235 畑の土とロトスの存在
午後は畑の様子を見て回った。
土地が痩せている上に、連作障害もあって厳しい状態だ。
土は総入れ替えが良いかもしれない。すぐには無理があるし、春の種まきまでに作れるとは思えなかった。
その為、森へ出て、良い土を探して持ってくることにした。
一緒に行こうと言ってくれる者もいたが――アエテルヌスやアンプルスなどレベル一と呼ばれる普通の人たちだ――転移したり大量に保管するところを見られたくないため断った。
フェレスたちが戻らないので、ロトスだけを連れて壁の外に出る。
「転移するのか?」
「うん」
「どこらへん? 竜人族の里あたりかー?」
「ううん。あ、行くよ」
ロトスの手を引いて、そのまま転移した。すでに遮蔽もしていて誰の目にも触れていない状態での転移だ。
「うおお。びっくりしたあ。ていうか、あれ?」
転移したのは爺様の家の近くだ。
「あ゛ー、そうか。くそっ、俺も常識に囚われてるぜ。そうだよな。シウの転移って、どこでも大丈夫だったんだ」
「うん。あと、土はやっぱり、ここのが良いし」
使い慣れているというのもある。それに寒さレベルでは同じような土地なので、腐葉土を持っていっても問題ないだろう。
どのみち、土を総入れ替えするなら構うまい。
案外、ここの微生物が合うかもしれないのだ。
「試しに、ここのを使ってみようかなと。近くの森の土ってあんまり良くなかったんだよね」
「おー。そうか。んじゃ、すくっちゃいますかね。スコップどこに置いたっけー?」
俺の畑ちゃーんと歌いながら先へ進むので、シウは苦笑した。
「ロトス、僕、空間魔法持ってるからチマチマすくわなくても大丈夫だよ」
「……ぐはあっ! くそう! 俺としたことが!!」
頭を抱えて膝落ちするので、また笑ってしまった。
「えーと。じゃあ、ロトスは僕が作業している間、見回りしてきてくれるかな?」
「仕事を与えたらそれで済むと思いやがって! 俺はフェレスとブランカ並か! 行ってくるぞ!」
「あ、うん。頑張って」
「おー」
ロトスを見送ると、畑用にと用意してあったものの放置していた土を大量に空間庫へ移動させた。
空いた場所には、また森の奥から見繕ってくる。枯れ草も良い感じに積もっているので混ぜ込んで、元々あった土に馴染ませていく。そのうちまた微生物たちが働いてくれるだろう。
爺様の家へ行くと、近くの畑でロトスが座り込んで何かしていた。ぼそぼそ喋っているので、畑に話しかけているらしい。演技かどうか不明なので無視して小屋へ入ると、狩人たちからのメモがあった。
「『アポストルスからまた連絡あり、サンクトゥスシルワへ来て手伝えとのこと、断っている』か。何かあったのかな?」
「わざわざ呼び付けるとか、ないよなー」
「あれ、もう畑の観察は終わり?」
「土と話せる不思議っ子、に対して何のツッコミもなかったからな」
「なんだ、やっぱりフリだったんだ」
「……いやまあ、独り言は独り言だったんだけどさー」
どうやらシウに見られたので恥ずかしくなったらしい。おかしな子だ。
こういう時は彼いわく「スルー」するのが正しい。
シウは手紙をピラピラさせて話を戻した。
「ゲハイムニスドルフもそうだけど、アポストルスも結構、衰退してるのかもね」
「あー、な。そうかも。人手も足りないんだろ」
「血族至上主義だったら、もっと切実に人口減少してるだろうしね」
「エルフともダメなんだっけ?」
「ククールスがそう言ってたね。でも現実問題、エルフとの間にできた子も多いそうだけど」
「嫌な予感しかねえ一族だよな」
本当にね、と答えて手紙を燃やした。狩人の符丁を使った手紙ではあるが、バレないに越したことはない。
「見回りしてくれた?」
「おう。問題なかったぞ。俺の畑ちゃんも順調に冬支度よ」
つまり閑散としているということだ。冬野菜は植えなかったので、今は休ませている。
ここは雪が積もるので面倒見切れないからだ。
ゲハイムニスドルフの村も雪の量によっては植えるものが変わってくる。
それこそビニールハウスを作ったって、雪が深ければ重みで倒れてしまうだろう。
冬は完全に休ませて、春から秋の間に作物を溜め込むしかないのかもしれないなと、考えた。
転移で戻ると、フェレスたちも森から戻ってくるところだったので門前で待った。
やがて現れたのだが、今日も大猟のようだ。
一体どこまで出掛けているのだろうか。感覚転移ではフェレスやクロ、ブランカの場所だけしか見ていないので全体図としては見ていなかった。
「遠くまで行った?」
「にゃー」
「分かんないって、そんな」
シウが笑うと、キルクルスが教えてくれた。
