199 出会った人たち
午後になると、避けようがなくなったので、とうとうシュヴィークザームと顔を合わせることになった。
彼も今朝からずっとシーカーに遊びに来ていた。
今回はひとりで勝手に「来ちゃった」ということもなく、オリヴェルと一緒に来ている。
かち合わないようにしていたが、アントレーネとロトスの希望が生産科だったため、会ってしまった。
「シウではないか」
「こんにちはー」
「うむ。それに、ロト、ではなかった、初めて会う者たちだな?」
シウが睨んだので間に合ったが、シュヴィークザームは本当にハラハラさせてくれる。幸いにして彼が言い間違えたことに気付いた者は誰一人いなかった。
「こちらは僕の仲間でアントレーネ、そしてその子供たちのガリファロ、カティフェス、マルガリタです。こっちがロトス。冒険者です」
「うむ。そうかそうか。おお、これまたかわゆい子たちだ。どれ、我が抱いてやろう」
手を伸ばすので、仕方なくカティフェスを渡した。
アントレーネは畏れ多いという態度で震えていたが、止めることはなかった。
「おお、おお、なんとまあしっかりした顔をしておる。どうした、喋らぬか?」
「まんま!」
(いや、それ、食べ物じゃないから)
ロトスのツッコミに笑いそうになってしまった。
「オリヴェルよ、よく見るがいい。おぬしも小さい頃はこんなにかわゆかったのだぞ」
「はい」
周りの人は「えっ?」という顔をしていたが、誰も聖獣ポエニクス相手に反論など口にしなかった。
「ほれ、シウよ。次の子はどんなだ」
「はいはい」
適当に返事をして、ロトスを促すと、彼は初めて会う聖獣様への態度でマルガリタを渡した。カティフェスはシウが受け取っている。
「あばー。あばっ。あぅぅ!!」
「おお、そうかそうか」
「……シュヴィ、赤ちゃんの言葉が分かるの?」
もしかしてと期待して聞いてみたのだが。
「分かるわけ、なかろう」
「あ、そう」
そうだよねー、と苦笑した。クロやブランカの赤子時代も、何を言っているのか分からんと言っていたシュヴィークザームだ。
人間の赤子の言葉が分かったら、びっくりである。
「おぬしも賢そうな顔をしておる。元気な子になるであろうな。よしよし。では――」
次の子をと視線を向けたので、マルガリタはロトスが引き取り、アントレーネがガリファロを渡そうとした。
そこで問題が起こった。
教室へ入ってきたばかりの貴族風青年が声を上げたのだ。
「なっ、聖獣様相手に何をしている!! 痴れ者めっ!! フィックス、行け!」
走り込んできたのは、彼の騎士のようだった。青年は続けざまに叫んだ。
「蛮族め! そいつを斬り殺せっ!!」
穏やかでない言葉に、オリヴェルの護衛たちが粟立った。一斉にオリヴェルを守護する形となり、シュヴィークザームには付き従っていた近衛騎士らが立ち塞がった。
彼等を避けるように走り込んできたフィックスとやらは、最初から言い含められていたのかもしれない。真っ直ぐにアントレーネを狙っていたのだから。
もちろん、斬り殺させたりはしない。
アントレーネは帯剣しておらず、手にはガリファロがいる。
しかし、慌てず、身動ぎもせずにジッと立っていた。彼女はシウの立場を分かっているし、この場合、何もせずともシウが動くと分かっているのだ。
「うおおぉぉぉっ!!」
男が大声で剣を振り抜く前に、シウが走り込んで旋棍警棒を使って抑え込んだ。
警棒部分を滑らせるようにしてガードへ当てると、くるっと回転させて外側へ跳ね飛ばすように動かした。そのままだと本当に跳ね飛んでしまうため、更に回す。相手は剣を持てずに持ち手を離してしまった。そして警棒の先でクルリと回してガードを跳ね飛ばすと、こちらへ飛んでくるように調整した。
剣は縦回転で飛んで、シウの手に収まった。
この間、アントレーネは一歩も動かず、静かに赤子を抱いたまま立っていた。
ロトスは最初に少しだけ動いたものの、シウの念話によりマルガリタを変な格好で抱えたまま止まっている。
そう、皆、時が止まったかのように静かだった。
最初に口を開いたのは聖獣の王だった。
「なんたることを! 誰がこのような無体を行った!!」
シュヴィークザームの激怒する姿は初めて見た。
シウももちろん怒っているが、シュヴィークザームに先を越されたせいか呆気にとられてしまった。
「そこの騎士、いや騎士とも呼べぬな、そこな痴れ者よ。主の名を呼べ!」
その主はシウの脳内マップピンを付けたまま逃走中である。
失敗したと判明してすぐ翻ったのはすごい。
しかしながら、シウが逃がすはずもない。脳内マップにはピンを付けたままの青年がよたよたと動く様子が見て取れた。感覚転移でも青年の逃げる姿は視えている。
「……わ、わたくしめは、聖獣様が襲われていると言われて――」
「その割にはお前自身が見えていたかのような動きであったが? ましてや、斬り殺して良い道理はない」
「で、ですがっ」
「聖獣の王が、劣るというか」
「は?」
「聖獣の王である我が、たかが人間に、襲われると思うてか?」
「……そ、それは」
「誰ぞ、学院の長を呼んでまいれ。衛兵もな。それとオリヴェルよ。我の問いに答えよ」
「はっ」
オリヴェルはすぐさま護衛たちの合間を縫ってシュヴィークザームの下に跪いた。
「我は、この学院内で抜剣して良いとは聞いたことが無い。授業の一環でなら、生徒が剣を扱うこともあろう。だが、たかが騎士、護衛の者どもが抜剣し、かつ何の咎めもない者を『斬り殺して良い』とは知らなんだ。いつ、そのような規則になったのか」
オリヴェルが、神妙な顔をして答える。
凛とした、よく通る声で。
「聖獣の王シュヴィークザーム様。規則は変わりなく、抜剣は許されておりません」
「そうか」
「よろしければ、わたしにこの場を取り仕切ることをお命じください」
「うむ」
どうも、こういう場合は王族に任せるのが筋らしい。王族がいなければ、それなりの地位にある人間かもしれないが。
とにかく、学院の生徒でもあるオリヴェルが立ち上がり、周囲の者を見回した。
「皆様方もよくご覧になられたであろう。正義がどちらにあったのか。わたしは問いたい。これがシーカー学院で行われて良いことなのかどうか。ラトリシア国としてあるべき姿なのかと」
シンとした中、一人が勇気を出して手を挙げた。
「殿下、僕は獣人族の彼女が聖獣様へ悪いことをしたようには全く見えませんでした」
「わ、わたしもです!」
「わたしも見ておりました。決して悪意があるように見えませんでした」
「そ、それに、たとえ何かしでかそうとしたとしても、あのように一方的な断罪は有り得ません!」
「もし犯罪者だとしても、捕らえるべきでした」
「そうです。聖獣様には近衛騎士もいらっしゃるのです」
「なによりもポエニクス様はお強いのですから」
オリヴェルが断言せずに問うたのは、後から王族がゴリ押ししたと言われないための措置だったのだと思う。オリヴェルは微妙な立場なので、念のために演技がかったことをしたのだろう。
誘導された感はあるけれど、おおむね、オリヴェルやシュヴィークザームの思うように話は進んだ。
シュヴィークザームがこちらを向いた。
「さて、シウよ。おぬしのことだ、この痴れ者の主の居所は追跡しておるな?」
「もちろん」
シウがあっさり答えると、その場に座り込んでしまった「フィックス」と呼ばれた騎士が、体をビクリと震わせた。
「名前も分かるよ」
とは小声で告げた。
騎士は恐れ慄いた様子でシウを見上げ、目を見開いて怯えた。
シウの言葉が真実であると、目を見て気付いたのかもしれない。
どのみち彼は自分が捨て駒になることが分かっていたのだろう。
一瞬悩む素振りを見せてから、妙な動きをしたのですぐ魔法で拘束した。次いで、鑑定していたので奥歯に仕込まれていた毒も解除する。精神魔法は掛けられていなかったので、脅されでもしたのか。
「死のうとしても無駄だよ。もう、体内の毒素は除去したし、舌を噛もうとしてもできない」
「なっ」
驚いたのは周囲にいた人々で、毒が巻き散らかされるとでも思ったのか後退っていた。
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