223 ゲハイムニスドルフの使者
ところで、シウがゲハイムニスドルフ村へ連絡を入れてほしいということは、ガルエラドを通じてソヌスには伝えていた。
かなり前に頼んでいたので、何度かゲハイムニスドルフに使者を送り、今回もまた確認のため送り出していたようだ。
その使者役はガルエラドの父母、ノウスとクレプスクルムだった。
彼等が戻ってきたのが土の日だ。
一緒に、ゲハイムニスドルフの人間も来ていた。
アエテルヌスである。
以前、ヒュブリーデアッフェに襲われて怪我をしていたところを助けたことがあり、彼もシウのことを覚えていたようだ。
「あの時は本当にありがとう。いろいろあって気が動転して、きちんとお礼を言えなかった。すまない」
「いいえ。襲われた後でしたしね」
護衛が死んだらしいし、ヒュブリーデアッフェだけでなくトイフェルアッフェという悪魔のような魔獣も迫っていたことで、生き残った三人は恐慌状態に陥っていた。
動転するのも分かるし、当時も彼だけはちゃんとお礼を言っていたはずだ。
「村に戻ってから、治癒魔法やポーションなどにどれほど値が付くのかと、怒られました。その上、研究のためにと魔獣を譲ってもらって……」
「それは全部、アウルのためだと言いました。だからいいんです」
「……すまない。あの時もはっきりとは言えず、今回も村の総意が決まらないままで」
やはり、まだアウレアを引き取ると決まっていないらしい。
となれば、シウの頼みも無理なのだろうかと思ったが。
「その、シウ殿はわたしの命の恩人でもあるし、実はオリーゴロクスの発展ぶりに、村長たちが目の色を変えていて……」
つまりシウなら訪問してもいいということだ。なんとも現金な。
「もちろん、その誓約相手の方も一緒で構わないのだが……」
語尾をごにょごにょと誤魔化して話すアエテルヌスは、言質を取られないようにとでも言い付けられているのか、ぐだぐだしている。
交渉事の相手として彼を送ってきた村長とやらは、老獪なのだろうか。
シウは肩を竦めて、第一目的のために彼の言葉に乗った。
「騎獣たちも連れて行っていいですか? あの子たちは我が子同然なので」
「あ、いや。まあ、それぐらいならば……」
「僕の私設騎士とその子供は――」
「いや、あまり増やされるのは困るのだ」
ということはガルエラドも、ちょっとだけ里帰りさせたいアウレアもダメということか。
半眼になったものの、交渉次第かもなと思って、シウは了承した。
なにしろ、こちらが頼み込む形で行くのだ。
相手の嫌がることをしてはいけない。
ガルエラドもアウレアを里帰りさせてあげるのは、ほとんど諦めているというし、一生守るのだと決意している。
火種をまくのも本意でないので、グッと我慢だ。
ノウスは表情は穏やかに聞いていたものの、途中で少し呆れた様子で溜息を吐いたりしていた。
クレプスクルムは無表情で、後になってシウにこっそりと、
「何回もやり取りしてこれなの。面倒でしょう?」
と肩を竦めていた。
志は立派なゲハイムニスドルフを、手助けしてあげる気持ちもある。だが、優柔不断で腰の重いところは苦手な竜人族だ。
普段のちょっとした部分は、付き合えないのだろう。
なんでもスパッとその場で決めてしまう竜人族は、言い訳を続けようとするアエテルヌスの話をさっさと切り捨てて、さあ歓迎の宴でもしましょうと食事場所まで連れて行ったのだった。
アントレーネは置いていかれることを気にしていたが、赤子のこともあるし、連れていけないという相手方の理由も言い聞かせたので納得してくれた。
「それより、赤ちゃんたちのこと、大丈夫? そっちが心配だよ」
「任せてよ! あたしたちがいるんだから」
アエスタースが胸をドンと叩く。でも。
「それが心配なんだけど」
「ええっ」
アントレーネ以上に、覚束ない手付きの人もいるので心配なのだが、冗談だと思ったらしい。彼女たちは豪快に笑って、シウの背中を叩いてきた。
こういうところが怖いのになあ。
「とにかく、村のお婆さんに頼んで見てもらうこと。放り投げたりしない。目を離さない。みんな聞いてる?」
「聞いてるってばあ。リードも付けるよ」
ウェールもアエスタースも豪快で呑気なので、本当に心配だ。
「水場にも気をつけてね。レーネ、もし何かあったら時間を気にせず通信すること。分かった?」
「あ、ああ。分かった。シウ様に連絡する」
「……ああ、心配だなあ」
「ていうか、シウ、お前ちょっとは落ち着けよ。過保護すぎるだろ」
「でも、スサやサビーネがいないんだよ?」
「まあなあ」
(マジでこの人たち、大雑把だもんな。またチビ助共が頑丈なもんだからさー。こいつら転んでも泣かないしよ~)
そう、だから怖いのだ。
ロトスもシウの言いたいことが分かっている。
でも心配ばかりしてもしようがないので、シウは注意するのを止めた。アントレーネもドン引きし始めている気がするし。
絶対、頭の中で「過保護だ」と思ってるに違いない。
