竜人族の里とハイエルフの秘密の村

212 ヤンドの心配とアウレアの希望




 水の日になって、シウたちは出発した。

 赤子三人は連れて行く。育児バイトのミルトやシルトたちは寂しそうだったが、獣人族の赤子を旅に連れて行くことについては反対しなかった。

 それぐらい耐えられる、むしろ強い子になるという風習があるらしく、心配するスサやサビーネたちを説得してくれたほどだ。

 何より母親のアントレーネと長い間離れさせるのは本意ではなかったようで、渋々ながら認めてくれた。

 旅の間の注意事項を山ほど聞いて、シウよりアントレーネの方が参っていたけれど。


 今回、竜人族の里に行くにあたって、ククールスは不参加となった。

 竜人族の里までなら行っても良かったのだろうが、付き合いのあるゲハイムニスドルフと万が一顔を合わせることになったら、揉める可能性が高い。

 なにしろ彼等はハイエルフの一派で血族至上主義のアポストルスに追われている。ラトリシアのエルフはアポストルスの傘下と見られているため、絶対に心を閉ざされるに違いない。

 それでなくともシウの血筋がバレると結構微妙なところだし、アウレアという存在を受け入れ難く感じている閉鎖的な彼等と、揉め事を作りたくない。

 シウよりもずっとククールスの方が事態を重く見ていて、自ら不参加を申し出てきた。

 彼に言われるまで、見付からなければそれでいいと思っていたが、ククールスに言われてそれもそうだなと納得し別行動となった。

 ククールスは鬼の居ぬ間に洗濯なのか、気楽に遊んで待ってらー、と自由な発言をしていた。

 元々、パーティーを組んだと言ってもゆるゆるなルールだったので、シウも別に構わない。

 後でロトスから、

「あれ、絶対寂しいんだぜ。ああいう強がりタイプいるからなー」

 などと暴露(?)されていたが。

 もっとも、ロトス自身がそうなのだろうと思う。シウはうんうん頷いて笑っていたが、ククールスのことを笑うというよりは、ロトスの発言に笑ったのだった。



 ガルエラドとの待ち合わせは、以前と同じアクリダの街にした。

 今回は人数も多くて目立つのと、あらかじめ蜥蜴亭のマスター、ヤンドに話を通してくれたのでいきなり地下へと転移した。

 ヤンドへの挨拶はシウだけにして、残りのメンバーは部屋で待機してもらう。

「こんにちは」

「……お前さんか。奴はまだだぞ」

「あ、はい。少し早いけど、先に来ました」

「……どうやってかは知らんが、あまり大掛かりな魔法を使うなよ」

 ハイエルフが魔術式を追うという事実を知り、教えてくれたのは彼だ。ガルエラドたちはその情報に助けられて、より慎重に行動することができている。

 シウは頷いて、答えた。

「念のため追術魔法対策の魔法を使ってます。また痕跡も残さないように消していきます」

「そうか。お前さんはガルエラドが信頼している相手だったな」

「でも、心配しすぎるのは当然だと思います」

 ガルエラドが教えてくれたのだが、ヤンドの家族はハイエルフの姿を見たかもしれないという理由だけで殺されたそうだ。

 ヤンドは偶然隠れ忍んでいて助かった。

 ハイエルフたちはたぶん、禁忌の技でも使っていたのだろう。誰にも知られてはいけないような、術だったに違いない。

 子供のヤンドが生き延びれたのは、たまたま助けてくれた竜人族がいたからだ。

 アポストルスのハイエルフたちは、殺した家族に子供がまだ一人いたことを知って追いかけてきたそうだが、竜人族の連携によって上手く逃げおおせた。

 落ち着いてから、ヤンドはその時に見た光景を思い出し、必死で研究し竜人族に伝えた。それがひいては家族の仇を取ることになると思ったのだろう。

 実際に、シウとアウレアには大変役立つ情報だった。

 シウはまだその存在を知られていないが、アウレアは追われ続けている。

 ヤンドにとって、アウレアは小さい頃の自分なのだ。

 だから、些細なことでも気になってしまう。

「アウルにも靴だけでなく、魔道具を渡していますから」

「そうなのか」

「ヤンドさんも気をつけてくださいね」

「ああ」

 もちろんだと、静かに頷いていた。



 地下室に全員を待機させたまま、シウは店を出てアクリダの迷宮に潜った。

 素材を買っても良いのだが、どうせ解体なんて簡単にできるから隙間時間で狩ってきた方がいい。

 ロトスが地下迷宮に行きたそうな素振りを見せていたが、また今度ねと言ったのは、あまり時間がないからだ。

