192 古代竜と聖獣と希少獣
聖獣ふたりは、古代竜の持つ威圧感にも早々に慣れ、それぞれで会話を始めた。
特にシュヴィークザームは聖獣の王でもあるから、古代竜相手でも対等に振る舞えるようだ。相手が平和的な性格だからかもしれないが。
というのも、ロトスが念話で弱音を吐いていたからである。
(やべえ。超ビビる。シウ、この人が怒ったら助けてな? 絶対だぞ?)
(あ、うん。でも、イグは人じゃないし、あと念話は伝わるからね?)
(……マジかよっ!! 俺もう何も考えないわ! あ、ヤベえ考えてる。よし、違うこと、違うこと。……おっぱい、おっぱい、おっぱい!!!!)
ロトスがおかしくなってしまった。
面白いので放っておこうと思う。
イグはこんなことで怒らないし、シュヴィークザームやロトスに通じないよう念話を送ってきて、先ほどから笑っていた。
([今代の賢獣は面白いのが多いようだ。昔よりずっと、楽しいぞ])
([あ、喜んでもらって何よりです。ところで、ウチの子が怯えてるのでちょっと宥めてきます])
([そうしてやれ。可哀想なことをした。お嬢ちゃんにわしは怖くないおじさんだと教えておくれ])
そうします、と伝えてから、イグの「おじさん」呼びに笑った。ずっと遙かに年上の存在なので「おじいさん」だと思っていたが、彼の中ではまだ「おじさん」なのだと知って。
少し離れた場所まで移動すると、ブランカは途端に息が楽になったかのように力を抜いていた。
このあたりが威圧感の届く限界距離なのだろう。
イグも自身の持つ強烈な存在力、自然に放出される内包エネルギーをトカゲに転変することで抑えているが、どうしても一定距離は放たれてしまう。
結界を張っていてもこれだから、古代竜に戻ればきっとすごいことになるのだろうなと想像した。
鈍感だと言われるシウだが、以前竜人族の里オリーゴロクス付近で古代竜に接近しかけたことがある。あの時に感じた、強烈な存在感を思い出して、そりゃあブランカからすれば怖いだろうなと反省した。
クロはよくこれに耐えたものだ。
「怖かったね、よしよし」
「ぎゃぅん! ぎゃぅん!」
ひしっとしがみついてきて離れないので、大きなブランカに捕食されているような格好になってしまった。
彼女が落ち着くと、フェレスに話を聞いてみた。
「フェレスは大丈夫なの?」
「にゃー。にゃにゃにゃ。にゃにゃにゃにゃにゃ」
えーと、どきどきして、面白かったの、と返ってきた。確かに最初、尻尾がぶわわっとなっていた。が、あの感覚が面白かったらしい。
「にゃにゃにゃにゃーん」
そして、もう一度やってみたいと訳の分からないことを言い出す。
そんなフェレスは置いといて。
「クロはもう慣れた?」
「きゅぃぃ」
ちょっとだけ、だそうだ。
宝物の見せ合いっこをしただけあって慣れてはいるが、久しぶりに会うとちょっと緊張するようだった。
「きゅぃきゅぃきゅぃきゅぃきゅぃ!」
でも、光るのくれたから、いいトカゲ! と、フォローすることも忘れない。
そうか、いいトカゲなのかあ、と笑う。
子供はこれでいいのかもしれない。
「ブランカ。あの黒いトカゲさんは、すごく強くて怖いかもしれないけど、お宝をいっぱい持っていて見せてくれるよ」
「ぎゃぅ?」
「見せてってお願いしたら見せてくれるかもね」
「ぎゃぅ!」
「ブランカも見せてあげる?」
「ぎゃぅぎゃぅ!!」
うちの子は単純で助かる。
シウはブランカを唆して、かつ話を聞いていたフェレスが尻尾をふりふり待ち切れなさそうなので、三頭を連れて戻ることにした。
シュヴィークザームたちが、「ちょっと距離を測りかねる相手との微妙な会話」を続けているところへシウは戻ることになり、口を挟むタイミングを逃してしまった。
「つまり、過去のポエニクスは引きこもりであったというのであろうか」
([そうだ])
「しかし、我は引きこもりではないぞ」
([そうかの])
「そうだとも。のう、ロトスよ」
「えっ、俺に話を振るの? ……やめてくだせえよ、兄貴」
「あ、あにき?」
「へいっ。俺みたいな三下には、上の方々のお話は分かんねえですや!」
などと三文芝居で逃げ出そうとするロトスを捕まえて、ようやく間に入ることができた。
「自分だって聖獣のくせに。遊んでないで、ほら、お礼言った?」
「あっ、そうだった。ええと、イグ様イグ様――」
([この生まれたての賢獣の方がよほど世慣れておるのう])
「生まれたてって。俺、これでも成獣になったばかりでやすが」
「その三下言葉やめなよ」
相手は失礼だとは思わないだろうが、面白いのでシウが笑ってしまう。
実際、笑っているのは念話でも伝わったようだ。
言葉のニュアンスまでも理解しているイグは、喉を震わせていた。
きっきぃーと鳴くので、意味が分からなかったロトスとシュヴィークザームはビクッとしていたが。
「あ、えと、ごめんなさい?」
「すまぬ、こやつはまだ成獣になりたてなのだ」
([うん? 謝る必要はないぞ。ところで、礼とはなんぞ。シウよ])
([イグの鱗、あれをロトスの成獣祝いに加工してプレゼントしたんだ。素材がイグのだと知って、お礼を言いたいんだって])
([そうか。あれを加工したか。どれ、見せてみるがいい])
彼の言葉に、ロトスは魔法袋から取り出して、刀身を見えるようにイグへ向ける。
([おお、これはまた立派な。良い魔力を伴っておる。かなりの魔力を練り込んだな? うむうむ。わしでもこれほどのものは見たことがない。おっと、それはドラゴンキラーと同等だ、ぐさっとやるなよ?])
