209 猫を飼う前に養育院へ行ってみよう




 本格的な冒険者たちとの飲み会は、ロトスにとっては楽しかったようだ。女性陣に囲まれて、ハーレムだーと念話で伝えてくるほどだから。

 アントレーネは酒飲みたちとの飲み比べで、こちらも楽しんでいた。

 シウの周りにはリエトやジャンニといった男性陣ばかりで、なんというのか、いつも通りだった。

 猫が飼いたいとか、そんな愚痴も多い。

「養育院に行ってみたら? 僕も明日、顔を出す予定だけど数頭いるよ」

 許可が出てからしばらくは誰もが様子見のようだったが、見学者が増えて、やがて預けたいとの申し出があった。

 騎士家からで、金銭的な余裕がなくてのことだ。愛情がなくなったわけではないので、断腸の思いのようだった。

 騎士の家族は泊まり込みで様子を見て、これならと安心して帰っていったが度々訪れては職員と一緒になって面倒を見ている。

「今、ドラコエクウスとフェンリルとティグリスがいるよ」

「マジか」

「無償の手伝いは大歓迎だよ。半日以上手伝ってくれる人には食事も出るからね」

「え、そうなのか?」

「うん。食事目当てで来てくれる人もいるよ」

「大丈夫かよ。それ、スラムの奴だろ」

「別に問題を起こさなければそれでいいよ」

 聖獣の王ポエニクスが名誉院長というだけあって、貴族からの寄付も順調に集まっている。シウが財産を融通しなくても運営できそうだ。国からの補助もあるし、初期投資だけで上手く回りそうだった。

「弱っているけど、まだ庭を散歩できる元気はあるしね。体調が良いと職員を乗せようとするみたいで、可愛いよ」

「そ、そうなのか」

「長年働いてきたから、フェレスやブランカみたいな騒ぎ方はしないし、落ち着いてるから誰にでも合わせてくれるよ」

 騎士の下にいたため、人馴れしており、人に合わせようとする。

 優しくて良い子たちばかりなのだ。

「……行こうかな」

「元冒険者の職員ばかりだから、話も合うんじゃないかなあ」

「そうか。よし。行くぞ」

 決意するほどのことでもないが、猫を飼いたいのに飼えないとうだうだ言っているよりは前向きだと思う。


 しかし、冒険者たちの癒やしを求める話題はどこでも同じらしい。

 猫を飼いたいと言い出すのも。

 そう言えば知り合いの護衛が黒猫を飼い出したという話を思い出し、独身男性の寂しさを想像してなんともいえない気持ちになった。

 シウにはフェレスがいて良かった。

 更にはクロとブランカが来てくれた。考えれば幸せなことだと思う。

 次に卵石を見付けたら、欲しいという人に譲ることも考えてみよう。すぐに譲渡するのならば、きっと卵石も許してくれるに違いない。

 シウは何故かこの時、滅多にない卵石を拾うというイベントがまた起こると、信じて疑わなかった。





 光の日、シウはフェレスとクロと共に養育院へ向かった。

 ロトスは騎獣たちに聖獣と気付かれてもいけないので養育院へは行かないことにしている。いつ聖獣が来るかもしれないし、今は気を遣って使いすぎることはない。

 暇だし、ククールスとも暫く会えなくなるからと、アントレーネを含めて三人+ブランカで仕事を受けることにしたようだ。光の日に仕事なんてとククールスはぼやいていたが、彼の場合は昨日飲み過ぎたせいもあると思う。

 アントレーネがあれだけ飲んでさっぱりした顔をしていたので、ククールスはものすごく顔を顰めていた。羨ましかったらしい。ズルいとかなんとかぼやいていた。


 養育院では院長のネイサンが待っており、シウを見付けるやいなや走ってきた。

「シウ様! お久しぶりです」

「お疲れ様です」

「いえいえ。とんでもない」

 任せっきりで、通信でしか話を聞いていなかったので申し訳ない気分でいっぱいだが、ネイサンは企画と運営は違うのだからと手を振った。

 すると出資者の立場というのは疎まれそうな気もするが、神官でもあるネイサンは人が好すぎて全くそんなつもりはないようだった。

 人選が素晴らしすぎて、面接をしてくれた商人ギルドには感謝だ。

 彼は屋敷の中央から、すぐに騎獣が休んでいる場所まで案内してくれた。

「わあ、みんなツヤツヤして可愛がってもらってるみたいですね」

「ええ、それはもう。ピットがリーダーとなって張り切ってますよ。調教魔法は持ってませんが、近所に住んでいる牛飼いの男性が二日に一度は見に来てくれましてね。騎獣たちの声を教えてくれるもんですから、余計に張り切ってます」

「なんて言ってるんです?」

 シウが直接聞くよりも、ネイサンから聞く方がいいだろう。

 事実、彼はとても自慢げに教えてくれた。

「『ピットの大声には最初驚いたけど、片手で世話をしてくれてすごい』だとか、ですよ」

 ふふふと笑うと、部屋の奥でせっせとフェンリルの毛並みを整えている大男を指差した。

「ススコフは怪力でね。セナル、あそこのティグリスの名前ですが、あの子が動けなくなったところを助けたんですよ。そうしたら嬉しかったようで、どうしても礼を伝えてくれと言っていたようです」

