193 ロトスの初めてのお出かけ




 草枯れの月になり、学校は益々慌ただしくなった。

 シウもクラスの文化祭準備に奔走した。

 ほぼ昨年と同じ内容だったが、戦術戦士科だけはレイナルドが暴走しがちで、生徒全員で止める羽目になった。

 新しく入ってくる生徒がなかなかいないので、これを機会にと張り切っているのだ。

 来年はレオンが入学してくる予定なので、彼をぜひとも引っ張ってこようと思う。決して、人身御供にするわけではない。


 この週は、授業のない日も学校へ行って朝から晩まで過ごした。

 空いた時間にはプルウィアに引っ張られて生徒会の実行委員の仕事も手伝ったし、なかなかハードだった。


 そして迎えた週末、いよいよ文化祭だ。

 ロトスがとても楽しみにしていたので、彼を連れてくることが一番、そしてアントレーネやブラード家の面々も交代でやってくることになっている。

 シュヴィークザームには来たいのならオリヴェルと共に来るよう言い渡した。

 昨年のようにひとりで飛んでこられても困る。

 同じ大騒ぎでも、予定にあるのとないのでは生徒会の大変さも違うのだ。

 とはいえ、プルウィアを通して生徒会長のグルニカルに報告すると、白目になっていたらしい。

 もうこれ以上の心痛の種は要らないと、息も絶え絶えのようだった。


 しかし、実行委員をやっていないと当日は気楽なものだ。

 クラスの当番だけこなせば、後は自由に過ごせる。

 初日も、朝一番に生産科の受付を担当したら、昼まで時間が空くので早速学校の門前まで迎えに行った。

「ロトス、大丈夫だった?」

「いや、迷う距離じゃないし」

 徒歩数分のところにブラード家別邸はあるので、馬車よりもずっと早く簡単に着く。

 シュヴィークザームが言うには、ロトスは聖獣としては順調に魔法も使いこなしているし問題ないというが、シウから見るとどうにも不安だった。

 もちろん、深窓の令嬢のような扱いはすまいと心に決めている。

 シウの心配性が伝わるせいか、ロトスも遊びに出ることはなく、今日が初の「ひとり」お出かけだ。

「あー、でも、こんだけ人が多いとやっぱ緊張するかも」

 これまでシウと一緒に出かけた時も、ギルドなどしか寄ったことがないし、ロワル王都も今ほど騒がしくはないだろう。

 とにかく、門前はすごい人でいっぱいだった。

 昨年の話があちこちに広まって、より多くの人が来ているのだ。

 これは警備も大変だなと、今回の委員会に同情した。


 ロトスは、まずはシウの学校での様子が知りたいと、パンフレット片手に進む。

 今年は印刷物も使って大掛かりにしているが、このパンフレットも大変便利だった。中には紙が勿体無いという意見もあったようだが、安く利用できるアルンド紙が出回ってきたことで可能となった。

 印刷業界も住み分けが進み、複写魔法の持ち主はより価値のあるものに特化して進んだことでブラック企業さながらの働き方はなくなったようだ。

 もちろん、その代わりに印刷物はまだまだ前世の日本のようにとはいかない代物だ。

 霞んだりずれたりしている部分もある。

「なあ、これ、どういう意味?」

「あ、それ誤印刷だね。しかも二階と三階が擦れてて見えないのか。あ、ちょうど良いや。プルウィア!」

 生徒会と委員会の腕章を付けたプルウィアを発見し、呼んだ。

「ここ、誤印刷があったよ。他にもずれたのを持っている人がいるかも。誰か急いで対応した方がいいと思う」

「やだ、本当だわ。見逃しちゃってた」

「どれどれ?」

 タハヴォも身を乗り出してきてパンフレットを見る。

「うわ、これヴラスタの担当じゃないか。って、あ、あー、その、あいつもさ、ほら、忙しかったし――」

 突然庇いだしたのは、プルウィアが怒ると思ってのことだろう。

 しかし、彼女は肩を竦めて苦笑しただけだった。

「分かってるわよ。皆、忙しかったし。それより、そんなに怯えなくてもいいじゃない。タハヴォ先輩?」

「や、やめてくれえ。君に先輩呼びされたら身の置き所がないよ」

 タハヴォは眉をへにょりと下げて、一歩二歩と後退った。

 プルウィアの恐怖政治は続いているのだろうか。去年の張り切っていた彼女を思い出して、シウは笑った。

 すると、横でロトスがツンツン服を引っ張ってきた。

「何?」

(紹介してくれ!)

「え、ああ、うん」

 ロトスは目をキラキラさせて、プルウィアを見ていた。


 プルウィアは自分を見つめる男性の視線には寛容で、というか慣れきっていて、ロトスの存在も全く気にしていなかった。

 シウが紹介して初めて、連れだと認識したぐらいだ。

「あら、シウの友達なんだ」

「うん。こちら、ロトス。ククールスともパーティーを組んだことがあるよ」

「……彼と?」

「ていうか、僕等がククールスと」

「ふうん。仲が良いのね」

 上から下への視線には値踏みも含まれていたようだが、ロトスは一切気にならないようだった。

 にこにこと爽やかな笑顔で、いわゆる彼いわく「キメ顔」で挨拶した。

「初めまして。ロトスと申します」

「……プルウィア=ノウェムよ。よろしく。ククールスと組んでいる割には礼儀正しいのね。シウの友人だからかしら」

 彼女にとってククールスはやっぱり「礼儀正しくない」ようだ。

 いまだに信用してもらっていない。

 彼も根は良い青年なのだが、言動が冒険者風なので潔癖な女性からすれば苦手扱いされるのだろう。

「あ、そろそろ行くわ。誰か案内に立ってもらって、その間に看板でも作るわね。ありがとう、シウ」

「うん。頑張って」

 足早に去っていくプルウィアたちに手を振ると、ロトスも一緒になって振っていた。


 また歩きながら、シウはロトスに注意する。

「変な念話を飛ばすの止めてくれる?」

「いや、だって。念願のエルフだし」

「ククールスもエルフだけど」

「アレは男だろ!?」

 全然違うと力説されてしまった。

 ロトスはプルウィアを前にして礼儀正しい青年を装っていたが、ずーっと意味不明な言葉を連発していた。

「ところで【エルフキタコレ】って何? あと――」

(あ、その先は言わない方が身のためだぜ、シウ)

 シウは半眼になってロトスを見つめた。

(いやだって。シウの姿でその台詞は言っちゃいけないと思うんだー)

「だったら、変な念話飛ばさないでくれるかな」

「つい、飛ぶんだってば。いやあ、乱れ飛んじゃったな!」

(お約束のエルフだし。ちっ……、じゃなかった、ささやかだったし。何より超美人だし。いやー、目の保養。気が強そうなのも良いなー)

(それでチートハーレム目指すの? でも彼女ナンパ慣れしてるから、難しいと思うよ?)

(ていうか、シウはそれでいいんだ?)

(何が?)

(いや、彼女すっげえ美人だったけど、思うところ、ないの?)

 それは恋愛的な意味でだろうか。

 だとしたら、ないな、と答えが出て来る。

「あ、ないんだな。その顔見たら分かるけどさ。相変わらず枯れてるぜ。もっと青春しないと」

「ロトスは張り切ってるね」

「うん。なんか、同年代のやつ見てたら、わくわくしてきた。へっへー」

 と言うから、やはり外出が楽しいのだろう。

 今まで我慢してきた分、これからはこうして徐々に外へ出て、楽しんでいくといい。

 もちろん、あまり羽目を外すのはどうかと思うが。

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