227 村長たちとの話し合い




 案内された場所は、祈りの場所と思われる中央の建物に並ぶ、一番大きな屋敷だった。

 周辺を兵士たちが守っており、アエテルヌスが手で制しながら屋敷内へ入っていく。

 じろりと見られるものの、それは敵対感情のようなものではない。

 シウには虚勢のように感じられた。

 そして、気付いた。彼等は虚勢を張っている。つまり、彼等は怖いのだ。

 では何が怖いのか。

 怖いと思う、根本はなんだろう。何故怖いと感じるのか。


 弱いからだ。

 自分が弱いと分かっている。

 ようするに彼等は、シウという存在に恐れを抱いているのだ。


 そのことに気付いて、自分でも驚くほどショックを受けた。



 共に歩いていたロトスが心配そうにシウを見下ろしてくる。シウの顔色が変わったのが、いや様子が変わったことに気付いたのだろう。

 何度かこちらへ視線を向けていたものの、念話ででも声を掛けてくることはなかった。

 ハイエルフの血を引くゲハイムニスドルフの中心部だ。どんな魔法があるかも分からない。無駄に相手に情報を与えることはないと言ってあったので、彼も念話を控えているのだろう。


 やがて客人を迎えるための大広間へ通された。

 屋敷内は古くて質素であったものの、長年丁寧に扱われてきたことが分かるような落ち着きを見せている。

 大広間も、失礼にならない最低限の飾りを配していた。

 一番奥に村長らしき老齢の男性と、補佐役らしき男女が立っている。その奥の小部屋に数人がいるのは分かっていたが、鑑定しても戦力があるようには思えず、家僕などだろうと思った。

 最初に口を開いたのはアエテルヌスで、部屋にいる男性たちを紹介してくれた。

「えー、右に立っているのがプリスクス、左がグラキリスでそれぞれ長老補佐です」

「グラキリス様のことは次期長老と紹介しなさい、アエテルヌス」

 プリスクスと紹介された女性が注意する。見た目は三十代前後に見えるが、鑑定したところ実年齢は百四十二歳だった。ちなみに見た目年齢のつもりらしい鑑定結果では三十二歳と表示される。

 グラキリスは百五十歳を超えているのに五十六歳表示だから、ハイエルフの血が強いか弱いかで寿命や見た目年齢が変わるのか。あるいは魔力量かとも思ったが、そこはどうも違うようである。これまで出会ってきた人を鑑定して気付いたが、魔力量とは比例していなかった。

 アエテルヌスがもう一度紹介した後、真ん中に立つ老齢の男性を示した。

「中央のお方が我等の村の長で――」

「ヒラルスと申す。シウ殿、よう参られた」

 自ら名乗って、ごく軽くではあるが頭も下げてくれた。クレプスクルムが少し驚いた気配だったので、珍しいようだ。

「シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの十五歳です。この度は急なお願いをしましたのに、お受けいただき誠にありがとうございました」

 そうして、ロトスを前に出す。彼も神妙な面持ちで挨拶した。

「ロトスです。冒険者をやってます。ありがとうございます」

「……そうですか」

 ヒラルスがプリスクスをチラリと見た。彼女はシウたちには分からないようにだろう、微かに首を振った。

 たぶん、鑑定を掛けたのだと思う。彼女は鑑定魔法持ちだった。

 しかし、シウは無害化してしまうし、ロトスにも防御魔法を付与してある。

 だから読めなかった。

 ヒラルスとグラキリスは顔を見合わせて、困惑げだ。

 アエテルヌスも進行役をこなしてくれないので、大広間はシーンとしてしまった。


 考えた末、シウはこちらから会話を試みた。

「何か、魔法を発動されましたか?」

「あ、いや――」

「この村の成り立ちについてはオリーゴロクスより強く教えられております。不安しかないと思いますが、決して害をなそうとは考えておりません。それを証明した方が良いのでしょうが、こちらも逃げ隠れる立場です。防御魔法はどうしても外せない。申し訳ありません」

「……さようでしたか。ご事情があるとは、そこのキルクルスより聞いておりましたが」

「オリーゴロクスの恩人であるとか。その為、我等も今回のことを受け入れたのです」

 恩に着せる言い方ではなく、興味があるといった色の強い物言いでプリスクスは言った。もう一人の補佐であるグラキリスは警戒しているようだったが、あからさまではない。

 彼等は不安ながらも、シウの人となりを見ようとしているだけのようだった。

 そこで、アエテルヌスが、そろそろ座りませんかと声を掛けてくれ、皆で椅子に座った。

 彼は別室に控えていた者にお茶の用意をと告げて、広間から出ていった。彼が席を外してくれるとは思ってなかったが、大事な話だと知っていたので気を利かせてくれたのだろう。

