210 貴族の見学者と狩場での出来事
午後になると、貴族の見学者がやってきた。
聖獣が老体になりつつあり、どのように面倒を見ていけば良いのか知りたいとのことだった。
高位貴族のため、対応はネイサンが行う。
しかし、見学であるから元冒険者のピットたちを見ることになった。
リエトたちはハラハラしていたようだが高位貴族の男性は特に気にせず、作業する職員と、そして幸せそうに身を預けている騎獣を見ていた。
少ない人数でも対応していたが、決してこれが普通だと思わないようにとネイサンは告げた。
本来は、騎獣や聖獣が大型なので面倒を見るのはとても大変なこと、介護用の魔道具があるからこそなんとかなっている。そして元冒険者という体格や、経験があるからできるのだと丁寧に教えていた。
また、ここにはボランティアが多く訪れる。
午後になれば特にそうで、近所の子供たち、手の空いた主婦などがやって来た。
「おやつを作ろうかね。ロド坊や、あんたが無理してたら誰が面倒を見てやれるんだい? ほら、食べにおいで」
真面目に働き続けるロドの手を止める役目の主婦。
そして、騎獣見たさにやってきた子供たちの明るい声。
これが養育院を気持ちの良い場所にしていた。
「うちの飲んだくれに、飲みに行く前にここの庭を直しておきなって言っといたからね。後で場所を教えてやっておくれよ」
「いつも悪いな、ヘザー」
「こっちこそ。子供たちを遊ばせてもらってるしね」
彼女は庭師をしている夫に庭の不具合を直すよう指示しているそうだ。我が子だけでなく顔見知りの子供たちにも声を掛けて、ちゃんと手伝うようにと言っている。
そうこうするうちに、男性の集団がやってきた。
「肉を持ってきたぞー」
「おう。いつも助かる。厨房に持ってってくれるか」
「任せとけ。細かく砕いておくよ。今日の分だけでいいよな。こういうのは毎回作った方がいい」
「頼んだぜ」
気軽な掛け合いを見て、貴族の男性がネイサンに質問した。
「彼等は?」
「肉屋で働いている者や、野菜を作っている農家です。余ったものを持ってきてくれて、老体でも食べやすいようにと準備してくれるんですよ」
「老体でも……」
「人間と同じ。騎獣も聖獣も、年を取れば食べづらくなるのです」
「そうなのか」
「こうしてね、手伝いの者がやってくるのです。だから運営できるんですよ」
「しかし、皆、無償でかね?」
「職員以外は、そうです」
「国や貴族から寄付があると聞いたのだが」
「もちろんございます。しかし、それが永遠に続くわけではありません。始末できるところは始末した方がいいでしょう。常駐する職員にも生活はありますから、彼等の給金も必要ですしね。魔道具もただで作れるものではありません。今はここを作られた出資者のシウ様が無償で提供してくれます。しかしそこに甘えていては、組織を運営していくことなどできない。わたしは神官ですから、神殿の運営も簡単には行かないことを存じています。全てに甘えていてはいけないのです」
「そうか……」
「シウ様は養育院を各地に作るおつもりですし、広まれば他国でも施設を作られるでしょう。となれば金銭はいくらあっても足りません。彼だけに全部を任せるわけには参りません。名誉院長のシュヴィークザーム様もお金の算段はできませんし、わたしがしっかりせねばと思っているのです。伯爵様には耳障りなお話でしたでしょうが、これが養育院の運営指針なのです。見学に来られた希少獣をお持ちの方全てにお話させていただいております」
貴族の男性は静かに頷き、それから傍にいたシウを見た。
「シウ=アクィラ殿だね。初めてお目にかかる。カリスト=フリュクレフ伯爵だ」
「初めまして」
彼は目を細めて、シウを見つめた。
「君が何故ここまでするのかと、不思議に思っていた。噂に聞いていた君の話とはどこか合わない。どうしてだろうと思っていた。噂は、ただの噂だったのだな」
シウは苦笑した。
貴族の間で広がる噂とやらには笑うしかない。
彼も、話そうとはしなかったのでよほどのものだろう。
「わたしは、わたしのレーヴェとフェンリルをとても大事に思っている。誰よりも大事にしていると自負している。……君を見て、分かった。君もまた誰よりも大事にしているのだな」
そう言うとシウのところへ戻ってきてから何故かピッタリ張り付いているフェレスを見て、笑った。
「心配になったのだろう。わたしは何も怒っているわけではないのだが?」
彼は真剣な顔をしてフェレスに説明していた。騎獣に言葉が通じることを分かっていて、そして騎獣をひとつの意思あるものとして扱っているからこその態度だった。
シウは仲良くなれる気がして、手を差し出した。カリストはシウの気持ちを一寸違わず分かってくれたようだ。
互いに握手して、笑いあった。
後でリエトたちから、シウが貴族に対して平然とした態度で会話をするから肝が冷えたと、文句を言われてしまった。
