218 マグロとお祝い




 お刺身は表面を炙ったら、全員が忌避感なく食べられるようだった。

 念のため《浄化》を掛けているので大丈夫だと言ったら、『それなら魔獣も生で食べられるんじゃ』と、ウェールが言い出して周りに止められていた。

 竜人族ならば魔力量も高いし可能かもしれないが、やはり魔獣の生食は人間には良くないだろう。

 本当にウェールが料理担当でいいのだろうかと、シウは不安になった。

 後でもう一度しっかり教えておこうと、心に決める。


 醤油もワサビもシャイターンにあるものなので、外へ買い出しに行く担当たちはリストへ追加しようと話していた。

 冬場は行けないので、シウが買ってきたものを置いていく。

 他にも調味料関係は作ったものを含めて、シャイターンで買えるものを中心に見繕っていた。

 また料理の幅が広がるように、ウェールにレシピを教えてあげたい。


 マグロの余った部分は油漬けで、真空パック後に保管庫行きだ。

 血合いの部分は男性陣が酒の肴に良いと、焼いたりして食べていた。

「俺、あの部分苦いから嫌いー」

「鉄分あるのに」

「……むう」

「いや、そんなカワイコぶりっ子の顔しても」

 大きくなってしまったロトスがやると、いや、でも元が良いので大丈夫かなと考えていたら真面目顔になってしまった。

「ううう。大人になるって厳しいね!」

「あ、うん。真面目な顔で言われると、僕も困るなあ」

「そこはもっとグイグイ突っ込んでこないとさあ。で、栄養はあるの?」

「あるよー。苦いけどね」

「そっかあ」

「聖獣に栄養とかが関係あるのかは分からないけど、体を鍛えている最中なんだし食べておいたらいいのに」

「うう。分かった」

「食べやすいように作ろうか?」

「マジ? シウ、神様!」

 シウは段々進化していっているらしい。有り難いやら、おかしいやらだ。


 まだ大量に余っている血合い部分は、食べやすい一口サイズのコロコロに切って、唐揚げにした。お酒とニンニクと生姜につけ置きし、片栗粉をまぶして揚げる。

 これでかなり食べやすくなったはずだ。

 サクサクしているから食感も良い。

「大根おろしと少しのお醤油を付けるとサッパリするよ」

「そのままでも美味しいけど、大根おろしもいいな!」

 男性陣にも好評で、酒が進むと喜んでいた。

 ところで、ウェールもお酒を飲もうとしていたので、ソヌスに目配せしてから止めることにした。

「え、何?」

「あー。結婚したんだよね?」

「そうよ。あ、ダンナを紹介してなかったかな」

「いや、知ってるけどさ。そうじゃなくて、ちょっと鑑定してみても良い?」

「何を?」

「ウェールを」

「……それはダンナが嫌がると思うわ。あたしは、シウならあたしより強いと思うし、仕方ないかなって思うけど。でもダンナのいる妻が、見てもいいとは言えない。シウがあたしのことを口説いてんじゃないってのは分かるけど、そこはほら――」

