202 大人になっていく彼等
学校へ行くと、ちらほらと文化祭の名残があった。
昨夜のうちに片付けられなかったのか、騒ぎもあったので今期の生徒会は大変だろうなと同情する。
研究棟へ行くと、こちらも取り敢えず片付けただけという跡が残っていた。
古代遺跡研究科も、資料などが乱雑に置かれている。
ミルトがまだ来ていないのでどうしてだろうと全方位探索を強化してみた。
すると、疑似遺跡発掘体験コーナーのあたりにいることが分かった。昨日、緊急事態が発生したので後を任せると頼んでいたが、まだ片付けが終わってないのだ。
シウの担当でもあったから、すぐに駆け付けた。
結局午後の授業も、片付けに費やすことになった。
本来のクラスのみでなく、周辺からも声を掛けられてしまい、皆が総出でやることになったのだ。
夕方にはプルウィアに連れられて生徒会室へ行くことになるし、忙しい一日だった。
生徒会の用事のほとんどは文化祭の後始末で、残りは昨日の説明だ。
ただ、生徒会長のグルニカルは学院長から言い含められているらしく、突っ込んで質問してくることはなかった。
学校を出て屋敷に戻ると、リュカを含めてフェレスたちに歓迎されてしまった。
朝はあまり時間がなかったので話す暇がなかったのだ。
「ただいまー」
「シウ、おかえりなさい!!」
「にゃっ!」
「ぎゃぅん」
「きゅぃきゅぃっ」
大歓迎だ。シウが笑っていると、ロトスも出てきた。
「昨日はごめんね。大変だったでしょ」
「いんや。シウのが大変だろ。レーネもやな目に遭ってさあ。でも、王城の話いっぱいしてたし、意外と平気そうだったけどな~」
「うん、事件に巻き込まれたことよりも、その後の騒ぎの方が事件だったみたい」
「王城の話をしてるレーネ、興奮しまくり」
ロトスは頭の後ろで手を組んで、うはは、と笑いながら付いてきた。
その後をぞろぞろとフェレスたちも付いてくる。
リュカも一緒になって心配そうな顔をするので、安心させるように肩を叩いた。彼はにぱっと笑うと、アントレーネの部屋で待ってるね! と早足で行ってしまった。
「リュカのやつさー、昨日も気にしてたけど、今日も先生んとこから戻ってきてずっとレーネの傍を離れなかったからなあ」
「優しい子だよね。レーネのこと、気にしてるんだ」
「シウのこともなー。俺、朝はあいつが出かけるまでずーっとシウの話聞かされてたもん。大丈夫だと思うけど心配なんだってよ。今日一緒に寝てやったら?」
「大人になったから添い寝は要らないって言われてるんだけどな。あ、一緒にお風呂入ろっか。ロトスも入る?」
「……一応、俺、もうおとななんだぜい?」
「あはは。そうだよねえ」
見た目はもう完全に青年で、シウの身長を大きく越している。
今は細身のエルフ程度の体格だが、そのうちもう少ししっかりとした体付きになるのだろう。シウも早く追いつきたいものだ。
アントレーネの部屋へ寄ると、リュカが走り回る子供たちを集めながら、振り返って笑った。大変そうだが、子供が楽しげに走り回っているというのは平和な証拠だ。
「こっちは元気そうだね」
「うん。みんな、何も分かってないみたい。良かったね」
「お昼寝でも問題なかったのかな」
「スサさんは大丈夫だったって言ってたよ。今、おやつの用意で賄い室に行ってる」
シウが遅くなったので、今日のおやつはシウが作り溜めしている分か、デザート担当のリランが作ったものかだろう。
待っていると、アントレーネと共にスサがワゴンを押してやって来た。
「あら、シウ様、まだお着替えされてないんですか?」
「はーい。着替えてきます」
「こちらにご用意しておきますから、お早くお願いしますね」
というのも、子供たちが待っているからだ。
シウは笑って、近くの自室へと早足で急いだ。
アントレーネの部屋に集まっておやつを食べ終わると、話を聞いていたスサたちが溜息を吐いていた。
「魔法学校というのも大変でございますねえ」
「というか、貴族が多いから問題があるんだと思うよ。シーカーはやっぱり貴族出身者が多いもの。僕なんて庶民どころか冒険者だからね。上手くやれれば良かったんだろうけど」
「シウ、そういうの超苦手だもんなー」
とのロトスの言葉に、スサやサビーネは苦笑した。彼女たちは赤子三人のおやつを食べさせてくれたのだが、なかなか大変そうだった。
ブランカ同様、動き始めると赤子というのは手がかかるものだ。
「僕、ベニグド=ニーバリには目を付けられてるし、アマリアさんのことでは恨まれてるだろうからなー」
「やはり、アマリア姫のことで、でしょうか」
サビーネが蠢くマルガリタを抱え直しながら、不安そうに問う。
シウは、なるべくなんでもないことのように笑って、答えた。
「仕掛けてきたのはあっちなのにね。ヴィンセント殿下は、僕を狙ったと見せかけて、王族への喧嘩だーなんてハッキリ仰ってたけど」
実際、昨年のアマリアへの強引な結婚話などの始まりは、シウには全く関係のないことだった。