 それを聞いたススコフは泣いたそうだ。

「エンダは顔が怖いと言われて、ずっとそう思い込んでいたそうですが、騎獣にはそんなこと関係ないでしょう? 優しくしてくれてありがとうと言われて、こちらも号泣」

 老境に差し掛かった強面のエンダが号泣したと聞いて、シウもなんだか泣きそうになる。

「騎獣には、人間の美醜や知能なんてものは関係ない。ほら、ロドは少し、ゆっくりでしょう?」

 若いロドは知力レベルが低い。しかし、彼にはそれに余りある才能があった。

 めげない強さと、誠実で心優しいところだ。

 これまで働ける場所がなく、冒険者としてギリギリの生活をしていた彼を引っ張ってきたのはネイサンだった。

「でもね、知力が低いというのは関係ないんですよ、彼等には。心が大事なんですね。今ではロドに全幅の信頼を寄せていますよ。ドラコエクウスなんて最初は捨てられたと思っていたのか心を閉ざしていたんですが、今では童心に帰ったかのように甘えています。特にロドにね」

 結局、捨てられたというのは思い過ごしだと知ったらしいが、逆に自分の老体が騎士家族に迷惑を掛けていたのだと悟って落ち込んだこともあるらしい。

 それを言葉が通じないなりに理解したロドが熱心に慰め、分かり合えたとか。

「言葉じゃない、心なのだと思い知りました。本当に素晴らしい場所を、わたしたちは与えてもらいました」

 深く頭を下げられて、いや、それはシウの方こそだと返した。

 シウこそが、素晴らしい景色を見せてもらったのだ。


 話をしていると、リエトたちがやってきた。

 冒険者の経験もあるピットが門衛代わりに立っていたので、連れてきてくれる。

 屋敷の外には警邏がしょっちゅう回ってくれているため、門衛として立つ必要はないのだが、彼等職員は交代で見回っているのだそうだ。

 老体とはいえ、騎獣を浚いに来る者がいるかもしれないと、心配らしい。

「まさかピットがいるとは思ってなかったよ」

「ああ。俺も片手で雇ってもらえるとは思ってなかったからなあ」

 隻腕の彼には補助具も渡しているので、両手が必要な場合は装着して使っているようだ。普段は外している。補助具が高価なので落とすのが怖いと言っていたから、慎重派なのだろう。壊してもまた作るからいいのにとは伝えているのだが、真面目な性格をしている。

 リエトの他にも若手冒険者が数人来ており、エンダを見て「伝説の!」などと言っていた。


 皆の見学はネイサンに任せ、シウは施設の使い勝手はどうか、不満はないかを騎獣たちに聞いた。

 その間フェレスは興味津々で、相手の匂いを失礼にならないギリギリの態度で嗅いでいる。

 さすがに老体に突撃するほどおバカではなくなったようだ。

 でも、おじいちゃん? おばあちゃんなの? と質問するのはどうかなと思う。

 相手の方がはるか上に立って、大人としての態度で接してくれるのが有難かった。

「じゃあ、問題はないんだね。良かったあ」

「ひひん、ひんひん、ひひん」

「寝返りする道具も確かめてくれるの? 大丈夫?」

「ひひんひひんひんひんひひん」

「……そっか。優しいね。ありがとう」

 自分はまだ使わないが、寝たきりの騎獣が来た時のために先に試してみたいと言ってくれる。彼等は本当に頭が良くて、優しい。

 シウの言葉を聞いていたピットとススコフは、道具をすぐに取ってきてくれた。

 すぐさまセットし、ドラコエクウスが横になったのを見計らって使ってくれる。

「よーし、よし。そうだぞ。動かなくてもいいからな。大丈夫。任せてくれ。そうだ。力を抜いてな」

「ひひん」

「分かってるぞ、無理にはしないからな」

 言葉は通じていないのに、通じている。

 なんだかいいなあと、笑って見ていたら、見学していた冒険者たちが集まっていた。

「すごい。あんな大きな騎獣を、動かした。おい、乗せて大丈夫なのか」

「持ち上がったぞ。そうか、あれで移動させて藁の上に寝かせてやるのか」

「二人だけでやってる。しかもピットさんは片腕なのに!」

 どうやら上手く移動できたようだ。てこの原理を利用しているし、魔道具としての機能もしっかり働いている。風属性魔法は騎獣に不快感も与えなかったようだし、スムーズに作業できたのは良かった。

 ブランカや、死んでしまった魔獣を相手に実験していたので、今回の申し出は願ってもないことだ。

 ドラコエクウスだけでなくフェンリルやティグリスも魔道具の実験をするなら自分たちを使ってほしいと言い出した。

 まだ本格的に寝たきりとなっていないので、今のうちにという気持ちなのか、あるいは「仕事」がしたいのかもしれない。

 それならばとシウはお願いすることにした。

 ピットたちも、騎獣たちの気持ちを汲んだのだろう。反対せず、ありがとうと口にして実験を行った。

 幾つか、騎獣の種類によっては変更あるいは追加した方がいいかもしれない部分が見えてきて、各個体に参加してもらったのは良かった。

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