「あ、ごめん。そういう意味じゃなくてね」

 話が明後日の方へ向かいだしたので、シウはウェールを止めて、それから夫のエンボリウムを呼んで、皆から少し離れた。



 竜人族の里には産婆という職の者はいない。出産経験者たちが後輩を助けるだけだ。

 よって、お腹が大きくなって初めて妊娠に気付く者も多いという。

 難産になりそうな気配があればゲハイムニスドルフに助けを求めに行くそうだが、まあそこまでだと結構大変なことになるらしい。

 体が丈夫で頑丈だから、こんなやり方でも良かったのだろうなあと思う。

 シウみたいな心配性からすれば、彼等は本当に、大雑把だ。

「結婚したなら、当然子供ができる可能性もあるよね?」

「そりゃまあ。でも里ではソノールスより前にも結構開いてるし、そう簡単にはできないからね」

「そうなんだよなあ。なかなかできないんだ。子供欲しいけどな、ウェール」

「そうね、エブ」

「そのことだけど」

 イチャイチャし始める空気をすぐさま止めて、シウは続けた。

「鑑定したら、妊娠してるかどうか分かるんだけど。やってみない?」

「えっ」

「そうなのか? じゃあ、見てもらおう」

 あっさり信じてくれて、二人はダメ元で見てくれと明るく言う。

「そんなノリでいいんだ……ガルには怒られたのになあ……」

 ぶつぶつ言いながら、シウはウェールにフル鑑定を掛けて、案の定というのか予定調和の結果を見付けることができた。

 なにしろプルクラがすでに占術で示していたのだ。結果は分かっている。

「おめでとう。妊娠してるよ」

「え」

「ほんとか!?」

 喜びで飛び上がりかけた二人を止めて、シウは静かに真面目に、告げた。

「まだごくごく初期だからね」

 だから何? という顔をするので、半眼になりつつ続けた。

「流れる可能性が一番高い時期ってことだよ」

「ええっ」

「そんな!!」

「いや、だからね。安静にして、という話。分かった?」

「あ、ああ、うん、分かったよ。エブ、安静にだって。どうする? どうしよう」

 エンボリウムが泣きそうな顔になってウェールを抱き締めるので、何故ここまで極端なんだろうと不安になってきた。

 もしかして産婆がいないだけでなく、保健的な知識に疎いのだろうか。

「安静っていうのは、歩いたり生活する分には普通でいいんだよ。お腹が痛くなって張ってしまったりしたら、寝てるだけっていう本当の安静が必要だけど。僕が言いたいのは、お酒を飲んだりだとか、飛び上がってジャンプするとか、狩りに出て走り回るのは良くないってこと」

「あ、ああ、そういや妊娠したらそうしろって言われていたね!」

「思い出してくれてありがとう」

「あはは。ごめんごめん。そっか、そうだっけね。えー、あたしに子供だって。エブ、すごくない?」

「すごいよ。さすがウェールだ」

 また二人の世界に入り始めた。

「はい、そういうのは二人だけの時にね。とにかく、お酒は飲まないこと。分かった?」

「あっ、そうかあ。……もしかしてそれで止めたの?」

「そうです」

「……シウ。あんた、なんて優しい子なんだ」

 ウェールが感動して目を潤ませると、エンボリウムもシウを見下ろしてうるうるになってきた。

 嫌な予感がしたので、手を出してストップ表示をする。

「というわけで、またウェールには講義するつもりだけど、普段とは違うことを肝に銘じてね! じゃあ、あとはおふたりで!」

 シウに抱きつこうとしていたらしい二人は肩透かしにあったような感じで、たたらを踏んでいたが、それでも笑顔で頷いていた。


 食事場所に戻るとソヌスとウェスペルがわくわく顔で待っていた。

「どうでしたか」

「妊娠してましたよ。順調っぽいです。後で、妊娠出産に関する本を用意しておきますから、今回のことを機に勉強してください。あ、竜人族の言葉に直しておきますね」

「それは助かる」

 などと話していたら、二人の時間を堪能したらしいウェールとエンボリウムが戻ってきて、早速妊娠したことを発表していた。

 皆の喜びはすごいもので、リングア以外はおめでとうの嵐だった。

 リングアは失恋からまだ立ち直っていないようだ。

 寂しく、項垂れていた。

 ロトスに、アレなに? と聞かれたので、そう言えば里での詳細な話はしていなかったなと思い出し説明した。つまり、リングアが片思いのまま振られた、ということを。すると、

「うわー。俺だったら、耐えられないなー」

 ものすごく同情していた。

 狭い共同体での失恋ほどつらいものはないと、大変熱心に語ってくれた。

 彼も前世でそうした思いをしたことがあるのだろう。

 シウは優しいのでそのことは突っ込まなかった。

 空気を読めるようになったシウなのである。

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