よりも本能に忠実で、そうした意味で誰よりも賢いのだと思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます