201 王城でのやり取り




 そのままシュヴィークザームの部屋へ行く流れになっていたが、途中でジュストの従者アルフレッドがやって来て、ヴィンセントの執務室へ変更になった。

 執務室では第一秘書官でもあるジュストが待っており、ウゴリーノに別の指示を与えていた。

 アルフレッドもすぐ別の用件を言い付けられ、忙しそうだ。他にもたくさんの人が出入りしていて、シュヴィークザームがうんざり顔で勝手にソファへ座った。

「だからこの部屋は嫌なのだ」

「あ、うん」

「シウも座るが良い。ああ、おぬしもな」

「いえ、あたしはここで」

「うん? 座っても良い。我が言うのだ。ささ、座ってみよ」

 ジュストが冷たい視線をシュヴィークザームに向けている。どうも「また勝手なことを」と思っているらしい。彼がそうした顔を聖獣に向けるのは初めて見たから、少し笑ってしまった。

「えーと、レーネは僕の後ろで立ってて。分かった?」

「はい!」

「何故だ。疲れておるだろうに」

「彼女は僕の騎士なので。騎士は主の背後を守るものです」

「……ふむ。ならば、仕方ないか」

 部屋付きメイドが恭しく飲み物を出してくれ、それに口を付けたところでヴィンセントが戻ってきた。


 ヴィンセントはおおよそのことはすでに聞き及んでおり、しかも捕らえた二人への取り調べも不正があってはいけないと、力技で手の者を捻じ込んだらしい。

「シュヴィークザームはわたしの聖獣だから、当然だ」

 冷たい顔でそう言うと、顎でついっとシウ、そして後ろに立つアントレーネを指した。

「軽く事情を話せ。学院長とは後ほど会う。重ならない程度にしろ」

 初めて会う人間にそんな言い方はないと思うのだが、シウから何度も聞かされているせいか、アントレーネは動じることなく「軽く」説明した。

 客観的に、起こった通りのことを簡潔に話したので、ヴィンセントはおや? といった視線をアントレーネに向けた。

「なかなか分かりやすい。女の説明とは思えんな」

「レーネは元戦士ですから。士官だったんだよね?」

「はい」

「そうか、指揮官か。ならば冷静に判断することは可能か。今も、動じなかったな?」

「いえ」

 ヴィンセントが「女の説明」などと揶揄したのは、反応を見るためだったらしい。

「お前が歯向かわなかったのは、良い判断だ。シュヴィークザームやオリヴェルにも飛び火しなかったからな。主であるシウを守ったことにもなる」

「はい」

 シウからは見えなかったが、アントレーネが嬉しそうに応えたのは分かった。

 ヴィンセントの目も少し和らいだ。

 しかし、すぐに厳しくなった。

「お前たちはこれがシウ個人への宣戦布告と捉えたかもしれんが、これはシュヴィークザーム、ひいてはわたし、王族への挑戦だ。貴族の仕返しに巻き込んでいいと思ったか、甘く見られたものだ」

 シュヴィークザームやオリヴェルを利用されたことに、どうやらかなり怒っているようだ。

 シウが思う以上に、犯人たちは王族の逆鱗に触れた。

「これがシウ本人の問題だけであったら、わたしも見逃したがな。オリヴェルのような弱い者のいる前で、ましてや聖獣の王を利用しシウへの意趣返しをした者を、許しはせん」

 だから、シウにも、今後どのようなことになろうとも気にするなと言っているのだ。

 シウは黙って頷いた。



 その後、ベルナルドもやって来るというのでヴィンセントは忙しく出ていき、シウはシュヴィークザームに拉致されて彼の部屋へ向かった。

 通信で連絡しているし感覚転移で視てもいるが、ロトスたちのことが心配だ。

 けれど、シュヴィークザームもせっかくのお出かけを途中で邪魔されたことで腹立たしくもあるだろうしと、労うことにした。

 部屋には流れでオリヴェルも一緒に来ていたから、皆で晩ご飯を食べようという話になった。

「ご用意を致しますのに――」

 カレンがおろおろする中、シウは自重せずにあれこれとテーブルに取り出した。

 部屋にはオリヴェルの従者や護衛も入っているし、今日のシュヴィークザーム当番の騎士もいた。だから彼等の分まで、だ。

 でないとアントレーネは立場上、ここで食べることができない。

「今日は文化祭で楽しむことができなかったでしょう? だから、ここでパーっとやっちゃおう」

「おお、それは良い。さすがはシウだ。カレン、おぬしも座ると良い」

「いえ、わたくしは給仕を」

「ふむう」

「その後で、またいつものようにご一緒させていただきますから」

 ならば分かったと頷き、シュヴィークザームはまだ固まったままのオリヴェルの従者たちを手招いた。

「ほれ、座らぬか。さっさと来い。今日はな、無礼講だ。分かったな?」

 オリヴェルが苦笑して、皆に頷いた。すると一人、また一人と近付いてきて、用意された長テーブルに座っていく。従者の一人はカレンを手伝ってさっと用意をするし、シュヴィークザーム付きの近衛騎士らは最近ご相伴に預かることも多いとかで手際よくセットしていた。


