228 縁、そして料理と結界と




 村長からの羨ましげな視線に、シウはもぞもぞしてしまった。

 シウの場合、自由な心というよりも、むしろ頑固者だということが最近自分でも判明したぐらいだ。だから、据わりが悪い。

 あと、精霊を一切視ることのできないシウにそんなこと言われても、である。

 ものすごく理不尽な気がする。

 見えないのに好かれても、というやつである。

 内心でむくれていたら、ヒラルスが話を続けた。

「それに、アクィラとは我等の信仰する精霊でも森の王者のことを指す。おそらく、冒険者であった母が狩りを得意としておったので、アクィラを崇める言葉を教えていたのだろう。そなたの名乗りを聞いて、そうと気付いたのだよ」

「そうですか」

「不思議な縁よの」

「はい」

「……アウレアのことを、助けてくれたとか」

 シウは頷いて、それからアウレアと関わってきた流れを説明した。


 アウレアを守るガルエラドと偶然、出会ったこと。

 ガルエラド、いや竜人族の崇高な使命「竜の大繁殖期対策」に感銘を受けたこと。

 シウもまた竜の大繁殖騒ぎに巻き込まれ、ガルエラドの知識に助けられたこと。


 そして、自身の出自に気付いて相談したことも、だ。

 アウレアを守らなければと、強く思ったのはこの時だったかもしれない。

 積極的に関わろうと、アポストロス対策の魔道具もたくさん作った。アウレアにはできる限りのことをしているつもりだ。



 最後まで聞いたヒラルスは、手を握りしめていた。

「オリーゴロクスまで来られたのは、そういうことであったか」

「我等が身内の者を助けてくれたばかりか、そのような援助までくだされていたとは」

 グラキリスが警戒の心を弱めて、感謝の眼差しでシウを見た。

「アポストルスに対抗する魔道具を開発するなど……想像もしたことがなかった……」

 プリスクスは呆然としている。

 彼等は今まで防御一辺倒だった。敵わない相手としてひっそり隠れて暮らしていた。だからこそアウレアの存在も捨て置いていたのだ。関われば、自分たちにまで火の粉が飛んでくる。

