217 畑の見回り




 風の日は、午前中はウェールたちに新しい食材の使い方指南や料理について教え、午後は畑の講義を行った。

 その間、ロトスはガルエラドに預けた。狩りに連れて行かれるロトスはドナドナを歌っていた。子牛のつもりらしい。笑って見送ったシウである。

 アントレーネも女性の戦士たちと山へ行ってしまった。ノリが同じで、面白い。

 シウは残った料理当番の女性たちと赤子を見つつの講義だ。


 彼等は去年の冬の間にヒュブリーデケングルを狩りまくって、簡易魔法袋を大量に作ったようだ。作ったのは生産魔法持ちのディアログスである。

 おかげで生産魔法のレベルが四まで上がり、嫌いだった縫い物も慣れてきたと笑っていた。

 この簡易魔法袋を、半数以上シャイターンで売り捌いてきたらしい。

 以前とは違ってとても高額で引き取ってもらえたと、喜んでいた。

 残った簡易魔法袋は彼等の物資輸送に使われた。

 シウが昨年お米を広めたのもあり、お米を大量に買ったそうだ。ついでに育て方も勉強してきたらしい。

 ただ、今年は苗を植えるのが遅かったため、後手に回って失敗した。

 けれど、蕎麦は想像以上に収穫できたので買ってきた小麦と合わせていろいろ作れると嬉しそうだった。

「豆もちゃんと育ったよ! もち米までは難しいだろうと思って、買ってきたんだけどね」

 野菜も収穫できて、山菜もいつもより大量に採れたそうだ。キノコはシウが指示したものだけを採ったとかで安心した。

 豪快なので、毒キノコまで採って食べそうだからだ。

「料理のレシピも増えてるし、すごいね」

「へっへー。ダンナも喜んでくれてさ。あたし、頑張ってるんだー」

「あ、結婚おめでとう」

 お祝いを告げると、彼女はてれてれと頭を掻いていた。


 さて、畑の状態だ。

 ほとんどが上手に育てられていた。しかし、失敗したものもある。

 甜菜だ。

 苗を用意していて、ビニールハウスもどきで育ててもらっていたのだが、その時点でもうダメだったらしい。残った苗を植えたものの、弱っていた苗では育ちきらず、夏を乗り越えられなかったようだ。

「あー、甜菜かあ」

 爺様も甜菜を育てるのに最初、失敗したと言っていた。

 結局メープルが採れるので作るのは諦めたらしい。アガタ村でも育てられず、甘味はメープルで凌ぐか、隣の町から譲ってもらっていた。隣町で甜菜を少し育てていたのだが、陽の光の入りが良くなかったのかもしれないと後で話していたことがある。アガタ村も山に囲まれていたため、日照時間が短かった。

 竜人族の里は拓けているし、北に位置する割には地熱もあって雪は積もらない。

 しかし山の中だ。しかも冬は存分に光が当たるわけではない。

 ビニールハウスの保温も上手く作動しなかったのかもしれず、残念だ。

「頑張ったんだけどダメだったんだ」

「しようがないよ。最初から上手くいくことってないんだから」

 追肥のタイミングもあるだろうし、仕方ない。甜菜はシャイターンで育てられているので、今度は春頃に苗を譲ってもらえるよう交渉しようと決めた。

「人参や玉ねぎは野生でも育つからか、大丈夫っぽいね」

「そうなんだよ! 芋もシウが前に持ってきてくれたのと比べたら小さいけど、なかなか上手にできたんだ。すごいよ」

 ウェールはにこにこ笑って、保存場所にある山盛りの野菜を見せてくれた。

「山菜も塩漬けしたりさ、干したりしてる。あと、冬に向けた野菜の種もちゃんと植えたよ!」

「うん、育ってるね」

 大根などは保存ができるし、そろそろ収穫して干し大根にも加工できる。

 青菜もサッと湯通ししてから冷凍すると結構保つ。

「春野菜の時にやってみたけど、あれ、便利だね! 冷凍保存庫はすごく助かってる。魔核を入れたらいいだけってのも便利だよ」

 里の共有財産として倉庫や地下保管庫を作ったのだが、ついでにと冷凍保存庫も作っていた。魔道具なので魔核を入れて稼働させている。魔核なら、彼等は存分に手に入れられるからだ。

「簡易魔法袋にも入れられるから本当助かるわ! 夏になってもディアログスは内職してるわよ」

 売れると分かって益々張り切っているらしい。

「簡易魔法袋の精度が上がってさ、時間経過もかなりゆっくりなんだ。もっともっと作ってもらって上達してもらわないとね」

「そうだね。他に生産魔法持ちの人はいないの?」

「今は出払ってるんだ。戻ってきたら、やってもらうつもりだって長老が言ってたよ」

 他にも、夜はやることがなくて訓練ばかりしていた男性たちも魔法の勉強をしたりと、頑張っているようだ。複合魔法で頑張っていれば、そのうち生産魔法スキルが増えるかもしれない。シウがそう言うと、ウェールは皆の尻を叩くよ、と張り切っていた。



