200 話し合いと護衛がてらの帰路




 衛兵はオリヴェルの命令により、犯人の捕縛に向かった。シウが通信魔法で指示したので、早いものだった。

 結局、青年は学校を出る前に捕まった。


 生産科のブースで騒いだだけということと、素早く事件が収束したこともあって、他の生徒や一般市民に騒ぎは広がらなかった。

 衛兵も気をつけていたし、文化祭では羽目を外して騒ぐ一般の人も多かったのだ。だから、捕り物を見ても「またか」という気持ちで見ていた生徒もいたらしい。


 せっかくの文化祭だから、関係のない人たちには最後まで楽しんでもらいたい。シウはホッとして、衛兵や生産科にいた人たちにお礼を言った。




 シウたちは学院長室で話し合うことになった。

 その場にいたシュヴィークザームやオリヴェルはもちろん、アントレーネもだ。

 ロトスは合流したスサたちと共に帰ってもらった。赤子も連れて帰っている。こんなところに長く留めておくわけにはいかない。

「レーネ、落ち込まないで。悪いのは相手で、レーネは巻き込まれただけなんだから」

「でも、シウ様。あいつらはあたしのことを名指ししていたんだ」

「違うってば。もう。さっきは僕を信頼して動かなかったくせに!」

「ふはは。頑固なおなごよの。何、おぬしは本当に利用されたまでのこと。気にするでない」

 シュヴィークザームが優しく宥めてくれた。アントレーネも尊敬する聖獣の王に諭されては、それ以上言えなかったようだ。おとなしく、はいと頷いていた。

「本当に申し訳ないことをしました。一般の方への暴挙を許すなどと――」

 学院長のベルナルド=シベリウスが眉を下げて謝る。真摯な態度だ。

 カスパルいわく、彼は若いがしっかりとした考えを持っており、信頼できる相手らしい。何度か根回しの時に話をしたと、聞いたことがある。

「どうか、ご自分が悪いなどとお考えになりませんよう。平等と謳っているこの学院内で、差別的な発言を許すばかりか暴虐に出られるとは。聖獣様の御前を穢すことにもなりましたでしょう。誠に申し訳ございません」

「我のことは構わぬ。このおなごに怪我がなくて良かったわ。赤子にもな」

「はい。本当に」

「おぬし、シウに感謝するのだぞ」

 シュヴィークザームが偉そうにベルナルドへ言う。しかし、ベルナルドは気にするでなく神妙に頷いた。

「はい。シウ=アクィラ殿、君が凶行を未然に防いだこと、心から感謝する。君のような生徒がいたことを誇りに思うよ。本当にありがとう」

「あ、いえ――」

 正直これほど真摯に応じてくれるとは思っていなかったが、考えてみればシュヴィークザームがいるのだから当然か、と納得する。

 もし防げなかったら、大事件もいいところだ。

 シュヴィークザームを守る近衛騎士だって問題にされるだろうし、もちろん王族のオリヴェルにだって波及する。

 ましてや無実の罪で殺された市民がいるというのは。

 そこまで考えて、だから狙われたのはアントレーネだったのかと思う。

 午前中に揉めたのも、そのせいかもしれない。

「彼女が奴隷だから、利用されたのかも」

 シウがポツンと呟くと、アントレーネは分かっていたとばかりに頷いた。

「……そうかも、しれません」

 ベルナルドが言いづらそうに答える。彼も同じ考えなのだ。

「もし実行されていたとしても、最終的には奴隷が相手なら有耶無耶にされていたことでしょう。計画的な犯行だと思います。ここだけの話ですがね」

「学院長、では、これはシュヴィークザーム様のことも巻き込んだ上での?」

 オリヴェルが蒼白になって問いかけると、ベルナルドは静かに頷いた。

「お話を聞いている限り、また最近の貴族社会での話からも、まず間違いなくシウ殿を貶めるために狙ったものでしょう。聖獣様と仲が良いことも知れ渡っていますから、同時に問題を起こせると画策した者がいるはずです」

 彼は、頭を振って、大きな溜息を吐いた。

「こうしたことは、度々起こるんです。……貴族間での刃傷沙汰が。わざわざ表立って起こすんです。今回も似たようなものですね。世間に知らしめるためだけに、わざと目立つ場所で問題を起こす。全く腹立たしい」