 シュヴィークザームが楽しみにしていたであろう、食堂のメニューを片っ端から取り出し、魔獣魔物生態研究科で出していたランチも用意する。

 ジャンク感のあるジャガイモのフライも、だ。

 各自が好きなように取っていくスタイルは、立食パーティーと同じだからか、そのうち皆慣れてきて楽しそうに食べていた。

 オリヴェルも自分の周りの騎士たちだけでなく、シュヴィークザーム付きの騎士に声を掛けたり、もちろんシュヴィークザーム自身とも気軽に話していた。

 カレンはシュヴィークザームの世話をしながら、器用に食べている。もう慣れたものだ。

「シウ様、なんだかこういうのは良いですね」

「うん」

「あたし、今日はびっくりすることばかりで、頭の中がおかしいよ」

「レーネには苦労かけちゃったね」

 シウが巻き込んだのだ。謝るべきはやっぱりシウである。でも、それは口にしなかった。アントレーネも、ふふっと小さく笑って、尻尾を振った。

「いえ。結局、身になったから」

「そう?」

「だって。こんな体験、そうはないよ。世界最高峰の魔法学院のお祭りに行って、楽しんでいたら剣を向けられて。なのに主は格好良く跳ね除けてしまった。それに聖獣の王には我が子を抱いてもらってさ。ああ、王子様にも会ったね。未来の王様にも声を掛けてもらった。こんな立派な王城へも入ってきた。近衛騎士がたくさんいる中で、一緒になって豪華な部屋で晩ご飯を食べる。こんなこと、普通ないよ?」

「あはは。そうだね」

「あたしは、本当に良い主に拾ってもらえた。だから、苦労なんてひとつも感じてない。主なんだから、そこは信頼してほしいね」

 シウの台詞を返してきたらしい。

 笑って頷くと、聞いていたらしい近衛騎士の一人が肩を組んできた。

「いいなあ、いいぞ。俺はそういうの、好きだ。お前は良い奴だし、奴隷の女も本当に主思いだ。俺は応援するぞ」

「あ、うん、はい。え?」

「あー、悪いな、シウ殿。こいつ、こういう主従モノに弱いんだ」

 同僚が代わりに謝ってくれたが、肩を組んできた騎士は涙ぐんだまま離してくれない。

 酔っ払っているのかしら。

 テーブルにはお酒はない。となると熱血漢というか、入り込みやすい人なのだろう。

 最近はシュヴィークザーム付きの近衛騎士たちからも親切にされていたが、これほどまでとは思っていなかった。

 結局、人と人というのは、付き合ってこそなのかもしれない。

 最初は胡散臭げに見られていたシウだが、今はこうして同じテーブルで食事ができるようになったのだから。




 馬車で送ってもらってブラード家に帰り着いたのは、もう夜も遅い時間だった。

 カスパルだけでなく、大人組全員が待っていてくれた。

 早番の者もいるのにと思って、無事なことを告げたらすぐに寝るよう促した。

 カスパルは遅くまで起きているので構わない。

「大変だったね。もう、休むかい?」

「カスパルが良ければ、報告しておこうかな」

「じゃあ、部屋へ行こう。ロランド、君も一緒に来てくれるか」

「はい」

「他の者はもう下がっていいから。ほら、シウも言っているだろう? 彼が気にするんだから、もう寝なさい。ああ、スサは最後にリュカたちを見てきてくれるかい?」

「承知しました」

 そう言って全員を下がらせた。

 フェレスたち三頭はロトスが寝かしつけてくれたようだ。彼もさっき、眠そうな顔で出てきたので戻らせた。

 赤子はメイドたちが背負っていたが、全員何の憂いもなくすやすやと寝ていたのでホッとする。アントレーネも赤子三人を撫でてから、カスパルの部屋へ一緒に向かった。


 カスパルにも通信で事情を説明していたので、彼には王城であった出来事だけを告げた。ヴィンセントが怒っていたことなどを中心に。

 すると、珍しく声を上げて笑った。

「いやあ、これでラトリシアの陰険な貴族共のひとつが潰れるのかと思うと、僕もすっきりするよ」

「あ、うん」

「あー、面白かった。さあ、子供はもう寝る時間だ。女性もね?」

 まだ笑いが止まらない様子で、シウとアントレーネはカスパルの部屋から追い出されてしまった。

 ドアを閉める前にロランドの窘める声が聞こえてきた。

「坊ちゃま。下品でございますよ、いい加減になさいませ」

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