205 シウの成人祝い




 今年も竜人族の里オリーゴロクスへ行くことが決定している。

 その為、山眠るの月はまた学校を休むことにした。あらかじめ休学届を提出していたが、ヴァルネリは授業ごとにぼやく。冬休みを挟むのに、更に・・長くシウと会えないのは困るとかなんとか。

 シウのことを、なんでもウンウンと聞いてくれる箱のようなものだと思っているらしいので、そろそろ生徒だと認識してもらいたい。



 ギルドへの挨拶回りや、薬師ギルドと闇ギルドへの納品を前倒しでやってしまうと、草枯れの月も週末がやってきた。

 シウの成人になる日でもある。

 今までは未成年で面倒なこともあったが、これからは大人としての責任や自覚を持たねばならず、ふらふらと適当にしていたことを直していかなくてならない。

 急に変われるはずもないが、ロトスのことばかり言っているのはダメだ。

 シウもしっかりしなければいけない。


 その成人祝いだが、キリクには年末年始のどこかで会いに行くから、と伝えた。

 竜人族の里へ行くという用事が詰まっていること、何度も大っぴらにロワルへ戻っていると目立つからだ。

 残念がられたが、スタン爺さんたちにもそう頼んでいるのでと告げたら、ぶーぶー言っていた文句も収まった。

 エミナも戻ってこないのかと残念そうだったが、本来は転移がなければ戻れないもんねーと、彼女の方がよっぽどキリクよりすんなり納得してくれた。


 よって、成人の祝いはブラード家と、それとは別にルシエラ王都のギルドで知り合った冒険者たちが行ってくれることになった。



 まずはブラード家で、週末の夕方に始まった。

 この日は料理も菓子も全てブラード家が用意してくれた。

 シウは主賓なのだからと、上げ膳据え膳である。

 アントレーネも何やらやっているので、赤子三人と共にシウは遊んで過ごした。

 全方位探索をあまり気にしないようにして、フェレスたちが時折開け放した扉の向こうからシウを覗きに来るのを笑って眺めながら、赤子と遊ぶ。

 幼児用サークルでは倒されてしまうぐらい元気な三人は、シウが魔法を使って遊ぶのを知っているため、いつもよりも激しく騒いでいるようだ。

「ぽよーん!」

「あだー」

「ぶあ! しー、しー!」

「はいはい。こっちがぼよーんだよ。ふかふかはここね。しー、はおしっこ? あ、違うの。……僕のことかな?」

「あうー!」

「そうなんだあ。もう名前覚えちゃったんだ。偉いねえ」

「あば!」

 《柔空間》に色を付けて四角いものや丸いものを設置してあげたら、突撃しては跳ね返されて笑うガリファロと、その上に乗り上げて手足をバタバタしているカティフェス、迷路のようになっている空間をかき分け突進してくるのがマルガリタだ。

 常に元気いっぱいで転んでもへこたれないのがガリファロ、マイペースで独自の世界を持っているのがカティフェス、人と関わって遊ぼうとするのがマルガリタだ。

 マルガリタはブランカとクロと一緒になっておままごとらしきこともしている。

 もちろん、分かってはいないと思う。

 が、フェレスがそうした子育てをしたせいか、クロが赤ん坊の興味を引きそうなものを咥えて持ってきては目の前に並べているのだ。そして、ブランカが前足でずいとマルガリタに押して渡したり、引き寄せたりしているのだった。

 お店屋さんごっこ? と聞いたら、クロもブランカもそうだというような返事だったので、マルガリタ相手に遊んでいるのだろう。

 三人の赤子の中で、一番しっかりしているのもマルガリタのようだった。

 今も、シウの前までやってくると、絵本をバンバン叩く。

「読んでほしいの?」

「あう!」

「じゃあ、読もうか」

 読み聞かせているうちに、カティフェスがよじ登っていた空間壁から転げ落ちて、近付いてきた。

「しー」

「僕のこと?」

「……まんま」

 うんと頷きながら、まんまと言う。よく分からないながらも、シウは笑っておいでおいでと手招いた。カティフェスは表情があまり変わらないが、そうした人はこれまでたくさん見てきたので慣れている。

