204 ゼリーと飴と予行演習
ゼリーのお菓子はさっぱりして、とても美味しかった。
特に中の蜜漬けが、甘いのに梅の爽やかさのおかげかさっぱりと食べられる。しつこくなく、蜜もかなり良いものを使っているようだ。
今回は値段を統一しているため、採算が取れていない気がする。
カスパルも、これはいいね、と喜んでいた。
「夏にシウが梅酒や、梅シロップというのを飲ませてくれたが、あれと似ているね」
「うん。でも、この蜜漬けは別格だと思う。これ、まとめて欲しいなあ」
「そうだね。後で交渉してみよう」
ゼリーに使われている素材の使い方も教えてもらえないか、聞いてみようと思う。
寒天もいいのだが、このゼリーは透明感が素晴らしい上に味や匂いが全くなく、今後の料理の幅が広がりそうだった。
シウとカスパルが菓子談義をしている間も、ロトスとククールスはあっちへフラフラこっちへフラフラと、一向に戻ってくる気配がなかった。
彼等の目的はどうやら食べるよりも、見る方らしい。
売り子の女性に話しかけては鬱陶しがられていた。
途中で通信魔法を使って、
(お仕事の邪魔しちゃだめだよ)
と伝え、ついでに、
(しつこくしたら、女の子は嫌がるんだって。本に書いてあったよ)
と教えてあげた。
途端に戻ってきた二人である。
女性にモテるわりには、女性への声掛けが下手らしいククールスは、ぼやき口調で椅子に座った。
「みんな目が必死だもんなー。俺の顔見ても全然ポーッとならない」
「俺なんて無視されてたし」
(認識阻害のせいだと思いたい!)
ロトスもぼやいてカフェテーブルに座った。ロランドが押さえていた席だ。
協賛する商家や貴族家などは広場の端に専用の席を「購入」することができる。これが寄付となって、大会が開催されるというわけだ。
周りにも貴族や商家の関係者が多く座っていたが、基本的には上下関係なく、大人の振る舞いをしていた。
時折、場の空気を読まずにカスパルへ挨拶に来る者もいたが、適当に挨拶して追い払っている。
「やっぱり、領主推薦で来ていたりすると、入賞しなきゃってなるんじゃないかな」
シウが慰めるつもりで二人に話しかけると、ククールスが顎を手で支えながら――つまりだらしない格好で――答えた。
「個人で王都まで参加しようってのはなかなかないもんなあ。紐付きの哀しさだな」
「中には名誉を求めてっていうのもあるんじゃないか?」
ダンが会話に交ざってきて、それに対してロトスがにやっと笑った。
「借金してたりして」
みんな、ロトスを見て、それからあるかもねと顔を見合わせた。
「だからあんなに殺気立ってる店があるのかー」
「女の子も兄貴の顔を見てる場合じゃないってことっすよ」
「なに、そのチンピラ言葉。どこで覚えてくるんだよ、ロトス」
「えっ、兄貴、自分のことが見えてない……?」
「やめろ、おい」
二人のボケツッコミに笑いながら、シウはルフィノたちに聞いてみた。
「みんなはどこが良かった? 僕はやっぱり梅ゼリーかな」
「俺も、そこかな。最初は王都の老舗菓子店のサクサクパイも良かったけど」
「あれな。砂糖がたくさんで高級感あったよな」
モイセスも頷いていた。しかし。
「でもやっぱり、梅ゼリーだぜ。上品な味っていうのかな。あとさ、疲れが取れる気がする」
ということで決まった。
ロトスたちは食べていなかったらしいので、それを聞いて急いで店に走っていた。
残念ながら、優勝したのは別の店だった。
ヴァーデンフェ領から推薦でやってきた菓子店だ。飴細工を芸術的な形に作り込んで売るお店らしいが、今回は透き通るように美しい果実水を閉じ込めた飴を売っていた。
翳してみると光の加減で煌めいて見える。
飴も透明感があって、本当に美しいのだ。
果実水も煮詰めて味を濃くしているのだが、液体として揺れるようにだろうギリギリのところで止めている。その匙加減はやはり職人技だなあと感心した。
シウたちも悩んだのだが、甘すぎたので票を投じなかったところだ。
他の領からやって来ていた参加者はとても残念がっていた。
王都の職人たちもだ。
貴族らしき人に怒られている図も見えて、ちょっと可哀想だった。
手を抜いている人はいなかったのに、そこまで怒らずともと、シウなどは思う。
大会が終わると、見物に来ていた大きな商家、あるいは貴族たちが気に入った店に声を掛けていた。
カスパルももちろん、シウと共に梅ゼリーの店へ行った。
彼等はハッセ領からの支援を受けて来たそうだ。
「このように大きな注文をいただけるとは思っておりませんでしたので、大変有り難いのですが――」
「いつでも構いません。入荷すればお願いしますね」
ロランドが柔らかく丁寧に説明すると、店の主も落ち着いてきた。
王都へ出てきたこともそうだが、大会へ出ることも夢のような出来事だったのだと語り、緊張した様子でカスパルをチラッと見てからロランドに頷いた。
