211 イグの装備
その年の最後の月、山眠るの月となった。
本当はこの日から学校を休んでガルエラドと合流する予定だったのだが、一日待ってほしいと連絡してきたため空いてしまった。
今更学校へ行ってもしようがないので、シウはイグのところへ顔を見せに行くことにした。
転移すると、イグが小川からのっそり出てきてトカゲの前足を上げる。
([来たのか])
「イグ、こんにちはー」
田舎のお爺さんの家にやってきた気分で気軽に挨拶したら、ロトスがズッコケていた。まあ、彼の場合はわざとだ。芸が細かい。
([今日はどうしたのだ])
「少しの間、旅に出るから挨拶に。それと前に欲しいって言ってた飾り、作ったから持ってきたよ」
([うん? そのようなこと言ったか? まあ、構わぬが。ところで今日はポエニクスは来とらんのか])
ちょっぴり寂しそうなので、光り物好き同士で話があったのかもしれないなと笑う。
「シュヴィは今、忙しいみたい」
([そうか。ところで、旅とはどこへ?])
ペタペタとトカゲ姿で近付いてきて、尻尾をビタンビタンと岩場に叩き付けながら聞いてくる。怒っているように見えるが、これはフェレスの尻尾と同じだ。興味津々で揺れているに過ぎない。
「竜人族の里に行くんだ。オリーゴロクス」
([ああ、あの変わり者の守っていた里か])
古代帝国が滅亡した頃に死んでしまった、竜人族の神とも言えるドラゴン「カエルラマリス」は、同じ古代竜のイグからすれば「変わり者」で表現されるらしい。
([なんぞ、大事な用でもあるのか])
「ううん。遊びに行くだけ。ついでに、ロトスと対等な主従契約、誓約魔法があれば掛けてもらおうかなーとは思ってるけど」
([ふむ。賢獣は狙われるからの。強い人間と絆を結んでおくことは良いことかもしれぬ。わしが結んでやっても良いのだが、まだその幼獣では耐えきれんであろうな])
話を聞いていたロトスがブルブルと高速回転で頭を振っていた。
([さように震えるとは、失礼な。ま、しかし、わしの力に押し潰される恐怖はあろう。おぬしの力も不可思議だが、人間は器が変動するのでな])
「器が変動?」
([そうだとも。魂の器とでも言おうか。相手に合わせられる度量というものがあるそうでな。時にそれが人間とは思えぬほど広がる者がいるそうだぞ。だからこそ、あれほど排他的な種族が我等との間に子を成したり、災厄を生き延び、逞しく世界を跋扈するのであろうよ])
どこか馬鹿にするような、それでいて羨ましいような思いの込められた念話で、シウは返事のしようがなかった。
古代竜、ドラゴンはきっと魂の器が大きいのだろう。あまりに大きすぎて人は、他の生き物は、どうしても潰されてしまうのだ。
なんという孤独かと、同情してしまう。
「イグ、僕は平気だからね。イグのこと怖くないよ。もし寂しかったら、絆? を結ぶし、また会いに来るから」
思わずそう言うと、イグはピタッと動きを止めて、それからじぃとシウを見つめた。
後ろでロトスが「なんつうことを」と呟いている。
([……ふむ。確かにおぬしはわしのことを畏れなんだな。しかし、寂しいとは思うておらぬぞ])
「あ、そうなの? だったらいいんだけど。でもまた、会いに来るよ」
([……うむ。そうするがいい])
偉そうに返事をすると、尻尾をビタンビタンと岩場に叩き付け、それからキョロキョロとあちこち見た後に、前足を上げた。
([で、持ってきた飾りとやらはどこだ?])
と、ものすごく早口で告げたのだった。
イグからもらった鱗で作ったトカゲ用の王冠は、なかなか可愛くて似合っていた。
イグは喜んでいたのだが、ロトスが唖然としていたので、もしや良くなかったのだろうか。
「え、変?」
([む。変なのか?])
シウとイグに問われて、ロトスは「変じゃないです!」と叫んでいた。
「トカゲの尻尾に環を付けても邪魔かなーと思って。王冠だと可愛いよね」
([うむ。なかなか良い感じだ。ずれ落ちることもない])
「固定魔法が効いて良かったよ。イグが相手だと弾かれるかもしれないと思ってたから」
念のため蜘蛛蜂の糸で作ったヒモを顎に通して結ぼうと持ってきていたが、使わずに済んで良かった。
「服は要らないって言ってたけど、水晶竜の革で作ったベストもあるんだ。どうかなあ」
([……ふむ。なかなか良いではないか?])