アマリアの祖父ヴィクストレム公とクストディア侯は代々続く犬猿の仲らしいが、それをまた引っ掻き回すような事件を起こしたのが、第三の勢力に連なるエメリヒ家だった。
エメリヒ家はベニグド=ニーバリの婚家となる予定であり、アマリアに嫉妬していたヒルデガルドを利用して、問題を大きくした。
そのきっかけは、ヴィンセントの実弟オリヴェルの乳母が愚痴ったことから始まった。それを耳にしたヒルデガルドが、妙な正義感を抱いてしまったのだ。
オリヴェルの結婚先を探していた乳母は、話をそれとなく持ちかけたアマリア付きの夫人から、見下されたと思い込んだ。その愚痴をヒルデガルドはまともに受け取って、「生意気なアマリアには
派閥のことなど、他国のヒルデガルドに教える者はいなかったのかもしれない。
エメリヒ夫人の手引きもあって、アマリアは追い込まれてしまった。
それをひっくり返したのが、シウである。
塞ぎ込むアマリアを連れて飛竜大会へ行き、そこでキリクに引き合わせたのだ。
キリクもまた話に乗ってくれ、互いに最低条件はクリアしたのだろうし、年上男の気遣いも相まって無事に婚約となった。
これに憤慨したのがクストディア派だ。
エメリヒ家、つまりニーバリ家は痛くも痒くもない。
二大派閥が争っている間に、第三勢力として伸し上がろうとしたのだろう。
他にも強力な貴族派閥はあるそうだが、とにかく権勢欲の強いらしいニーバリ家はあれこれと画策しているようだ。
つまり、これらのことで恥をかかされたと思ってシウを恨んでいるのは、クストディア派である。
ヴィクストレム公が目に入れても痛くないほど可愛がっていた孫娘を、まんまと掻っ攫われてしまったのも業腹。貴族内にあって、腹の探り合いや政治的な駆け引きで旨味があっての失敗ならまだしも、全く関係のないシウが出し抜いたのが気に入らないというのもあるだろう。
もちろん、彼等以外にも、シウはニーバリ家の次期当主ベニグドに目を付けられている。面と向かって話したことはないが、ヒルデガルドを使った嫌がらせなら何度か受けている。しかし今回のような、自分の手が汚れるようなちょっかいの掛け方は、ベニグドはしないはずだ。
「たぶん、クストディア派だと思うんだけどね」
「我が家のお付き合いも、どちらかと言えばヴィクストレム派が多うございますものね」
中道派とも付き合いはあるのだが、クストディア派はほぼ、ないそうだ。
パーティーへも直接喚ばれたことはなく、どこかのパーティーで顔を合わせるだけらしい。
「カスパルにも気をつけてもらわないと」
「そうでございますね。今一度、ロランド殿からも強く申し上げていただきましょう」
サビーネは心配そうにそう言った。
夜、遊戯室へ行くと、ロランドから小言のような懇願を聞いていたカスパルが恨めしげにシウを呼び付けた。
「まったく、君が要らぬことを言うから。サビーネからもずーっとお説教だよ」
「え、お説教だったの?」
「段々とお説教になるんだね。不思議なものだよ」
なんとなく分かる気がして、笑った。
「とにかく、若様。くれぐれも言葉尻に乗ってしまったり、どこかのお嬢様に引き込まれてはいけませんよ。分かっておりますね?」
「分かっているとも」
「どれほど魅力的なお相手でもですよ? なにしろ、若様など赤子の手をひねるようなものでございますからね」
「おや、そんなことを言うのかい?」
「そうですとも。若様、女性というのはですね、時にとんでもない演技を振る舞うものです。よろしいですか、たった一度の過ちで一生を苦難で過ごすことになるのでございます。くれぐれも身を引き締めてくださいませ」
「分かった分かった」
ひらひらと手を振ってロランドを追いやると、カスパルはソファに深く座ったままシウを見上げて、肩を竦めた。
「ロランドやサビーネの中では、僕はどうやら悪女に誑かされて骨抜きにされてしまうおとなしい青年らしいよ?」
「でも、分からないんじゃない?」
古今東西、女性にうつつを抜かして身を滅ぼした青年の話は、よくある。
彼等の肩を持つわけではないがついそんなことを言ったら、カスパルには珍しく、意地悪そうな顔付きで笑われた。
「僕がそれほどお子様だと思うかい?」
「……もしかして、ロランドさんに内緒でどこか行ったりしたの?」
「さてね」
煙に巻かれてしまった。
でも、ダンとルフィノら護衛数人がそっと目を逸らしたので、どうやら彼等も良い思いをしたらしい。それでロランドには黙っているようだ。
「悪党だね!」
シウが突っ込むと、何故かその場にいた皆に笑われてしまった。
何故なんだろうと思ったが、モイセスから、
「さあさ、子供は早く寝ることだ。昨日に引き続き今日も遅くなってちゃ、大きくなれないぞ」
と、追いやられたのだった。
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