「かしこまりました。でき次第、お届けします」
「材料を取り寄せて、こちらで作られるのですかな? それとも戻られてから品を送ってくださるのか。もしよろしければご提案もさせていただきますよ」
と、詳細を詰めることになった。
話によっては魔法袋を貸し出すこともあるだろうし、飛竜便などの手配をこちらがする場合もある。
その間、シウは職人からゼリーについて話を聞いた。
「これ、マメ科の植物から作られていませんか?」
「え? ええ、そうですよ。よくお分かりになりましたね」
「ごめんなさい。ずるして鑑定しました」
「ああ、なるほど。いやでも、知識にないと分からないはずですよ。これはわたしの出身地エストバル領あたりでしか見ないものでしてね」
気の良い職人は、どうやってゼリーにするのかまで教えてくれた。
シウの方が慌てて止める始末だ。
「あ、いえ、そこまで教わるのは。お店の大事な情報じゃないですか」
「いやあ、ゼリー自体は構いませんよ。エストバルあたりではどの家も知っていることです。夏の暑さを見た目で乗り切ろうと、手間はかかりますがね、食材を固めるのに使うんです。わたしは父親がハッセの店に引き抜かれましてね。それでクラリティなど、地元にしかない植物を持って引っ越したってわけです」
「では中部のあの辺りでも育つんですね?」
「これは丈夫なマメ類ですから。よほどひどい土地でない限りは育つと思いますよ」
良かったらお送りしましょうかと言ってくれたので、ぜひ、とお願いした。
しかも今回の大会で持ってきていた粉末のものも分けてくれるという。
精製の仕方まで教えてもらって、とても有り難い。
それらを含めて、ロランドには支払いをお願いすることにした。
まだ打ち合わせが終わらないロランドを置いて、シウたちは優勝した飴細工の店にも顔を出した。
貴族が来たということで、一通りの挨拶が終わった店主と、補助に付いていたのだろう領の文官らしき男性も一緒だ。
「おめでとう。素晴らしい品に出会えて、感謝するよ」
「あっ、ありがとうございます!」
彼も貴族の青年から声を掛けられると緊張するのか、がちがちのままだ。すでに取り引きの話が舞い込んできて挨拶されているだろうに、慣れないものらしい。
文官の男が苦笑しつつフォローしていた。
ここでもシウは職人と話をさせてもらって、飴を透明にするための方法などを教わった。
反対にシウも、王都で流行っている薬飴玉について聞かれたので、レシピなどを教えてあげた。蜂蜜玉などのレシピを作ったのがシウだと言うと、彼等ととても話が盛り上がった。
果実飴も渡したら、職人らしく中を割ってみたり、舐めて成分を当ててみたりと楽しいものだった。
カスパルの挨拶が終わる頃、ロランドが戻ってきた。
見計らってか、ロトスたちもやって来て、共に屋敷へと戻った。ククールスは徒歩で帰っていった。
途中馬車の中で、
「プレッシャーから解放された今こそと思ってたのに、みんな負けたからってへこんでんだよ。俺、慰め役で終わっちゃった」
などとロトスがぼやく。黙って話を聞いているカスパルはにこにことし、ダンはぶはっと吹き出していた。
「ナンパしようとしたの?」
「だって、将来のことを考えて、今から練習しとかないと」
「まだ諦めてないんだ、ハーレム」
「ぷん、だ」
カワイコぶりっ子で言うので、シウも笑った。ダンはずっと笑っている。彼はロトスの言う「ハーレム」支持者だ。気持ちは分かると、応援しているらしい。面白がっているので冗談なのだろう。
「女の子への声掛け練習はやっとかないと。いざって時困る。ククールスの兄貴は頼りにならないことが判明したしなー」
「え、どうしてさ」
ダンが不思議そうに問うと、ロトスは少しバカにしたような顔で、人差し指を振った。
「イケメンはね、自分から女の子に声を掛けたりしないの。今日で思い知った。あの人、ろくなこと言わないんだ。黙ってても女の子が寄ってくるイケメンを参考にしてたら、いつまでたっても彼女なんてできない。ダンも自分から頑張らないと、変なのと結婚させられたりして」
「げっ、やめろよな……」
「カスパル様はお見合い?」
ロトスが聞くと、カスパルは鷹揚に頷いた。
「父上がね、見繕ってくれるようだよ。兄がそろそろ決まりそうだから、次は僕らしい」
「条件付けてる?」
ロトスはぐいぐい行くなあと、眺めていたら。
「しっかりしているけれど、僕の趣味に口出ししない人がいいとは言ってあるね」
「「「あー」」」
馬車の中の三人が同時に声を上げ、顔を見合わせて笑った。
ロランドが御者台にいて良かった。
「しっかりしている人は、カスパルの読書に口出ししそうだもんね」
シウが笑いながら言うと、ロトスが、
「美女がいいって条件よりも難しそう!」
と茶化していた。
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