 夕方、集会場に女性たちと向かうと、水路で遊んでいたブランカたちがドロドロになって戻ってきた。

「楽しかったようだね……」

「にゃ!」

「ぎゃぅん!」

「きゅい!」

 フェレスは長毛なので、こまめに自動で浄化されるよう魔法を付与してあるが、ブランカのは一定時間方式だから泥だらけだ。笑って浄化を掛け、綺麗にしてあげる。クロは水浴びしてきたらしく、少し濡れた跡があるだけだった。風属性魔法で乾かしたようだ。

「ブランカにも、常時タイプの浄化魔法を付与すべきかなあ」

 悩ましい。付けたら付けたで遠慮なく汚してきそうだ。フェレスはあれで気を遣っているところがあるので、構わない。ただ彼の場合は長毛種でカールしているため、汚れが取れづらいだろうと自動で浄化するようにしている。

 彼等が浄化魔法を覚えてくれたらいいのだが、複合魔法は案外希少獣には難しいようだった。ロトスやカリンなど、聖獣たちが装備変更を覚えられたのも教えて理解できる能力があるからだ。身体強化なども本能的に行っているようで、頭で理解しているものではないらしいし。

「水浴びし直すとかさ、水属性魔法でなんとかするって気はないんだなあ」

「ぎゃ?」

「ううん、なんでもないよ」

 笑って頭を撫でた。

 フェレスも撫でられるのを待っている顔なので、撫でてあげ、クロも一緒に撫でた。

「今日は何してたの?」

 聞くと、水路を匍匐前進して進み、森の中で泥遊びをしてきたようだ。

 虫を捕まえたり、魔獣を追いかけたりして遊んだらしい。

 良かったねえと相手をしていたら、ロトスとアントレーネたちも戻ってきた。


 シウの腰に繋いでいたカティフェスはもう寝かかっていたのでリードを外した。アプリーリスがマルガリタを背負い、ガリファロはまだ走り回って、リードを握った女性も一緒になって走っている。

 ソノールスも今日は出てきていて、同じような赤子の姿に目を丸くしていた。

 子守のお婆さんがまとめて見てくれるというので任せることにする。

 お婆さんと言っても、竜人族だ。元気いっぱいの赤子三人組もなんとかなるよと請け負ってくれた。


 任せているうちに、シウは女性陣と料理を作る。

 アントレーネは水浴びを済ませ、ロトスはテーブルに突っ伏したまま動かない。

 どちらも同じようなことをしてきたのに、ロトスはかなりしごかれたようだった。

「もうすぐ食事だからね、ロトス」

「へーい」

 声も疲れていて、シウは笑った。

 こういう時はお風呂に入ると良いのだが、竜人族にはお風呂の習慣はない。

 みんな、適当に水浴びするか、寒い時は体を拭くだけなのだ。

「明日は温泉掘ろうかな」

「いきなりだな!」

「ロトス、筋肉痛っぽいし。かといって治癒魔法掛けたら勿体無いし、温泉で炎症を抑えた方が良さそうじゃない?」

「おお! それはいいな。シウ、天才。賢い。よし、明日は掘るんだ! ここほれワンワン!」

 途端に元気になったロトスである。

 言うほどに堪えていないのだから、さすが聖獣なのだと思う。



 シウが持ち込んできた食材はほとんどがガルエラドに頼まれていたものだ。彼が買い付けると目立ってしまうため、今回もシウが仕入れた。

 お礼は竜の大繁殖期で間引いてきた岩竜だったり、ロキ国や小国群にあるスケイル国で手に入れてきた珍しいものたちだ。

 ガルエラドに限らず、竜人族の人たちはシウが運んできた食材を見て有り難いと思うより前に申し訳なさそうに感じるらしいが、シウの方がもらっているものが大きい。

 珍しい素材なんて、お金を払っても手に入ることはできないし、しかも昨年来た時には古代竜の鱗までもらった。

 だから頼まれもの以外にもたくさんの食材を持ってきている。もちろん保管ができるようなものだけだ。

 ナマ物はこの日に消費することにする。

「うわあ、でっかい魚だな!」

「マグロだよ。美味しいからねー」

 いつぞやのように解体ショーっぽくやっていると、元気になったロトスが一番前にかぶりつきで見ていた。もちろん、他の竜人族も――主に男ばかりが――ぎゅうぎゅうになるほど寄ってきて見ている。

 大きな包丁を見るや、やんやの喝采である。

 武器として気になるのか、そのへんは分からないが、楽しそうで良かった。

 次々と解体していき、ステーキ用はウェールに渡して焼いてもらう。

「サッと炙る程度でいいからね? 焼きすぎたら固くなるから」

「分かったよ」

「こっちは別の料理に使うから置いといて。さて、お刺身にしようか」

「やったー!!」

 ロトスがはしゃぎまくるので、男たちもつられてきゃっきゃと喜んでいた。

 お婆さんに見てもらっていた赤子たちも、何故か一緒になってきゃーきゃーと甲高い声を上げている。ソノールスもつられて声を上げたので、お婆さんや、近くで見ていた血縁者らしき人が驚いていた。それぐらい元気になったということなのだろう。

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