「北部に穴場を見付けたのでな。ここの狩猟班にも教えてやろうと思ってるんだが、ちょっと遠いかもしれないから――」
どうだろうなぁという言葉が小さく消えていった。
遠出をしたがらない気持ちも分かり、あまり強くは勧められないと感じているようだ。
ゲハイムニスドルフの人間の大半は能力者レベル一という括りに入っている。
ハイエルフの血を引く一族なので種族特性の固有能力者が偉い、というような雰囲気になっているようだが、実際にはレベル一の人たちでも能力は高い。
鑑定をしているためよく分かるが、魔力量は高い者が多く、固有魔法を持つ者も多かった。
それこそ鑑定魔法、生産魔法、遠見魔法などゴロゴロしている。
身体能力も、アガタ村の人に比べたら、ずっと平均値が高い。
そんな彼等でさえも森へ入るのには勇気が必要だ。
それほど危険な森の中に、彼等は隠れ住んでいる。
遠出をするということは、強力に守られた安全地帯から出ていく時間が長くなるということで、危険な森での滞在時間も必然的に増えるというわけだ。
キルクルスの「親切」も「押し売り」になる可能性が高い。
しかし、周辺でばかり狩りをしていたら、自然発生すると言われる魔獣でさえも狩り尽くしてしまうだろうし、冬を乗り越えるための保存食にも困るだろう。
もう少し、なんとかならないものかなと、キルクルスが思うのも無理はなかった。
ゲハイムニスドルフが困れば、それはオリーゴロクスにも降り掛かってくるので、次期長としても考えるところはあるのだと思う。
村の中へ向かう道すがら、キルクルスは今回のシウの訪問を「良かった」と口にした。
「我等から頼むのもおかしな話で、だから言うまいと思っていたんだ。でもガルエラドから『シウが紹介してほしいそうだから話を通してくれ』って言われて、つい期待した。我等の里を良くしてくれたシウだから、きっとここの閉塞した村もなんとかしてくれるのでは、ってな。でもそれも俺が言うことではない。だから黙ってたんだ」
「そういうところは、義理堅いというか、真面目なんだよね」
「そうか?」
反対に、ゲハイムニスドルフの若手の一部は「やってくれ」「やってもらってもいいだろう」と考えていた。長老たちにも少しはそうした考えがあったようだ。プリスクスが顔を赤くしたのも本音を知られたからだろう。
期待してしまう気持ちも分からないではない。シウにも浅ましい気持ちがないとは言わない。だから、ついつい頼りたくなる気持ちは理解できる。
でも若手の言い分はちょっと行き過ぎだ。
キルクルスもそれは苦々しい思いでいたようだ。関係ないのに、そのことも謝ってきた。ロトスなどはそれを聞いて、笑顔でぽんと肩を叩いて慰めていた。
「苦労性だな!」
などと言って。
なんというか、ロトスの存在は気持ちを和ませる。キルクルスも、真面目だった顔付きを緩ませ、ホッとしたように肩から力を抜いていた。
村に戻ると、シウとロトスは畑に直行した。
使って良いと言われている畑の土をごっそりと入れ替える。
幾つかのブロックに分けて、様子見だ。春に耕してもらって、種を植える。
苗を育てるための頑丈なハウスも作った。雪がどうなるか分からないので、近くにいた農作業中の人から聞き出し、作業小屋の隣に片流れの木組みの小屋を作りあげた。
雪は大量に積もることもあれば、全く積もらない年もあるという。どちらにしても風が強く吹き、乾燥しがちだそうだ。
風除けとして作業小屋の隣に立ててみたが、さてどうなるか。
まだ時間があったので、水路を作る場所を確認していく。
「ロトスに作ってもらおうかな」
「待て。俺にはまだ土属性魔法は無理だ」
「そこはやろうよ。固定は無理だろうけど」
「ううう。シウがスパルタだ~」
「スパルタにするって言ったからね」
「……分かった」
「図面引かなくて良い分、楽だよ。とりあえず、新たな水源確保するから、そこから引こうか。ポンプはこのへんかな」
「ポンプの構造良く知ってたな」
「この世界でも魔道具だけど、あるよ。それに【アフリカ】で井戸を掘るっていう番組見てたから。あと、部品の一部、作ってる会社にいたことあるんだ」
「へえ」
「【推進機】って分かる? 穴掘りの。あれを開発する会社にもいたよ」
「シウ、病弱だった割には意外と働いてる?」
「資格持ってたからねー。現場で作業したかったけど、結局は無理だったし」
「おー。やっぱ資格かあ」
「つまりスキルってことだよ」
「……つまり、スキル上げしろってことね。へい。分かりました。頑張ります」
「よろしい」
というわけで、明日は水路関係かなと、段取りを考えた。
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