203 シルトの参戦と全国菓子博覧会
それからは何も起こらずに日々が過ぎていった。
ミルトとクラフトが週末に赤子たちの面倒を見に来てくれるが、その仕事にシルトたちも参加するようになったことが、変わったことだろうか。
シルトは小さいものが好きらしいから、少々偏見を持っているシウにとっては心配だったのだが、ひょんなことから仲良くなったらしいミルトが「大丈夫だ」と言うので、任せることにした。
もっとも、マルガリタを紹介した時にへらーっと笑顔になったシルトだったが、母親はこちらですと紹介したアントレーネを見て尻尾がぶわわっと膨らんでいたので、たぶん大丈夫なのだと思う。
アントレーネは別段脅したわけでもなんでもないのだが、彼女の持つ本来の
虎系獣人族の中でもかなり上位種らしいアントレーネは、白狼獣人族のシルトよりも上の存在らしい。
「よく、あれと一緒にいて、平気でいられるな……」
と言われたので、本当に怖いようだ。
(アイツ、マジでビビってんのなー。そっかあ、レーネって超怖い人なんだー)
こっそり覗いていたロトスはケラケラ笑って、内心でシルトをからかっていた。
シルトは必須科目の体育系以外全てで躓いているので、平日はなかなか来られないようだったが夕方や、週末に来るようになった。
代わりにミルトたちが平日に移ったり、それぞれで上手く回しているようだ。ブラード家としては別にバイト料程度は大したことがないと思っているし、子供たちのためになるのなら来てもらってどうぞ、という感覚だ。
また、完全に任せているわけでもないので、なんだったら勉強をしていても良いと言ってある。ちょうど、増築したサンルームがあり、そこで補講の資料片手に赤子三人を見ていた。
メイドたちが入れ代わり立ち代わり仕事の合間に覗いているし、問題はない。
ただ、これがロトスへ良いように作用した。
彼はやる気の波が激しくて、また魔法の勉強が疎かになってきたところだったから、良い発奮材料となった。
シウが、
「シルトって知力が十二しかないんだよ」
と、零したのがきっかけである。
シウとしては、それだけしかないのにそれでも頑張って勉強していると言いたかったわけだが――。
「えっ、やべえ、それしかないの?」
「でも頑張ってるから、そのうち伸びると思うよ。そうした数値は上がるからね」
魔力量も、獣人族なら徐々に上がるだろう。
ロトスに至っては、ぐんぐん伸びている。
だからこそ、心配なのだ。
「知力が低いまま魔力量が多いって、いろいろ危険だと思うんだけど」
「……マジか。マジだわ。俺、やべーじゃん!」
「良かった、危機意識持ってくれて」
シウが笑うと、ロトスは怒った。
「もう! そういうことなら、ちゃんともっと、怒ってくんなきゃダメじゃん! シウのお怒りポイント分かんねー!」
「え、だって悪いことはしてないよね?」
「今後、悪いことになりそうな予感はあるんだよね?」
「そうだよねえ。制御不能でなんとか、ってことになったら、どうしようかなとは――」
「バカ、シウ! もうもう! 俺、頑張る!」
やる気になってくれたようだ。
彼の場合、やる気はあるのだがどうしても集中力が続かないのだ。
目の前にわかりやすい目標がないことがよろしくないのかもしれない。
「……何か達成感があればいいのかな。目の前に人参、みたいな」
そう言うと半眼になって睨まれてしまった。
「本当に人参は置かないよ?」
「分かってる。シウ、冗談上手になってきたよな! ふん!」
むくれているが、怒っていないのは分かっている。
シウがニコニコしていると、ロトスは良いこと思いついた、と飛び上がった。
「溢れ出る強い魔力に悩まされる青年、そこで付けられたのが魔力を封じ込める首輪! 普段は気の良い青年として暮らしているんだけど、そこへ悪の組織がやってくるわけ。で、封印されし力を――」
「それ、楽しい?」
「……やっぱ、まだまだだな。シウはもうちょっと冗談を理解しなきゃ」
「あ、ごめんね」
「……くそう。とりあえず、偽装魔法はまだまだ必要なので付与しておいてクダサイ」
「うん」
成獣になったものの、見た目の偽装もさることながら、増え続ける魔力をまだ上手く隠しきれていないロトスなので、シウが強制的に魔力を首輪に吸収させているところなのだ。
今のところ、週末に遠くまで行く時にしか外させていない。
まだまだ不安なロトスなのだった。
ロトスがシルトたちと一緒に勉強を始めるのに、それほど時間は要しなかった。
お互いの知力レベルが割と近いこともあってか、彼等は仲良くなったようだ。