 さっさと狩って、さっさと解体し、街の屋台で食料を買い込むとヤンドの店に戻った。

 ロトスとアントレーネは屋台の肉を見て喜んでいたから、誤魔化せてホッとした。


 そうこうしているうちにガルエラドから連絡が入ったので、迎えに行く。

 彼等は南部のロキ国にいたので、もし追手がいても撹乱するのに転移はちょうど良い。

 と言っても、追手はいないようだった。

 ガルエラドも最近は、全くハイエルフの気配を感じないと言っていた。

 何か、問題でも起こって動けないのか、次の一手に備えているのか。

 気を抜いてはいけないが、彼等のことだけに神経を使ってもしようがないので、ガルエラドはいつも通りの仕事をしているようだった。


 彼等を転移で連れてくると、フェレスたちは喜んでアウレアに纏わりついた。

 ロトスもアウレアに会えて嬉しそうだったが、アウレアは「え?」と少し戸惑い気味だ。

 そう言えばかなり大きくなってしまった。

「……ロトス?」

「う、うん。えと、覚えてる?」

 動揺しているのか、ロトスがぎこちない。

「おっきくなったの?」

「うん。大きい俺は嫌?」

「ううん。アウル、ロトスのこと、好き」

「お、俺も、アウル好き!」

(感動の再会! キタコレ! 今の俺、世界を敵に回した!)

 また変な念話が届いて、結界を張っているとはいえ、やめなさいねと静かに注意した。



 ガルエラドがヤンドと挨拶している間、シウはアウレアの様子を確認したり、体の大きさを見たりしていた。

「ちょっと大きくなったね。また新しい靴や服を用意してるから。靴だけは絶対に僕の作ったのを履くように。分かった?」

「うん。ありがと」

「アウルは着たいなあと思った服とか、こんなのがいいなって希望はある?」

 これまでは幼児だったので、与えられるままに過ごしていたアウレアだが、順調に育ってきているのでそろそろ自我というものに目覚めているだろうと心配になったのだが。

「うーんとねえ、シウがくれるのが、いい」

「そっかあ。たとえば、こういうのは好き?」

 隠れ家として作った「崖の巣」のアウレア専用部屋は、ロトスが監修してフリルやレースにピンク色の壁紙などで統一されている。

 だから、フリルを見せてみたのだが。

 アウレアは首を傾げてしまった。

「じゃあ、これは?」

 レースを見せると、少し気に入ったようだ。わあ、と目を輝かせて見ている。

 ふと気になって、フェレス用に作ってあったスカーフをズラリと出してみせた。

 すると、アウレアが手にとって見たのは。

「あー、それかあ」

 猫の刺繍をした、渋いグランデアラネアの濃灰色の生地で作ったものだった。

「じゃあ、もしかしてこれは?」

 フェレスの猫鞄を見せると、きゃあ! と喜んだ。

「ねこたん!」

「そっかあ。そうだよねえ」

 シウは笑ってアウレアの頭を撫でた。それからロトスを見る。

「まだレースとかフリルって早いんだよ。それよりはヌイグルミとかじゃないかな」

「ううう……」

 女の子っぽいものを好むより前に、たぶん、可愛い生き物の方がアウレアには興味があるのだ。

 猫が好きなのはフェレスに似ているから。

「じゃあ、俺の兎の鞄を……」

「アウルには新しく作ってあげるから」

「ううう」

「希望があるかもしれないし。聞いてあげようよ」

「そ、そうだよな。うん、分かった」

 ロトスも納得したところで、誘導しないように心がけながらアウレアの希望を聞いてみた。


 そして、アウレアが欲しがったのは角と尻尾の付いた、竜っぽい猫の鞄だった。

(解せぬ……)

 ロトスがものすごく複雑な顔をして唸っていたが、なんとなく分かる気がするシウだ。

 猫も好き。だけど、竜人族と共に存在する竜も好きなのだ。特にアウレアはガルエラドと常に一緒にいた。

 自分にはない角と尻尾のことも、気になっている頃だろう。

 親のように慕うガルエラドと同じものが、アウレアは欲しいのだ。


 アウレアの希望を叶えるために、何度も絵を描いて見せて確認し、最終的には猫と竜を合体させた図が完成した。

 竜人族の里で、これを作ってあげようと思う。


 帰ってきたガルエラドが絵を見て、目を見開き固まってしまったのが、この日一番笑ったことだった。

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