213 竜人族の里ふたたび




 昼ご飯を食べてから、買い忘れなどがないかガルエラドと確認しあって、転移する。

 今回はまどろっこしい旅を止めて、竜人族の里まであと二日、というところに移動した。

 ガルエラドから自重しなくても良いとの許可を得たからであって、シウが勝手なことをしたわけではない。なのに、ロトスは「いいのかなー」と鼻歌交じりにシウを非難(?)していた。

 ちろっと見たら、そっぽを向いていたが、アントレーネがこっそり教えてくれたところによると今回の旅も「冒険者の旅」になると楽しみにしていたようだ。

 それは申し訳ないことをした。

「里についてから、あちこち行こうね」

 と提案したら、ロトスは「おー」とそっぽを向きながら答えていた。

 照れているらしい。

 まだまだ子供のようなロトスである。



 森の中を半日ほど進むと、見回りの当番がシウたちを見付けてくれた。

 もちろん、その前にシウは分かっていたしガルエラドも気付いていたが。

「ソキウス・ガルエラド! ああっ、ソキウス・シウもか!!」

 大声を上げたのはリングアだった。後ろから顔を見せたのはブーコリカで、懐かしい。

「長老から聞いていたけど、一体いつになるのやらと思ってたぞ!」

「ていうか、ブランカか、それ……」

 ブーコリカの声が段々と小さくなっていく。つられて、リングアもそちらに目を向けた。ブランカはアントレーネと共に後方にいたのだ。一応、赤子連れである。先頭を歩かせるのは良くないと、この配置だった。

「……ブランカか?」

「ブランカ、だな……」

 リングアとブーコリカが唖然とした顔でブランカを見つめ、それからそっと目を逸らしていた。あまりにシンクロしていて、笑ってしまった。

 ガルエラドも苦笑しながら、簡単にシウたち一行を紹介してくれた。

「里でも話すが、シウが守っている者たちだ。戦士のアントレーネ、その子供たちがブランカに乗っている。横に立っている青年はロトス、だ。事情があるので詳細は後でな」

「お、おう」

「そうか」

 二人とも、それどころではないほど衝撃から抜け出せないようだ。チラチラとブランカを見てはショックを受けている。

 そんなに驚かなくてもと思う。本当に毎回思うことだが、ブランカは一切気にしていなくて良かった。

 彼女は神経が太くて、どっしり構えているので安心できる。

 逆にクロなどは繊細なので、こんな顔をされたら落ち込んでしまうだろう。今も、自分のことではないのにブランカが気にしやしないかと心配のようだ。なにしろ二人の竜人族の視線から守ろうと、ブランカの興味をひいたりしている。それでいてクロ自身は彼等の様子をつぶさに観察しているのだ。

 ようするに苦労性なのである。

 そこまで気にしなくても、ブランカは「あの二人どっかで見たことあるかも」と呑気に構えているのだが。


 フェレスはさすがに、二人のことを思い出したようだ。

「にゃ。にゃにゃにゃ」

 ブランカに乗られていた人だー、と指摘している。

 幸いなことに二人には調教魔法もなければ、希少獣の言葉も理解する能力はないようだった。

 気にせず、フェレスに挨拶している。

「久しぶりだなあ、フェレス。お前はそのまんまだな。良かったよ。お前まででかくなっていたら、なあ」

「いや、ちょっとは大きくなったぞ。……そう言えばシウも大きくなったんじゃないか?」

「そう!?」

「お、おう。そんな、気がするけど」

「なんで、前のめりなんだよ、シウ……」

(落ち着けシウ)