きっきぃー、と鳴いているので、たぶん気に入ったのだろう。
いそいそと着せてあげたら、本竜も満更でもなさそうだった。
ただロトスが、ぶつぶつ念話をあちこちに飛ばしているのが気になったが。
(いいのか、あれ。トカゲに着せ替え。ヤバい。シウ、マジであいつは変態だ)
失礼な。
幸いにしてイグは人間っぽいベストに興味津々で、シウが用意した鏡を前にうっとりしていたから聞こえていないようだった。
「この鏡も、良かったら置いていこうか?」
キラキラ光るものが好きなので、鏡も好きだろうと持ってきたのだ。
王都でも評判の、メイドたちが挙って通う雑貨屋で見付けた鏡だ。光り物なら当然女性だろうと、スサたちに聞いておいたが、可愛く縁取りされた姿見はぴかぴかと可愛らしかった。
([おお、そうか! 置いていくが良い。うむ。これはなかなかに素晴らしい。わしの愛らしい姿が毎日見れる])
どうやらかなり気に入ってくれたようだ。良かった。
イグは、ベストに作ったポケットにお気に入りの宝石を入れられると、大層喜んだ。
いつでも一緒にいられるのが良いのだそうだ。
そんなに宝石が好きなのかと、シウはちょっぴり引き気味だけど。
シウがイグと話している間は、フェレスとクロとブランカは小川で宝物探しをしていた。
彼等はここを天国か何かと思っているだろう。素敵なものがたくさんある場所として、もうインプットされているようだ。
イグからは持って帰っていいと言われてはいるが、シウはちゃんとお礼を言いなさいねと告げている。
「そう言えば誕生日にクロからラーワを貰ったんだけど、ここで拾ったらしいんだ。ありがとう」
([うん? ラーワとはなんだ])
「これのことだけど」
空間庫から出して見せると、ああ、と頷いた。
([ラーワと言うのか])
「そうだよ。これ、ものすごく希少な材料でね。異種混合には欠かせないんだけど滅多に手に入らないんだよ」
古代帝国時代のものが発掘作業で出てきたら、とんでもない値段が付くと聞いたこともあるぐらいだ。
爺様はよく手に入れたと思う。
もしかして、爺様はものすごい人だったのではないだろうか。
もちろんキリクがあれほど慕うのだから、すごい人だったのだろうが。
([これは、確か、背中が痒くて暴れた時に地面が割れて出てきたものだな。たまたま尻尾で切ったら綺麗だったので持って帰ってきたのだ。ああ、思い出したぞ。そうだそうだ。あれか!])
どうもイグは、あちこちで暴れているようだ。
背中が痒くても掻けないのは辛かろうが、なかなかに派手なことをする。
([こんなものが希少なのか。ならば、持ってきてやろうか?])
「あ、うん。いいの?」
([簡単なことよ。これらの礼だ。よし、待っておれよ])
言うなり、あっという間に転移してしまった。
ロトスが「あーあ」と間延びした声で、いなくなったイグのいた場所を見ていた。
お昼の用意を始めていると、イグが戻ってきた。
以前あげた魔法袋――火竜の革で作った首輪型――から、イグは次々とラーワを取り出した。
「ありがとう、すごいね。……って、まだあるの。ていうか、どこまで出すの。あ、もういいから。これ以上はホントに――」
止める間もなく出してきて、ロトスではないがシウもドン引きだ。
気になって、どこから取ってきのか聞いてみた。
すると。
([海を挟んだ西の大陸の、あれはどの辺りになるのか。人間が付けた名前もあったのだが、忘れてしもうたな])
と、とんでもないことを口にした。
シウたちがいるのはロワイエ大陸で、人間はほぼこの大陸にしかいない。
古代帝国時代に、シャイターンの海を挟んだ北側に「監獄島」という罪人を送る島があったと聞くが、そこに今も人がいるかどうかは分かっていないそうだ。
それぐらい、ロワイエ大陸は外の世界と断絶されている。
移動手段がないからだ。
外海は荒れ狂っており、長距離の転移術のない者では移動できない。しかも飛竜などで飛べる距離ではないそうだ。
その巨大な外海の向こう、イグが言ったように西側に大陸があることは分かっているが、そこへは古代帝国時代でも行ける者は少数だった。
「すごいところまで転移したんだね」
([そうか? そう言えば、魔力がかなり減ったような気もするが])
「あっちの大陸には魔人族がいるって聞いたんだけど、迷惑かけなかった?」
([む。わしは、そうそう迷惑を掛けたりはせぬぞ。……確かに驚いて腰を抜かす者も多いが])
やっぱり、驚かせるぐらいはするのか。
([魔人族も減ってしまってのう。最近はあまり姿を見ぬわ。昔はそれこそウジャウジャしておったのだが])
「昔って、どれぐらい前?」
([それ、紺色のがまだ生きている頃よ。……ああ、そうだ、あやつが死んだ頃かもしれぬな。魔人族もバッタバタと死んだらしい。わしもあの頃は妙な感じでよく眠っておったから、詳しくは知らぬのだが])
シウは何も言わなかったが、妙な顔付きになったらしい。イグが首を傾げた。
「……その頃、たぶん魔素が暴発するような、この世界全体に関わる大きな事故があったんだと思うよ。魔力に比重を置いていた種族は尽く死滅したみたい。特に原因となった場所に近かったロワイエ大陸は甚大な被害に遭ったんだと思う。それが何故、離れた西の大陸の魔人族にまで広がったのかは分からないけど」
([なるほどのう])
イグはたぶん、本能で身を守ったのだろう。強大な力を持っているがゆえに、離れていたこともあって上手く作用した。しかしカエルラマリスは中心地に近かった。他の古代竜が死んだり、力を失ったりしたのは、ロワイエ大陸にいたからだ。
魔人族はもしかしたら、人間よりもずっと魔素に頼った生活をしていたのかもしれない。だから離れていても作用してしまった。
イグが今も生きているのは奇跡のようなものかもしれない。
「イグ、生き残ってくれてありがとうね」
何故シウがそんなことを言うのか、よく分かっていないようだったが、彼はそうかと頷いて尻尾をビタンビタンと鳴らしたのだった。
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