最後の台詞はにまにま笑ってのことだったから冗談だろうが、ロトスは慌てて刀身を下に向け、急いで鞘に入れて仕舞っていた。
――その後、どうやって皆が仲良くなったかというと。
([その玉は滅多に見られないものだぞ。珍しかろう?])
「俺の、見て見て。この間買ってもらったの」
([ほほう。それもまた見事な……])
「我のも見るが良い。国宝級とやらだ」
「わっ、すげえ大きな宝石!」
([なるほど、一国の主に飼われているだけのことはある])
「にゃ! にゃにゃ!」
「いや、フェレスのはそれ、宝石じゃないよね?」
「ぎゃぅぎゃぅ!」
「待って、ブランカのはすでに宝物ですらないよねっ?」
([幼獣の宝物など、そんなものよ])
「でも、蛇の抜け殻とか、綺麗な葉っぱって!」
「せめてペルグランデアングイスの抜け殻ならば、宝物と呼べたかもしれぬな」
([うむ。あれは良い品だな。肉も存外美味いのだ。懐かしいのう])
「待って。それ、幻の品じゃね? 普通に話してるけど、年代違う! なのに会話になってる!」
ロトスのツッコミが追いつかなくてあたふたしながらも、楽しそうだった。
川遊びも始めてしまった彼等は、シウが昼だと呼ぶまできゃっきゃと遊んでいた。
普段引きこもりのシュヴィークザームもずぶ濡れになりながら、河原に戻ってきてにこにこしている。
両手に戦利品があるのを見るまでもなく、楽しかったということが分かった。
「とりあえず、乾かそうね?」
「うむ」
他の皆も幸せそうだ。
([イグ、これ本当に貰っていいの?])
([構わぬよ。どうせ、住処から溢れたものだ。わしも楽しかったわ])
([じゃあ、有難くいただきます])
うむ、とトカゲ姿で頷く。
それから、ふと思いついたように、続けた。
([今度また鱗をやるのでな。わしのために装飾品を加工して作ってくれるか?])
([それはいいけど、自分の鱗で装飾品?])
想像してみた。シウが自分の髪の毛を編んで腕輪にするところを。
おかしくて笑ってしまった。
([む。おぬしには分からぬだろうが、わしらとてお洒落もしたいのだ。人間どもは服を着たり毛をくるくるにしたりするではないか。わしも、トカゲ姿をもう少し愛らしくしたいのだ])
「あ、うん。分かった。ふふふ」
「何が分かったんだ、シウ?」
「なんでもない。こっちの話。あ、まだ濡れてるよ。乾燥魔法がまだ完璧じゃないね。もう一回」
そう言うと、ロトスは「シウがスパルタだー」と走って逃げていった。
そうして誤魔化すつもりらしい。成獣になったのに、まだまだ魔法がチートになっていないロトスだった。
帰る際には、イグからまたプレゼントをもらった。彼はあげたがりなのかもしれない。
鱗はもちろんのこと、立ち寄る自身の巣の一つに植わっていた竜苔を持ち帰っており、大量に譲ってくれたのだ。
竜苔とは「竜が疲れた時に好んで舐めた」とされるほどの魔力回復薬で、最高級品である。
ただし、普通の人間には劇薬で、気絶するほどのものだ。人族が使うなら、かなり薄めないといけない。その薄めたものでさえ、魔力を回復するということで大変高価な品である。
巣の近くに大量に植わっているというので、シウは有り難く頂いた。今度その場所に案内もしてくれるそうだ。ぜひ自身でも採取してみたいところである。
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