 ロトスから念話が届いて、慌てて姿勢を直したシウである。



 そこからまた一日かけて、竜人族の里オリーゴロクスまで移動した。

 アウレアと赤子たちがフェレスとブランカに乗って、後は全員が走って移動する。これも訓練のうちだ。リングアは飛行板に乗りたい素振りだったが、今はなしである。

 今回、飛行板を幾つか譲るつもりで持ってきていた。やはり空からの攻撃力があった方が、便利だ。

 竜人族の里では、騎獣の――というよりは希少獣全般だが――卵石を見付けることがないらしい。

 人が通る場所に置かれていることを考えたら、少数の里で見付けられることはないのだろう。

 この里と繋がりのあるゲハイムニスドルフの人たちは以前、聖獣を飼っていたようなことを話していたので、単純に見付けようとする意思が竜人族にないのかもしれないが。

 とにかくも、空からの攻撃力を考えて今回は飛行板の訓練も行うつもりだった。

 南側が黒の森という、最悪な立地なので戦力強化は必須だ。

 ガルエラドもシウの考えには納得しており――というか本人も外での生活を経験して黒の森の異様さを改めて思い知ったらしく――協力体制である。


 ところで、里まで一番の足手まといになったのは、ロトスだった。

 大人になったばかりというのもあるし、慣れない山中の移動はやはり大変なようだ。

 聖獣姿だと竜人族になら追いつけた。

 けれど、今のところは「人間」として通す予定だ。

 それ以前に、ロトスは人間の姿でも動けるようにと、鍛えている最中なのだ。

 よって泣き言を念話で飛ばすロトスを叱咤激励しながら、シウたちは山中を駆け抜けた。


 夜、かなり遅い時間になったものの里へ入った。

 ソヌスが待っており、他にも夜番の者たちが挨拶を交わす。

「ソキウス・ガルエラド、ソキウス・シウ、よくぞ帰ってきた」

 ガルエラドは仲間たちと抱き合っており、シウは長老ソヌスと向かい合った。

「疲れたであろう。まずは休まれよ。前に使っていた家で良いかな?」

「はい。あ、少し増築したりしてもいいですか?」

 ソヌスは目を丸くしていたが、竈を作ったりと勝手なことをしていたシウのことを思い出したのか苦笑で頷いていた。

 好きなようにしなさいと言って、出てきていた里の人も含めて早く寝るようにと促した。

 アウレアも目をしょぼしょぼさせているし、早く寝ようと移動する。アウレアはフェレスの上でふらふらしているからロトスが背負うことになった。

 何やら言い訳しながら背負っているので、シウは聞いてないよと知らんぷりだ。

 アントレーネが手助けしようと近付いていたが、照れているロトスに構うと余計にややこしくなるので、放置しときなさいねと言っておく。彼女は、ああ、とひとつ頷いてからにんまり笑って尻尾を振っていた。




 翌朝、雑魚寝していた皆が起き出すのを待って、シウも起きた。

「今日の睡眠時間は短かったから、昼寝しようかな」

「いちいち宣言しなくても、昼寝していーんだぜ?」

「……口に出すことが大事なんだよ」

「ふーん」

「昨日助けてあげたのに」

「それを、今、言うか」

 目を細めて、ロトスはシウを睨んだけれど、睨み切れずにぶはっと吹き出して笑っていた。


 アントレーネは寝起きのボーッとした顔のまま赤子たちの様子を見ており、ガルエラドは何故か土間で寝ていて、もそもそと起き出してきている。

 フェレスとブランカがドアをカリカリ掻いているので、慌てて開けてあげたらすっ飛んでいった。

「ちゃんと、トイレのところでするんだよー」

「にゃー」

「ぎゃぅ」

「あっ、俺もだ。俺もトイレ行ってくる!」

「ロトスはちゃんと人間用のところに行くんだよ?」

「……分かってるっつうの!」

 間が空いていたのだが、まあいいかとシウは頭を振った。

 眠気はない。

 睡眠時間を長くしたものの、寝起きはやっぱり良いままだ。

 やはり、昼寝をしようと心に決めた。

 睡眠は貯金できないのだと聞いたことがあるが、関係ない。シウの心の平穏のためである。


 まだ寝ているアウレアは置いておき、シウは朝の用意を始めた。

 ストレッチしつつ、顔を洗ったり、朝ご飯の準備だ。竈は去年作ったままで、使った形跡もある。それを再利用する。

 シウがごそごそやっている間に、アントレーネが体を動かしに出てきた。

 赤子たちはまだ寝ていて、今のうちにと思ったのだろう。ガルエラドも完全に起きたので二人して組手をしている。仲良くなったのは良いことだが、戦士職だからか脳筋だ。

 ロトスも呆れた顔をして見ている。

「マジか。ヤベえな」

 他人事のようなことを言っているので、シウはアントレーネを呼んだ。

「レーネ、ロトスも参加するって」

「うげっ」

「そうか! よし、ロトス様、じゃなかったロトス、一緒にやろう」

 呼び方を変えようと話し合ったらしく、ロトスのことを呼び捨てにして、清々しい笑顔で彼を引っ張っていった。

 ガルエラドも腕を組んで待っていて、育ててやろう感が満載だ。

 きっとスパルタになるんだろうなと思いつつ、シウは朝ご飯をのんびり作ったのだった。

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