 ラトリシアの貴族社会にはどろどろしたものがあるようだ。

 でもシウにもシュヴィークザームにもそんなものは関係ない。

 ふたり顔を見合わせて、肩を竦めたのだった。


 学院の衛兵が、連絡を受けてやって来た憲兵に青年と騎士を引き渡したのは、文化祭が終わってからのことだった。

 万が一、襲撃など受けて肝心の犯人を取り逃がしてはいけないということで、オリヴェルの護衛騎士から一人、ベルナルドの騎士から二人が共に向かった。

 シュヴィークザームが自分のところの近衛騎士も一人行けと命じていたが、頑として断られていた。

 これでもし、帰路に襲撃があったら首が飛ぶどころの話ではない。

 シウも心配なので――心配なのはオリヴェルのことだが――王城まで護衛がてらついて行くことにした。

 アントレーネはブラード家へ置いていこうかとも思ったのだが、もしかしたら呼び出されるかもしれないとベルナルドに助言されたので、一緒に馬車へ乗った。



 奴隷という立場であることを不安視していたアントレーネは、何事もなく馬車が門を通過したことで気が抜けていた。

「中を確認しないのか……」

「だよねー。やっぱり御者台に近衛騎士が座ってるからかな。顔が許可証」

「ふっ、そうか」

 ようやく笑ったので、シウもホッとした。アントレーネが一番落ち込んでいるので、可哀想だったのだ。文化祭が途中までしか見られなかったことで、シウやロトスに悪いと言ったり、奴隷が来てはいけなかったと反省したり。

 でも、それを言うなら巻き込んだのはシウだ。

 来てもいいよと言ったのもシウだ。

 ならば、全てシウの責任である。

 シウの騎士になったのだから、もっと信頼してほしいと頼んだら、彼女はようよう顔を上げたほどだった。

「でも、どうやって偶然を狙ったんだろう。直前までそんな殺気めいたものはなかったよ」

「ちゃんとシュヴィやオリヴェルがいるって分かる魔法があるのかも」

「あるのかい?」

「なかったけど」

 喋っていたら、オリヴェルが苦笑した。

「君たち、緊張感がないよね」

「シウと付き合っていると、その仲間も同じようになるのだろう。オリヴェルよ、おぬしも気を付けるのだぞ?」

「あ、はい」

「その僕と付き合っているのはどこの聖獣様でしょうかー」

 冗談を言っているうちに、馬車は内宮へと到着した。


 すでに連絡が入っていたらしく、物々しい数の騎士たちが集まっている。

 そんな中を、なんだかどこかの偉いお坊さんのように手を鷹揚に振りながら、シュヴィークザームが階段を降りていく。

 思わずブッと吹き出してしまった。

 釣られてオリヴェルも笑ってしまい、シウを肘で突いてきた。

「どうした?」

 シュヴィークザームが振り返る。

「ううん、なんでもない」

 素直なシュヴィークザームはそうかと頷いて、迎えに来ていた騎士たちにごくろうと声を掛けていた。

 オリヴェルには、ヴィンセントの秘書官ウゴリーノが駆け付けた。

「ご無事で何よりです。お怪我はないとのことですが――」

「問題ないです。兄上は?」

 とは、ヴィンセントの機嫌はどうかというような意味合いだ。シウにも分かったが、もちろんウゴリーノにも伝わったらしい。彼は苦笑して、ひとつ頷いた。

「今は、落ち着いておられます」

「そうですか」

 つまり、事件の一報を聞いた当初はオカンムリになったというわけだ。

 シウが関わっていることも問題あるのかもしれない。

「とりあえず、見送ったから帰るね」

 怖いので逃げようと思って声を掛けたら、ウゴリーノに高速で首を横に振られた。

 シュヴィークザームも聞こえていたらしく、むっとむくれ顔で振り返った。

「ここまで来たのだから、部屋へ寄っていけば良いではないか」

「いや、遊びに来たんじゃないんだけど」

「分かっておるわ、それぐらい」

「とにかく、シウ殿もこちらへ。ああ、従者、いや騎士の者かな? あなたもどうぞ」

 ウゴリーノはアントレーネが奴隷かもしれないというのは首輪を見て気付いただろうが、賢く口には出さなかった。

 事件の当人であることは報せを聞いて知っていただろうし、特例だからか、王城へと招き入れてくれた。

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