「じゃあ、明日出発するけど、本当に気をつけて。レーネ、留守番よろしくね」
「はい!」
「狩りもいいけど、赤子優先してね」
「シウ、シウ。また説教始まってる。そろそろ止めてやれって」
「あ、そうだった。ごめんごめん」
つい口に出してしまうのだ。ロトスではないが、煩いお母さんみたいになっている。気をつけよう。
その日の晩は里に泊まり、明くる朝出掛けることになった。
しかし、アエテルヌスはしきりに残りたがっており、お風呂や料理にかなり満足したようだった。
翌日、シウとロトス、そしてフェレス・クロ・ブランカにアエテルヌス、それから竜人族の里からキルクルスとクレプスクルムが護衛として付いてくることになった。
ガルエラドが行きたそうだったのだが、彼まで出掛けてしまうとアウレアが気にするだろう。安全な里の中とはいえ、やはりずっと一緒にいた存在だ。父親のノウスも傍にいてやれと宥めていた。
クレプスクルムは連続しての使者だが、こうした場合は使者のうちの一人が続けて行くようにしているそうだ。
つまり、次回はキルクルスと誰か、という組み合わせになる。
齟齬が生じないように取り決めているらしい。
竜人族にしてはしっかりしているなあと思ったら、相手側からのお願いだったとか。
よっぽど、行き違いに困ったのだろう。
次の長候補でもあるキルクルスが里を出てしまうので、かつて候補の一人でもあったガルエラドが長老に代わって長としての修業をするようだ。こうした機会にびしばし鍛えるらしい。
ソヌスが亡くなっても、キルクルスがすぐ長になるわけではないので、他にも優秀な人材はこうした折に教育するそうだ。
頑張ってねーと手を振って、里を出た。
森の移動は、当初、歩いていく――と言っても竜人族たちはどう見ても走っている――予定だったが、アエテルヌスの足が遅いためフェレスへ乗せることにした。
彼は、ものすごく動揺していたが、皆から遅いと言われてすごすご乗った。
最初はギャーギャー騒いでいたけれど、慣れてくると段々笑顔になって、最後にはいい大人の男が「きゃっほう」と叫んでいた。それはそれでフェレスには嫌な顔をされていたが。
ロトスが、
「俺より遅いのがいて良かったわー。みんなから、あんな目で見られて平然としてられるほど、俺、心強くねえ」
と、半眼になってアエテルヌスを見ていた。
いや、アエテルヌスは決して平然としていたわけではないと思うが。シウは賢く黙っていた。
移動の間、ブランカにも乗ってあげないと寂しがるのでシウやロトスが交互に乗った。
キルクルスとクレプスクルムにも乗るか聞いたのだが、走ってる方が気配を探知し易いからと断られてしまった。
ちゃんと護衛として真面目に考えているようだ。
さすが竜戦士だと感心する。
一行は、騎獣に乗ったこともあって早めに進んだが、夜間の移動は危険だということで早めに野営へ入った。
普段なら竜人族だけで急げば三日、ゲハイムニスドルフの使者だと五日はかかるらしい。ゆっくりだと七日はかかるとか。
この調子なら休憩を挟んでも三日で軽く到着できそうだとキルクルスが喜んだ。
足の遅い使者の護衛は、面倒らしい。
そう言えば、アルティフェクスも白い目でアエテルヌスらを見ていたなあと思い出して、心の中で笑う。
昨年の事件のことだ。魔獣に襲われていた彼等を助けに行ったはいいが、呆然として動かないアエテルヌスたちに、竜人族のアルティフェクスは少々面倒そうだった。
竜人族は総じて、行動が早い。
野営の設営準備などはシウとロトスが請け負ったが、その間もちゃっちゃと行動していた。周辺の見回り、枯れ枝集め、魔獣避け薬玉の設置などだ。
その間、アエテルヌスも動いてはいたものの、キルクルスやクレプスクルムとは全然キレが違っていて、ロトスに「使えない奴がいるとホント気楽だぜ」などと言われる始末だった。もちろん、聞こえないよう話している。
さすがにアエテルヌスも思うところはあったらしく、食事後、色々ありがとうとボソボソお礼を言っていた。
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宣伝のためのあとがきが付きますので、もうお腹いっぱい! な方は飛ばしてね。
このお話の始まりとなる、
『魔法使いで引きこもり?』が
発売されました!!
KADOKAWAさんより、2018/02/28 出版!
・魔法使いで引きこもり? ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~
・ISBN-13: 978-4047350113
・イラスト 戸部 淑 先生
となります。
番外編『フェレスの大冒険』も付いています。
どうぞ、よろしくお願いします。
そろそろいいんじゃねと思う?
でも小心者なんだ。なまぬるーく見守ってくれると有り難いのであります。
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