たまにミルトも早めに授業が終わったと言って混ざることもあり、サンルームはブラード家で一番騒がしい場所となっていた。
三週目の風の日、全国菓子博覧会が行われた。
商人ギルドが中心となって開催しているこの大会は、去年はまだ周知されていなかったので参加人数も少なかった。
しかし、今回はラトリシア全土から集まっていた。
もちろん、お金がかかるので各領主がこれはと思う者たちに旅費を出してやっている。おかげで、半ば領対抗戦のようになっていた。
ブラード家のリランも参加するのかと思っていたが、前優勝者は遠慮してくれと願い出られて、なんと彼は審査員に抜擢されていた。
恥ずかしそうに審査員席に座るリランを皆で応援した後は、カスパルも珍しそうに出店を見て回っている。
シウも護衛として一緒にいたが、ルフィノたちも一緒だ。
残念ながら、人が多すぎるだろうということで、体の大きなブランカは強制的に居残り組である。可哀想なのでフェレスも置いてきた。クロは自主的に残った。
シュタイバーン国だと希少獣持ちも多くいるのでお祭りがあっても連れ歩いているからあちこちで見かけるが、ラトリシア国は庶民はほとんど持っていないため、悪目立ちするのだ。
そして赤子も動き回って迷子になってもいけないのでと、アントレーネが留守番だ。サビーネも残っているので安心である。
ロトスはククールスと一緒に見て回っていた。
もう一人で動き回っても大丈夫な大人サイズなのだが、自分の力を過信していないロトスは護衛係としてククールスを選んだ。
「おーい、あっちの店の女の子可愛いぞ」
「うわ、マジだ。騎乗服の【コスプレ】かよ! お尻すごい!」
たぶん、護衛係なのだと思う。
アントレーネがいないので二人が暴走したら、止めるのはシウの役目なのかなと《感覚転移》で視ながら溜息を吐いた。
商人ギルドが用意した簡易の出店で、参加者たちは菓子を作って売る。
一律同じ器、同じフォークスプーンを使っていた。
前回は参加人数が少なかったので一般参加者の意見はあまり通らなかったが、今回は審査員が持つ票との格差はあまりない。
もちろん不正がないようにと、関係者の商品買い占めは厳しくチェックしているし、少しでもおかしいと感じたら審査員の票は集められない。
審査員はプロばかりで占めているため、一般人から見ても票のばらけかたがおかしすぎると気付くわけで、不正は難しかった。
まだ試行錯誤は必要かもしれないが、良い感じにルールが出来上がっていた。
「僕はあれも食べてみたいね」
カスパルがおっとりと指差す。
「飴細工かな。あ、果物の飴がけもあるよ」
シウが答えると、彼は微笑んだ。
「美味しそうじゃないか。ああ、シウ、あれはなんだろうね」
「ゼリーだ。わあ、すごい」
寒天を使っているのだろうかと近くで鑑定すると、違った。寒天はシャイターンで取り扱われる食材だから、ラトリシアでは有名ではない。では動物由来のゼラチンかなと思ったが、それも違う。
詳細に鑑定すると、クラリティという植物由来のものらしい。
脳内の辞書を総動員して探すと、マメ科の植物だと分かった。
ラトリシアではよく見かける植物で、南方の地方で使われているようだ。
「綺麗ですね、このお菓子」
シウが声を掛けると、売り子の女性が嬉しそうに頷いた。
「はい! 中には果物の蜜漬けが入っているんですよ」
外側の透明感あるゼリーがぷるぷるしており、中にある果物の色鮮やかさが際立つ。
「これ、中の実は梅かなあ」
「そ、そうです! すごいですね」
「梅の実は好きなんだ」
「えっ、でも毒ですよ? あ、いえ、うちは特殊な製法でもちろんちゃんと食べられますが」
それは知っている。
でも、若い青梅を幾つも食べたらだめなのだ。たぶん、昔、食べるものもなく果物だと思ってたくさん食べてしまった人がいるのだろう。種を齧ったのかもしれない。若い実は特に毒性が強いのであたることもある。
前世でも青梅は食べてはいけないと言われていたものだ。
育ったものや、適切な処置を施せば、梅の実はとても美味しくなる。
この店も、処置した後に蜜漬けにしたようだ。
カスパルも気に入ったようなので幾つか購入した。
「梅は人数分、杏のもください。あとおすすめもあれば一緒に」
「は、はい!!」
どうやら苦戦していたのか、シウたちがまとめて購入したので売り子の女性はとても喜んでいた。
そして、誰かが買うと人が集まるの法則はここでも通用するらしく、シウたちの後には人が集まってきて気がつけば行列になっていた。
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