206 誕生日プレゼント
そのロトスのプレゼントは、手書きの本だった。
「俺の渾身の物語だ。もらってくれ」
「あ、うん」
「今は読むなよ? 夜に読むこと」
「……うん、分かった」
嫌な予感がしたものの、素直に受け取った。
何故嫌な予感なのかというと、彼がニヤニヤ笑っているからだ。いつもの企み顔である。
リュカからは手作りのハンドクリームだ。
鍛冶をやる人間の手は荒れるのだと師匠に聞いて、彼から特別に教えられた配合で作ったものらしい。
「これ、ベタベタしなくてすぐ乾くんだよ。でもちゃんと熱や荒れから守ってくれるんだって」
ドキドキしていることが分かる様子で渡されて、シウは満面の笑みで受け取った。
「作るの大変だったよね。本当に嬉しい、ありがとう」
「ううん!」
尻尾がぶんぶん振られていて、彼の気持ちが伝わってくる。シウにも尻尾があれば、きっとたくさん揺れていただろう。
さて。
最後にフェレスたちが並んで待っている。
どうも彼等もシウのためにとプレゼントを用意したらしい。
誰に言い含められたのやらと後ろを見やると、ロトスとアントレーネが同時に素知らぬ顔をした。
苦笑しながら、フェレスたちを見る。
「にゃ!」
このブラード家ではフェレスはもう家族の一員のようなものだ。だから大丈夫だろうと思ってか、前掛け型の魔法袋からモノを取り出す。
「にゃにゃ!」
「……えーと、うん、ありがとう」
(そこはもっと笑顔で言うとこだろ! シウ、え・が・お!!)
ロトスから念話が飛んできた。
それは、もちろん分かっている。
だが、フェレスが取り出したのは、レースの下着だった。
「どこで拾ったの?」
「にゃん」
わかんない。
きっぱりと答えられて、それもそうだろうなあと思う。なにしろ土などで汚れているし、古そうな生地だ。
ただ、レースがとても細かく、美しい。よく爪で引っかかなかったと思う。
「ありがとうね。どこか山の中で拾ったのかな。綺麗なレースだね」
今のところ誰にもバレていないが、下着だと判明したらいろいろ問題がありそうなので、シウはそのまま丸まった状態の下着を掴んでポケットに突っ込んだ。
鑑定してみると時代が古い。となると、オプスクーリタースシルワあたりのどこかで見付けたものかもしれないと想像した。フェレスは単独でうろちょろするので、有り得る。
他の場所だと人がよく分け入っているので古い時代のものが残っていることは珍しい。が、オプスクーリタースシルワはほとんど人が入り込まない場所だ。可能性大である。
よく今の時代まで残っていたものだが、この下着は生地全体がボンビクスで紡いでいるという超高級品だ。今だと、王族でも仕立てられるかどうかといった代物だった。
お宝と言えばお宝、しかしモノがモノだけに大っぴらにできないのがミソである。
とりあえず、他の人には「汚れたレースのハンカチ?」程度の認識だったようでホッとした。
次はブランカだ。待てないらしくて、クロが順番を譲ってあげている。そっと後ろに飛んで移動していた。
ブランカも尻尾に嵌めている魔法袋から、ちょいちょいと器用に爪でプレゼントを取り出した。
「ぎゃぅ!」
「わあ、ありがとう」
これまた、どこで拾ってきたのか分からないが、陶器のかけらだった。
鑑定すると数百年前という微妙な時代のものだ。ただ表面がツルツルしており、彼女がどうして宝物入れに放り込んだのかよく分かる代物だった。
「本当にもらっていいの?」
「ぎゃぅ!!」
いいの! と元気いっぱいだ。自分が気に入って宝物にしたものを、シウにくれようとする。
成長したなあと感心した。
最後はクロで、トトトと歩いてくると足輪の魔法袋から嘴を使って取り出した。
「きゅぃ!」
彼はラーワという鉱物を出した。断面が恐ろしく真っ平らで、どうやったらこうなるのだろうと思えるほどツルツルだ。
「これ、どこで拾ったの?」
「きゅぃ。きゅぃきゅぃきゅぃ!」
「え、イグのところで? こんなのが小川にあったんだ。へえ」
古代竜イグが取っていいというので、クロを含めて子供たちは皆が小川に入って宝物を集めていたが、ラーワまであるとは思っていなかった。
ラーワは特殊な溶岩のことで、これを粉にして糊笹と混ぜて使うと鉱物を結合させるのに使える。特に異種結合に向いていた。
爺様の遺産でも小量しかなかったことから、大変希少なものだ。
イグも光り物が好きらしいから、寝床から溢れ出た宝物が小川にまで敷き詰められていた。しかし、ほとんどが宝石や玉などだった。綺麗なただの石も含まれていたけれど、ラーワのような黒っぽい溶岩を宝物にしているとは思わなかった。
断面が綺麗なので、そのせいかもしれない。
「これ、くれるの?」
「きゅぃ!」
「ありがとう。大切にするね」
「きゅぃきゅぃ」
使ってほしいの、と可愛いことを言ってくれる。クロはシウのことを一番理解しているような気がする。
ありがとうと、頬をカリカリ掻いてから頭を撫でる。クロは気持ちよさそうにスリスリと甘えてきた。
それから、ルフィノたちからは煙草を嗜むかもしれないとプレゼントとは別に渡されたり、大人の会へいつ混ざってもいいようにあれこれ教わったのだった。
ダンなどからは、
「今度、なんだったら一緒に夜の店に行くか? 見物だけでも大丈夫なんだぞ」
と先輩ぶったことを言われた。
もちろん、シウは丁寧に断った。
夜、布団に入り、ロトスからもらった手作りの本を広げてみた。
「『俺の渾身の物語だ』なんて言ってたけど――」
なんだろうなあと、ついつい頬が緩むのを感じながら読んでみると。
「……相変わらず字が汚いなあ。えーと、なになに?」
表は白地だったが、中にタイトルが書いてあった。日本語だ。
『魔獣に間違えられた子狐の成り上がり冒剣タン-みにくいアヒルの子が白鳥になるまで-』
色々突っ込みどころが多くて、どうしよう。
きっと「譚」は書けなかったんだな、とか、子狐って書いてあるのにアヒルとか白鳥が出て来るあたりにおかしみがある。
それと「剣」が間違ってる気がするが、もしかしたら仕込みかもしれない。
思わず頬が緩んで、ふふっと笑いながらページを捲った。なんだか読む前から面白そうな気がしてきた。
内容はロトス自身のことをかなり脚色した、そして希望をふんだんに盛り込んだものとなっていた。
魔獣の森に捨てられた子狐コンは、知恵を駆使して生き延びていた。しかし、とうとう体力が尽きてしまい、もうダメだとなった時に助けてくれる人が現れる。
「……ロリっ子? 黒髪の【ゴスロリ】ってなんだろう。ツインテールは分かるけど、うーん」
助けたのはシウなのに、性別が違うし見た目もどうやら違っていた。このへんが希望かな、と思う。あるいはソフィアがそうだったのかもしれないが、彼女は茶髪だったはずだ。
とにかく先を読み進めてみた。すると、やはりソフィアではなさそうだった。助けてくれたロリっ子とやらは優しい女の子だったのだ。垂れ目で、グラマーらしい。ソフィアは吊り目だったから、完全に容姿が違う。
「子狐を保護して助けるところまでは僕なんだけどなあ。で、使い魔契約をすると。使い魔っていうのは召喚獣のようなものかな。ふーん」
その後、魔法で活躍しながら冒険の旅が進み、ロトスがよく言う【テンプレ】も順次クリアしていく。そしてとうとう子狐の前に、母狐が現れた。精霊王の化身とやらで、魔族に我が子を攫われて探し回っていたようだ。ロリっ子少女が「母親と一緒に帰りなさい。わたしとの契約は解除するわ」と言う。
しかし子狐コンは、少女に付いていくと宣言した。いずれ精霊王になるための修行だからとツンデレな発言をするが、本当は少女のことが好きなのだ。
「『これからも一緒に旅を続けようよ』か……」
母狐も応援すると言うので、少女とコンの冒険はこれからも続く――というところで終わっていた。末尾に「第一部完」とある。
「まだ続くのか……」
いや、別に構わないのだが。そうか、続くのか。
シウはずーっと頬がぴくぴくするのを、とうとう我慢できなくなった。
「……ふは」
噛み殺そうとするのだが、どうしても笑いが漏れてしまってどうしようもない。ふふふ、と笑いながら、ほんの少し泣いてしまった。
これからも一緒に、というところが、強い筆圧で書かれていた。強調したいことは、すぐに分かった。
彼が何を思って書いたのか。文字を読み撫でながら、気付いた。
ロトスはこの物語で、シウに伝えたかったのだ。
これからも一緒にいていいかどうかを。シウが当たり前に思っていたことを、彼は心配していたのだ。
シウは、人の心の機微に疎いところがある。
鈍感で情けない。
ロトスと出会って反省ばかりだが、彼のおかげでシウは成長できているようなものだ。
本当は、シウこそが彼に助けられているのだと思う。
明日、お礼を言ってみよう。きっとロトスは「別にー」と素っ気ない返事をするのだろう。聖獣姿だったなら、照れて、尻尾を振りながら。
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