「寂しくなったの? 一緒にお話聞こうね」

「あぶ」

 そうしていると、ガリファロも自分だけポツンと遊んでいることに気付いて、柔空間へ突撃する遊びを止めて走ってきた。

 彼は転ぼうがぶつかろうがお構い無しで、はあはあ言いながら転んで着地した。

「ガリファロはもうちょっと落ち着こうね」

「あい!」

「はい、良いお返事です。では、お話の続き」

 三人、思い思いの格好で座ったり寝転んだりして、シウの下手くそな朗読を最後まで聞いていた。



 夕方、リュカに呼ばれて大広間へ顔を出すと、それは見事な飾り付けで皆が待っていた。

 さすがに大仰なと思ったものの、ロトスの時も豪華にやっていたので気を遣ってくれたのかもしれない。無粋なので申し訳ないと謝ることはしなかった。

 カスパルもこの日はパーティーへの参加を断っており、彼が主催で成人祝いをしてくれる。カスパルの場合はこれ幸いと思っていそうだが、それでも有り難いことだ。

 この世界では毎年誕生日を祝うということはあまりないことで、その代わり成人祝いは絶対に行うものらしい。

 だからどうしたって大仰にもなるのだろう。一生のうち一度しかないのだから。

 ただここまで盛大だと、逆に申し訳ない気分になるのはシウが前世の記憶を引きずっているせいかもしれなかった。

 気恥ずかしくて、顔が赤くなってしまったシウだ。


 扉を開けてすぐのところにはロトスがいて、シウの顔を見るや、にやにやと人の悪い笑みを見せていた。

「俺の気持ちが分かったかー」

「分かった。うん、これは確かに、恥ずかしいね」

「だろー。でも我慢しろよ。これはいわば、シウに感謝してたり、大事だったり、あとあれだ。……好きだって思ってる人からの心尽くしなんだからな!」

(やべ、自分で恥ずかしいこと言ったじゃねえか! 自分で地雷踏んでどうすんだ! もうバカ、俺!)

 ロトスはじたばたすると、それから何事もなかったかのように動きを止めて、さあと中へ入るよう手で促した。

 でも、耳が赤い。

 おかげでシウは冷静になれた。


 中央には大きなお菓子の家があり、周辺にデザート類、そしてテーブル全体に料理が並んでいた。

 従業員の真ん中にカスパルが立っており、手を叩いた。

「成人、おめでとう」

「「「「「おめでとうございます!!」」」」」

 みんなが拍手だ。

 ロトスの時は傍観者だったので良かったが、やはり自分が中心になると、なんとも居心地が悪い。

「あの、ありがとう。ええと、僕のために盛大な式を開いてくれて本当に嬉しいです」

「君のそうした年相応の姿が見られただけでも開いた甲斐があるというものだ。さあ、みんな、始めよう」

 カスパルの合図で、それぞれがおめでとうと挨拶に来てくれた。

 その後は食事を行い、一息ついたところでプレゼントを渡される。

 皆、シウが好きそうな小物をそれぞれ用意してあった。

 たとえば、美しい絹糸と共に、刺繍用の図案。

 裏通りで見付けたらしいあやしい古書だったり、街の食堂に置いてあった香辛料を交渉して瓶ごと買ってきたもの。

 市場の奥で埋もれていた何かの毛皮だったり、変わった食材などなど。

 そのどれもにシウは喜んだ。

 シウのことをよく知っているからこそ、普通なら首を傾げるようなものがプレゼントとして用意されていた。

 カスパルからは古代書の『大陸の全図書館索引大全』をもらった。

 代理人に頼んで闇ギルドで面白そうな本があれば落札するよう頼んでいたそうだ。

 この本は、古代のオーガスタ帝国時代の大陸にある全図書館の傾向を網羅した検索本だった。特筆すべき事柄については詳細に記されており、傾向だけでなく重要な書籍の保管場所が分かるという、素晴らしいものだった。

 索引本は更新するのが大変なので、かなり貴重で高価な本だ。

「こ、これ、高かったんじゃないの?」

 本を持つ手が震えてしまったが、カスパルはのほほんと笑ってロランドを振り返った。

「そうでもなかったよね?」

「ええ、若様がお買い求めになられる本と比べましたら、全く微々たるものでございました。逆に祝いの品がこれでよろしいのかと思ったほどでございます」

「そうなの? でも、僕にはとてもうれしい。これ、本当に貴重なんだよ」

「価値の分からない人ばかりで良かったよ。代理人も、本当に落札していいのかと何度も連絡を入れてくるしね」

 呆れた様子で、カスパルは笑った。

 とにかく嬉しくて、シウは何度もお礼を言った。


 アントレーネからは茶色っぽい塊のものを渡された。

「……これ、えっと、なんだろう?」

「あー。それは、一応、フェレスなんだけど」

「フェレス?」

「サビーネさんに教えてもらって、フェレスの抜け毛で作った人形だよ。やっぱり猫に見えないよね? ああ、失敗した……」

「あ、ううん。そう言われるとそうかも」

(シウ、容赦ねえな。そこは、『わぁっ、すごい似てる! ありがとう大好きっ! チュッ!』ってやるところだぞ)

 ロトスからのツッコミが入り、シウは笑った。

「えーと、わー、すごい似てる、ありが――」

「わー、バカバカ、シウ。そのまま言うなっての。冗談の通じない男だぜ」

 ロトスに後ろから叩かれてしまった。最後まで真似して言うつもりはなかったのに。

 とにかく、シウはロトスと一緒になってアントレーネを宥め、無事フェレス人形はもらうことができた。よく見ればまあ、味わいのある、塊と言えなくもない。

 何より彼女が苦手な裁縫で必死になって作ってくれたのだ。

「ありがとう、レーネ。嬉しいよ」

「そ、そうかい? 実は料理もちょっとだけ、手伝ったんだよ」

「レーネ、あんまり下手っぴなんで、最後は大きな肉の塊を切る係だけやってたんだぜ」

「あ、バラすなんて、ひどいじゃないか。ロトス様だって怒られていただろうに」

「何やったの?」

 知らんぷりするロトスに聞いたら、後ろからアントレーネがバラしてくれた。

「ハンバーグの種を何度も床に落とすから、もう止めてくれってさ。魔法が使えないなら手でやるようにって料理長に怒られてたんだよ」

「……レーネ、バラすなよー」

「ロトス様が先にバラしたんじゃないか」

 二人は仲良く喧嘩を始めてしまった。

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