 同じ理屈で、きっとシウも見捨てられたのだろう。

 一度は繋がった道を、もう一度繋げようとはしなかったのだから。

 シウは偶然にもアポストルスから見逃されたし、ゲハイムニスドルフからも見捨てられた。

 おかげで平和に楽しく暮らすことができたのだと思う。

 爺様と暮らした生活は、ここで暮らすよりずっと上等なものを与えられたに違いない。

 この村は閉鎖的だ。

 考えも凝り固まって、新たなことへの挑戦がない。

 息苦しい場所だったろうと思う。

 今、彼等はアウレアが安全なのだと知って揺れ動いているかもしれないが、シウはアウレアをここへ戻すのは止めた方がいいような気になっていた。

 ガルエラドを父親のように慕って生きてきたアウレアを、一年に一度だけだが可愛がってくれる竜人族の人たちから離して、ここで生きていく日々。

 想像したら、悲しくなってきた。

 もちろん決めるのは彼等であり、アウレアなのだろう。ただ、アウレアはまだ幼児だ。育ての親であるガルエラドから離して良いとは思えない。

 シウは、彼等が言い出さない限りはこのことについて、問わないと決めた。

 ロトスにもそう念話で告げたら、彼もまた強く同意してくれた。



 とりあえず、話が長引いてきたので、食事にしようと告げた。

 彼等が困るより前に、シウから提案してみる。

「よろしければ、僕が竜人族の里で作っているものを披露します。今後の村での参考になれないかと思ってのことですから、味見していただけませんか?」

 シウが気を遣って提案すると、三人共理解したようだ。顔を見合わせて静かに頭を下げた。


 厨房を借りて調理していると、影から覗く者が数人いた。

 シウは気にせず、ロトスを補助に作っていく。

「なあ、何人前作るんだ?」

「そうだね。なんか段々増えてきたから、ちょっと多めに?」

「だよな。俺の気配察知でも、増えてる……」

「匂いは遮断してるのに。なんでだろ」

「スパイがいるんじゃね?」

「スパイって?」

「精霊だったりして。ははっ」

「あっ」

「あ?」

 顔を見合わせて、それから結界を薄目になって見つめてみた。でも全然分からない。

「ダメだ。やっぱり精霊なんて視えない」

「俺、なんとなーく分かるぞ。埃みたいな奴だろ」

「精霊を埃って……怒られるんじゃない?」

「いや、たぶん、あいつら意思ないぞ。マジで埃みたいなんだって。フェレスがたまに叩き落とそうとしてたの、絶対アレだ」

「……フェレス、そんなことしてたんだ?」

「うん」

(ブランカは口の中に入れてた)

(それ、絶対言えないよね?)

(埃なんて食うなよ、って怒ってたんだけど。別の意味で怒らないとダメだったみたいだなー)

(ククールスは見てなかったのかな。注意してくれたらいいのに)

(いや、その時いたけど怒ってなかった。そういや、精霊なんて生まれては消えるものだから……なんだったかな、ああ、空気みたいなものだとか言ってたし。大丈夫なんじゃない?)

 とはいえ、だ。

 精霊信仰のあるゲハイムニスドルフでは口が裂けても言えない。

 後でフェレスたちにも厳命しておかなくては。

 それと。

(精霊が結界を素通りするとは思ってなかった。結界の仕組み考え直さないと)

(あ、だよなー。アポスなんちゃらが大掛かりな精霊魔法とか使ったらバレバレだもんな!)

 念話で話しながら、結界を強化していると、いろいろ分かったこともある。

 なんとかなるようでホッとした。

 なんとかならないのは増え続ける覗きの人だけだ。


 シウたちはワゴンに人数分乗せて、残りは置いていった。

 アエテルヌスが厨房に案内して、そのままいたので、彼に伝言する。

「良かったら作りすぎて余ったのでどうぞ。僕等はキルクルスやクレプスクルムの分も含めて、ここにあるので」

「あ、いや、その。……いいのかな?」

「どうぞ。味見してください。その代わり、どんなだったかを教えてくれたら有り難いです。あと、塩が貴重だと聞いていたので薄味にしてますからね」

「そうか。その方がいいかもな」

 彼は竜人族の里への使者役で塩味に慣れているが、この村では貴重品らしい。薄味だろうと思って塩は控え目にしたのだ。

「一応、ヒラルスさんにも言っておきますが、残りはご自由に」

「……ありがとう。喜ぶよ」

 誰とは言わなかった。

 シウも、詳しくは聞かなかった。



 合流したキルクルスとクレプスクルムが、シウの料理だーと喜んで飛んできた。

 配膳するからと言っているのに、自分たちでお皿を運んでしまう。

 何故かフェレスたちも尻尾を振って「わーい」と喜んでいるようだ。お腹が空いているわけでもなさそうなので、キルクルスたちと楽しい時間を過ごした延長なのだろう。

 呆気にとられているヒラルスたちにも料理を勧めた。

「寒い土地でも育てられる蕎麦粉を使った料理です。他に育てやすい芋も使ってます」

「……有難くいただこう。グラキリス、プリスクス」

 促されて座った二人は、精霊に祈りを捧げて料理に手を付けた。


 結果は、想像以上だった。

 きっと喜んでくれるだろうとは思っていた。アエテルヌスらが竜人族の里の料理を気に入っていたことは、去年からも、そして今回のことでも分かっていた。

 しかし、思った以上に衝撃を与えたらしい。

 最初はシウに対して警戒心が強かったグラキリスが突然泣き出したのだ。

 そして、おいおいと泣きながら、すまなかった悪かったと謝るのだ。

 なんだかシウの方が申し訳ない気持ちになってしまった。


 ロトスは冷静に、

(オジサンの泣いてる姿ってキモいよな。いくらイケメン系のオジサンでも、やっぱダメだわ。俺、可愛く見える泣き方覚えようっと)

 と、よく分からない宣言をして、シウを困惑の渦に落としたのだった。

 何故、泣くことが前提なのか。不思議だ。

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