遠くから見ていてヒヤヒヤしていたそうだ。
エンダも強面の顔で、
「お前すごい度胸してるなあ」
としきりに感心していた。
晩ご飯は、遊びに来ていた冒険者たちと職員皆でバーベキューをした。
騎獣たちも庭に連れ出して、一緒にだ。
居心地良く枯れ草を集めて座らせ、柔らかく煮込んだ魔獣の内臓入りスープを用意した。
上にはこっそりと、柔らかい水竜の肉を焼いたものを乗せる。
これには騎獣たちも喜んだ。美味しい、柔らかいと食も進んでいた。
近所からは、話を聞いたのか飲ん兵衛だという庭師の男を中心に差し入れを持って幾人もが来て、楽しいひとときとなった。
ブラード家に帰宅するとロトスたちもちょうど戻ってきたところらしく、少しほろ酔い加減で今日の出来事を話してくれた。
最初、彼等は王都から三つ目の森で狩りをしようとしたらしいが、他の冒険者たちとかち合って大変だったとか。
そっちは騎獣を持っているんだから、狩場を荒らすんじゃないと怒られたらしい。
ククールスを知っている若手冒険者がいて「三級持ちの高レベル者はシアーナ街道へ行ってくれ」と言われたそうだ。
アントレーネの階級は知らなかったが、彼女は見た目からして落ち着いていて誰が見ても一流の戦士職だと分かる。他に連れているのが駆け出し冒険者風のひょろっこいロトスだが、若手冒険者たちからすればこのパーティーは「高レベルの集まり」というわけだ。
一応、ブランカもアントレーネも冒険者としては初心者なんだけどなーと、ククールスは笑って言い訳したらしい。
ロトスは見たまま新人冒険者なので、何も言い返せず黙っていたそうだ。
その後、ブランカに乗って――ククールスが重力魔法で体重を軽くしたから三人乗りで――シアーナ街道まで岩猪を狩りに行った。
シウほどに上手く「まるごと綺麗に」狩ることはできなかったそうだが、肉屋に卸せる分には問題ない状態で仕留めたらしい。
現地での解体作業にも慣れてきて、ロトスも二匹まるごとやったと自慢げだ。
「俺、血抜きの方法考えたんだけどー」
「うん。どんなの?」
「吸引!」
へらっと笑って、ロトスは頭をフラフラさせながら教えてくれた。
「こう、血だけを吸い取るまほー。イメージはあるから、できると思うんだよなー」
むふっ、と鼻息荒く言うので、どうやら前世の知識が関係しているらしい。
新しく魔法を考えられるのは良いことだ。
「吸い取った血はどこへやるの? ストローみたいな感じ?」
「あっ! そうだよなあ。んーと、ストローだと俺の口が気持ち悪くなっちゃいそーだから、えーと、うーんと」
アントレーネはまだ飲み足りないらしくて遊戯室へ行き、シウとロトスはもう部屋だ。
ブランカもフェレスに今日あったことを報告していて面白い。フェレスが聞いているようで全く聞いていないのも。
「にゃーあ?」
適当に返事しているのに、ブランカは気にせず、倒した魔獣にぐさぐさ牙を突き立ててやったと自慢している。
「こう、右手から左手に、左手は地面に置いてそこに流すとか~」
「ふうん。じゃあ体の中を通るイメージなの? 転移?」
「や、転移は無理。俺のイメージにない。つうか、転移できるんなら空間魔法ッスよ」
なんだその喋り方はと、シウは笑う。
ロトスはほろ酔いなのでシウの表情には全く気付かず、のほほんと続けた。
「体の中を通るの、気持ち悪いなあ。よし、人差し指から親指に抜けさせよう。どうだ!」
「やってみる?」
「うん」
というので、取り敢えず放り込んでいただけの火鶏を取り出した。スライムで作ったシートも取り出して敷くと「はい」と声を掛けた。ロトスはほわほわと笑って、火鶏に手を翳した。
「《吸引》、えいっ!」
すると確かにポタポタと床の上のシートに血が溜まる。
「おー。すごい。できたよ」
「やった!」
「一発でできるってすごいね。さすが、ロトス」
「へっへー。これで現地で血抜きしなくていいな! あれ、ホントもう大変だった。ククールスが嫌がるの分かる」
超面倒くさい、と文句を言いながら、ロトスは火鶏を解体しようとし始めた。
「あ、後はやっとくよ。結構、酔ってる? 浄化かけて、もう寝なよ」
「うーい。分かったー。よっしゃ、ブランカ、寝るぞ」
「ぎゃぅ!」
話がループしていたブランカを図らずも止める格好になったロトスに、クロは喜んだようだ。なにしろフェレスは右から左で、相槌を打つのはクロの役目になっていたから。
「クロも寝るぞー。寝る子は育つからなー」
「……それ、遠回しに嫌味かなあ」
「あ?」
「いや、いいんだけどさ」
肩を竦めて、ロトスとブランカを見送った。彼等は隣室のロトスの部屋で、また巣を作りながら寝るのだろう。
フェレスは今日はシウの部屋の気分らしい。クロと一緒になっていそいそと寝る準備、という名の巣作りを始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます