195 古代遺跡研究科の文化祭は




 お兄ちゃんたちもしっかりしないとダメだよ、と注意されて、シウとロトスは素直に「はい」と頷いた。

 一番年上の男の子は、

「おい、リュカの尊敬する人になんてこと言うんだよ」

 などと注意していたが、女の子は全く気にせず大人っぽい仕草で頭を振った。

「冒険者やってるんだよ? 安定しない職業についてる人なんだからね? リュカ君の恩人かもしれないけど、職業は考えた方がいいと思う」

「あ、うん」

 思わず頷いてしまったシウである。


 しっかりしてるなあと思っていたが、リュカがこっそり教えてくれた。

 彼女の亡くなった父親は冒険者だったようだ。

 無理をして仕事を請け、死んでしまった。残された妻は子供たちを育てるために慣れない仕事をし、体を壊したとか。

 そんな時にほぼ無償で薬を与えてくれた今の師匠に感激し、彼女は薬師を目指すと決めたようだ。

 母親も回復して、少しずつ師匠に薬代を返している。

「師匠ね、僕等みたいな見習いの子供からは謝礼金を取らないんだよ」

「そうらしいね」

 だから、ブラード家からは、寄付として薬師ギルドを通して払っている。

「お金のない子供から受け取れるか! って怒ってたの」

「そうなんだ」

「大きなお弟子さんたちは、給金から差し引いてるんだって。僕等はお手伝いで、その代わりをするんだよ」

「……良いお師匠さんだよね」

「うんっ」

 横ではロトスが、

(ええ話や……)

 と、何故か湿った声の関西弁で伝えてきた。



 彼等と最初に行ったのは、校舎と庭が繋がる場所で、リュカが昨年楽しんだ「疑似遺跡発掘体験コーナー」である。

 とても楽しかったのでお友達を案内したかったらしい。

 連れて行くと、去年に引き続きお客さんが来ていた。

 あらかじめ整理券を取っていたので、子供たちはすぐ参加できる。

 遊んでおいでと皆を送り出すと、ロトスもついて行ってしまった。

 そうだった。穴掘りは彼の好きな遊びでもある。

 苦笑して見送り、シウは監視当番のミルトとクラフトに近付いた。

「よー。今日は当番ないのか?」

「夕方に戦術戦士科で当番あるけど、それまでは空いてる」

「あれ? 魔獣魔物生態研究は?」

「あっちは準備と片付けを請け負ったから、他はいいって言ってもらった」

「そうか」

「ここ、忙しい?」

 疑似遺跡発掘体験コーナーの当番も、シウは免除されている。こちらも準備のほとんどをシウが担当したし、片付けもシウの役目となっているためか皆が免除してくれたのだ。

 もっとも。

「ぼちぼちだな。これぐらいが気楽でいいよ。な、クラフト」

「ああ。交代で休憩できるし、見て回りたいとも思えないし」

 以前から思っていたが、どうもこの二人は引きこもり体質のような気がする。

 いや、研究科の人間のほとんどが、そんな感じだ。

 あまり見て回ろうという気概が見て取れない。

 自分たちの発表ブースで、のんびり待っているのだ。

 それもまた文化祭なのだろうが。

「リオラルが来たら、別の当番があるし、それまで気楽にやってるよ」

「リオラルは一人当番だっけ」

「そうだけど、フロランのところから護衛が助っ人で来てくれるから」

「いいのかな」

「どうせ隣の教室だし。アルベリク先生のところの護衛もいるから問題ないだろ」

 ミルトがそう言うと、クラフトが笑った。

「ビルゴット先生にも当番に来てくれって言ってるから、明日はもっと楽だ」

「……お世話になった前の先生に、すごいこと言うね」

「生徒を捨てていった先生だぜー。いいんだよ」

 シウには分からない何かが、彼等の間であったのだろうか。

 気安い様子なので、ビルゴットもアルベリクと同じようなタイプだったのかもしれない。そう、お友達先生のようなアルベリクと。


 そのアルベリクは、今年もフロランと共に疑似遺跡発掘体験コーナーのすぐ近くにある教室で遺跡についての研究成果を展示して、お客さんを待っていた。

 顔を覗かせると、とてもがっくりされたので、あまり来ていないようだ。

「お疲れ様です」

「いや、全然疲れてないんだけどね!」

「あ、そうですよね」

「嫌味だ……」

 そんなつもりはなかったのだが、そうかもしれない。

 シウは曖昧に笑って、部屋を見回した。

「今回は遺跡物は持ってこなかったんですね」

 昨年は、展示予定のないものを勝手に持ってきてミルトと散々揉めていたのだが、今年は諦めたのか。

「去年のことがミルトから実行委員の女の子にばれたらしくて。予定にないものを展示するのは禁止だって怒られたんだ」

「あ、なるほど」

「朝から、ものすごくガミガミ怒られてね。僕は仮にも教授だよ?」

 自分で仮にもと言ってしまった。

 というか、持ってきていたのか。

 シウが苦笑しながら聞いていると、アルベリクは悲しげに俯いた。

「あと、品のない遺跡物は展示しないようにと……」

「品のない?」

「再オークションで頑張って落札したのに」

「オークション?」

「うん。サタフェス時代の、拘束具」

 あ、幾つか間違えて流れてしまったのか。

 シウは脳内に思い浮かべながら、どれのことだろうと探していく。しかし、思い当たるものがない。

 どれのことだろうなと考えていたら、シウの頭の中を読んだわけではないだろうが、アルベリクが教えてくれた。

「こういうやつ。珍しいんだよ、これ。古代帝国のものは絵でしか残ってなくて、現存するのはサタフェス時代ぐらいなんだ」

 さらさらっと絵に描いてくれたので、ようやく何か分かった。

「……鉄甲だと思ってた」

「え?」

「あ、それ、鉄甲じゃないんですね」

「ああ、うん。これね、指に嵌めて拘束するんだけど、ここに繋ぐ場所があるでしょ? ここから鎖が繋がれていたはずなんだ。実物は切れていたから、たぶん、誰かが壊したんだろうね」

 それで、シウはただの武器だと勘違いしたのか。

 しかし、アルベリクはよく拘束具だと気付いたものだ。

 シウの視線に問いが含まれていたのを感じたのか、アルベリクが少し浮上して話し始めた。

「こう、後ろ手に嵌めてね。で、鎖はこれぐらいの長さね。で、ここに繋がってー」

 図解を示してくれるのだが、シウは段々と瞼が半分に落ちていくのを感じた。

 いわゆる、白い目でアルベリクを見る形となった。

 本人も気付いて、あっ! と声を上げた後、焦って紙を丸めてしまった。

「そっ、そうだよね、子供にね! こういうのは見せちゃいけないんだった!! またあの女の子に怒られるね!! あはは!!」

「……その持参した遺跡物はどこに?」

「ぼっ、没収、された……」

「え?」

「僕の作った傑作の資料集と共に、持って行かれちゃったんだ」

「それはまた」

「文化祭が終わったら返してくれるそうだけど、生徒会で問題にするとか言っていたから……」

 またしょんぼり落ち込んでしまった。

 でも、怒られてください、としか言えない。

 未成年も見に来る文化祭で、少々やり過ぎである。いくら落札できて嬉しかったとはいえ、よくもまあ展示しようと思ったものだ。

 そういうのは老人ばかりがいる学会などでやってほしい。

 シウも軽くお説教をして、教室を後にした。

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