 キルクルスとクレプスクルムもだ。ついでにフェレスたちも連れて行ってくれた。

 先ほどの挨拶の時に、小声で「にゃ」と挨拶し掛けていたので、助かった。

 黙っててねと念話で告げたおかげで、フェレスだよ! とは言わなかったが、止めなければブランカもクロも名乗っていただろう。

 これから大真面目な話し合いをするので、笑ってはダメだと我慢できたが、彼等がいるとついつい和んでしまうのでしようがない。

 ロトスは(俺の癒やしが……)と念話で告げて、慌てて思考を閉ざしていた。


 まずは本題に入る前に、彼等が知りたがっている情報を与えることにする。

「僕は鑑定魔法と空間魔法を持っています。だから、鑑定系の魔法は防御できます」

「……そうでしたか。では先ほどのこともご不快でしたでしょうな」

「いえ。村のことを知っていれば、それぐらいはあるかと想像してました。むしろ得体の知れない僕を迎え入れてくれて有り難いと思ってます」

 ロトスのことは、なんとなく聖なるものの気配を感じているようで、警戒するような視線は誰も向けていない。

 しかし、シウに対してはどこか恐恐とした様子でいる。

 だから、そう口にしたのだが。

「……得体が知れぬとは、思っておらぬよ」

 と、ヒラルスが悲しそうな顔で言う。どこか戸惑ったような、困惑した様子で。

「あの?」

「村へ入ってきた時に、物見の塔から遠見魔法で見ていたのだが……間近でシウ殿のお顔を拝見し、名前を知ってほぼ確信しました」

「なんでしょうか」

「あなたは、我が村の者の血を引いておりますな」

 グラキリスは「え?」と声に出ていたが、プリスクスは「ああやっぱり」という表情をした。

 どうやらヒラルスは、シウの近親者を知っているようだ。

「分かっていて来られたのか」

「それとは全く別件だったんですけど、たぶんそうではないかとは思ってました」

 正直に告げると、ヒラルスは目を伏せた。

「さようか。そうであったか」

「村長?」

「グラキリスよ、おぬしは当時、外に出ていたから知らぬのかもな。プリスクスは覚えておったようだ」

 ヒラルスは目頭を揉んで、それからしわくちゃの手を机の上に乗せて話し始めた。


 シウの父親ヴィルヘルムはやはりこの村の出身者だったようだ。

 正確には、その父親の代で村を抜けた、らしい。

 父子は一度だけ戻ってきたものの、それは病気で長くないからであり、息子のヴィルヘルムは長居しなかった。

「先祖返りということは分かっていた。だから留まるよう告げたのだが……。母の故郷で暮らし続けたいと、シャイターンへ行ってしまったのだ」

 ヴィルヘルムの母親は人族だった。かなりの高レベル冒険者で、偶然ゲハイムニスドルフに辿り着き、辺境の地で魔獣に悩まされていた村を手助けをするような豪傑だったそうだ。その姿に惚れ、故郷に帰るという彼女に父親はついていった。

 そしてヴィルヘルムが生まれた。

 ハイエルフの血を引いていることもあって、冒険者の母はとても大事に、気をつけて育てたらしい。

 彼女の寿命が尽きるまで共に生きたそうだ。その後はあちこちを旅しながら父子で暮らしていたが、父親が病気にかかり最期に故郷へ帰りたいというので連れて帰ってそうだ。

 ヴィルヘルムは父親の姿を見て、自分も「故郷」へ帰りたいと願った。

 それがシャイターンの地方領にある鄙びた田舎だったそうだ。

 ひとつところに留まるのは良くないと告げたらしいが、ヴィルヘルムは頑として受け入れず出ていってしまった。

 その時に、もっとアポストルスについて情報を与えておけば良かったと思ったそうだ。

 というのも、風のたよりにヴィルヘルムが死んだことを知ったかららしい。

 どうやって、と思ったシウに、ヒラルスは手のひらを上に向けて悲しげに微笑んだ。

「アポストルスほどの固有魔法は持たぬが、我等の中には精霊魔法に優れた者も稀におるのだよ。ちょうどヴィルヘルムの血縁者でもあった男が、そうであった。血が濃いほど調べるのは容易い。……結果は残念なことだったが」

 その時に、子供がいることを知ったそうだ。

 しかし、アポストルスの「目」に見付かりかけて、慌てて精霊の「目」を切り離した。

 だから、どうなったのかは分からなかったという。

「それでよく僕が、その時の子供だと分かりましたね?」

 シウは、神様によって父親がどんなだったかを知っている。彼は先祖返りというのもあってか、ハイエルフらしい、いわゆるイケメンだった。

 それに反してシウはというと、全く似ても似つかない平凡な、いやむしろゲハイムニスドルフからすればイケメンとは正反対の顔付きなのに。

 シウの考えていることが伝わったのかどうか。

 ヒラルスはふと小さく笑った。そして両隣の補佐たちを見やる。

「おぬしらにはあまり視えぬだろう。わしにはよく分かった。なにしろ村へ入ってきた途端に、精霊たちの喜ぶこと」

「え?」

 シウのみならず、補佐の二人も声を上げた。ヒラルスは楽しそうに続けた。

「まるで、ヴィルヘルムが来た時のようだったよ。あれも、精霊には愛された男だった。何がそれほど好まれるのか、不思議なものであったが。精霊魔法は持たぬようだったのに、小さなことなら頼むだけで聞いてくれるのだと……」

 そこで一度切り、ヒラルスはシウを見つめた。

「精霊は力の強い者に惹かれるものとずっと思っていた。しかし精霊魔法も持たぬヴィルヘルム、そして先祖返りでもないシウ。それに惹かれるというのは、単純に魂へ惹かれるということだ。……自由な心へ、惹かれたのかもしれぬなあ」

 どこか憧れるような眼差しで、彼は言った。

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