207 神様と大人への第一歩

ひょっとしたら、注意すべきページかもしれません。

嫌な予感を覚えられるようでしたら、飛ばすことをおすすめします。そういう意味では次話も危険です。

何と書けないのがもどかしいですが、題名でなんとなーく察していただけると……






**********



 夢を見た。

 本物のかや姉さまの夢だった。

 神様じゃないんだなあと、夢の中で笑う。

 夢の中の彼女は、優しい声で何度も背中を撫でてくれる。

 ――愁坊っちゃん大丈夫ですよ、怖くないですよ――

 そう、怖い夢を見た時にいつも撫でてくれた、あの懐かしい頃のこと。

 次に、空襲を知らせる音。やがて最近は見なくなっていた、火傷を負って死線を彷徨っていた時のこと。

 愁太郎がうわ言で呼んだ時には、彼女はもう死んでいたらしい。

 でも、哀れに思ったらしい誰かが「ここにいますよ、姉さまはここにいますからね」と手を握ってくれていた。


 前世で一番つらかったのは、かや姉さまを失ったこと。

 一面焼け野原になった景色を包帯の隙間から見て、ああもう何もかもなくなったんだなと呆然とした。

 あの喪失感は、説明のしようがない。

 ぽっかりと空いた穴を、愁太郎はいつまでたっても埋められずに生きていた。

 最後の最後までずっと。




 そうだったなあと、思い出す。

 心配してくれた人がいたのに、それに気付かず、ただただぼんやりと生きていた。

 自分ではしっかりしていたつもりだったが、そうではなかった。

 今生になって、気付いた。


 神様のおかげだと、感謝する。

「ありがとう。そこまで感謝されるとわたしもなんだか気分が良いです」

「あ、神様」

 相変わらず、かや姉さまの姿で現れる神様は、にこりと微笑んでシウに向かい合った。

「成人おめでとう!」

「はい」

「……まあ、人間そうは簡単に変われないわね。いつもながら淡々としてるわ」

「あ、すみません」

「いいのよ。でも最近は結構はっちゃけてるわね。良い兆候です」

 褒められてしまった。シウは頭を掻いた。

「そう真顔で照れられても、わたしも困るんだけど。まあいいわ。恋愛の方は全然これっぽっちもピクリとも進んでないようだけど、別にいいのよ」

「はあ」

「その分、あの子、ロトスが頑張ってるものね。滑稽なところなんて、わたし好きよ」

「あの、あまりからかわないでやってもらえますか」

「からかってないわよ。まだあの子のところに顔を見せてないもの」

「え、そうなんですか?」

「まだ生まれて一年じゃないの」

 そういうものなのかとシウは納得しかけたのだが。

「あの子、会っちゃうと煩そうだし。なまじ、この手のことに詳しい子が相手だと、面倒なのよね」

「はあ、なるほど」

 つまりシウはどうやら神様にとって簡単な相手のようだ。

「さて。それよりも、あなたのことです。何もないのに、そうそう会いに来たりしません」

 かや姉さまの姿で、ツンとした顔をする。

 懐かしいような、それでいて彼女ではないと思ったりして、シウは複雑な気持ちで神様を眺めた。

「あなたもとうとう成人です」

「はい」

「ですが、成長が遅いと、悩んでいるようですね?」

「はい……」

 シウが、よほどしょんぼりして見えたのか、神様は笑った。少しばかり「ニヤリ」としたような、含みのある笑みだったけれど。

「よろしい。これはわたしからの成人祝いです。あなたの成長を少し促してあげましょう」

「えっ、本当ですか?」

「もちろん」

「神様!」

「……なんだか今までで一番感謝されてる気がするけど、まあいいわ。悔しいけど、一番輝いた笑みを見せたわね」

「すみません」

 謝ると、神様は慈愛ある目でシウを見た。

 ふと、彼女の、神様の眼差しが途轍もなく深く澄んでいることに気付いた。

 シウになど到底辿り着けない高みにいる存在。

 怖いというよりも、純粋に、遠く高い存在に――

 古代竜だとか、そうしたものとは全く別次元なのだと改めて気づいた。

「シウ、畏れなくてもいいのよ。大丈夫、怖くないから」

「かや姉さま……」

「あなたの心が動いていくのが、わたしはなんだか嬉しいわ。凝っていたものがゆっくりと溶けていくのを見るのは、面白い」

 神様の言わんとするところは、シウにも少し分かる。

 黙って頷くと、神様は微笑んだ。

「成人というのはひとつの通過点だけれど、大人になるのは人によって違う。あなたはあなたなりの道を行けばいいわ。長い人生だから、ゆっくりとね」

 やはり自分は長命なのかと少し胸が傷んだものの、シウはしっかりと頷いた。

「でも、可哀想だから神様からのプレゼントです。さあ、いつもより長くなってしまったわ。もう起きなさい」

 じゃあまたね、と手を振って、かや姉さまの姿をした神様は消えた。



 目覚めると、いつものように少し気分が悪い。寝た感じが全くないのだ。

 しかも前世の夢を久しぶりに見てしまった。

 懐かしい中にも複雑な思いが、あるのだ。

 シウは頭を抱えながら身を起こして、ふいに妙な感覚に眉を顰めた。

 なんだろうと自分の状態を確認する。

 病気になることなどないので、この不快感のような、それでいてもやっとした気持ちよさ……気持ちよさ?

「ああ、そういう、ことかあ」

 納得しつつも、一応、下履きの中を覗いてみた。

「おとな、大人、ね……」

 神様のプレゼントはどうやらこれだったらしい。

 嬉しいような、それでいて、困ったような。


 考えてみるに、自分は一体何をもってこうなったのか。初恋のかや姉さまを想像してのことだったら、まあ恥ずかしさはあるが初恋なのだから構うまい。

 しかし、最後はあれは神様だった。

 神様でこうなるのは、嫌だなあ。

 考えているうちに、しゅん、となってきたのでホッとした。

 前世では病気や何やで満足に働いてくれなかったモノだが、物の本によるとこれは普通のことらしい。

 そのうち収まってくれるようなので、放置することにした。

 どうしようもなくなると自己処理をしなくてはならないらしいが、その時はその時だ。

 楽しみに悩んでみようと思う。

 とりあえず、ロトスあたりに自慢しようか。

 彼は成獣になったが、まだらしい。

 希少獣は発情時期が個体によってまちまちだと聞くが、大抵生まれてから四~五年以降だという。

 となればロトスもまだ先のことだろう。

 つまり、シウはロトスよりも先に大人になったということである。

「よし」

 別に競争しているわけではないのだが、ついつい、拳を握ってしまったシウである。

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