191 ロトスの成獣祝い
山粧うの月ももう終わり。
となると、ロトスの成獣祝いである。
まず、お祝いの会はブラード家にて行われた。
聖獣だとは言っていないが、ある特殊な種族で今日が成人の誕生日なのだという、どう見てもおかしな説明を皆は信じているようだった。いや、半数ぐらいだろうか。
もっとも、一般の人はエルフのこともあまり知らないのだ。世の中に多種多様な生物がいるのだから、もしかしたらと思うのかもしれない。
それに、普通の人は聖獣の生態については知らないものらしい。
よって、人化しても真っ白にならなかったロトスは、万が一にも「聖獣?」とは思われなかったようだ。
とにかく、皆に成人を祝われて、ロトスはすっかり照れていた。
赤子三人も、アントレーネやサビーネたちに手を叩くよう指示されてやっていたが、可愛らしかった。ロトスも頬を緩ませて喜んでいた。
皆からは、それぞれカップだったりハンカチなどの身の回り品をプレゼントされている。
屋敷の主でもあるカスパルからは立派な紳士帽を贈られた。上流階級の人には必需品だが、特にラトリシア国では厳格に求められる。そのため、大人になったら、その家の主が贈る決まりだ。
庶民の場合は、寒さ対策で冬場に被るぐらいでそこまで厳密ではないようだ。
シウも毛皮の帽子を持っているが、自身の寒さ対策というよりは、周囲の目を気にしてのことだった。寒さに強いシウには、ローブについているフードで十分だったが、そのままだと寒かろうと皆が注意するからだ。
シウからのプレゼントは、古代竜の鱗で作った小刀である。
鞘には普通の軽金属を加工した上で認識阻害の魔法を付与しているため、そこそこのものにしか見えないだろう。
刀身は黒錆色に鈍く光っており、パッと見には切れ味が悪そうだ。
しかし、びっくりするぐらいスパスパ切れる。
「ねえ、これってまさか――」
(イグの鱗で作ったやつだよ)
「マジかよ! ていうか、自分は念話使うのか! ひどい!」
ロトスはひどいと言いながらも、にやけた顔で小刀を受け取っていた。彼には剣やナイフなども作って渡していたが、たぶんこれが一番素晴らしい品だと思う。
なにしろ、古代竜の鱗を直接使ったものなのだ。これ以上のものはない。
シウも解体用にひとつ作ったが、それを使うと、竜人族から貰ったカエルラマリスの鱗を綺麗に切り取ることができた。
その代わり、出来上がるまでには苦労した。
イグの説明では、魔力を捏ねて生産魔法を使って鱗の形を変えろと言うことだったが、びっくりするぐらいの魔力量を必要としたし、練り上げていくのは途轍もない神経を使う作業だった。
気を抜くと鱗は途中で変形したまま、もう終わり。それ以上、どうしようもないのだ。
つまり、出来上がるまで絶対に気は抜けない。
集中力とイメージ力を試される素材だった。
これは確かに「ドラゴンキラー」と呼ばれる剣にもなるなあと思ったものだ。
とにかく、良い品が出来上がったので、今度イグのところへお礼に行きたい。ロトスもそう言うので、連れていくつもりだ。
その日の夜、以前から楽しみにしていたロトスに、他の皆には内緒で竜の肉を食べさせてあげた。しっとりとした赤身は熟成されたような深い味わいで、ロトスを虜にしたようだった。
水竜、火竜、地底竜と味比べもしてみたが、どれも癖のない上品な味わいだ。それなのに味に違いがある。水竜は爽やかで柔らかく、火竜は味が濃く噛みごたえがある。噛みごたえと言っても固いわけではない。噛める、という意味合いだ。比較するなら水竜の肉は、何度か噛んだだけで蕩けてしまう。それに比べたら、地底竜はもう少し固めだが、これもスッと噛み切れる。一番味が濃く感じるのは地底竜だった。
濃く感じられるものほど塩だけで食べ、徐々にソースを濃いものへと変えてみた。
ロトスは涙を流しながら、はふはふと大量の肉を食べきった。
さて、ロトスが食べたいと言ったために山盛りの肉を用意したわけだが、彼は夜中に食べ過ぎでお腹が痛いと泣きべそをかいていた。大量の魔素が含まれる竜の肉だから「控えめにしたら」と注意していたのに、聞かなかった彼が悪い。ロトスには食べ過ぎ禁止令を出し、可哀想なので体の魔素を吸収して、胃腸薬を飲ませたのだった。
風の日は、キリク秘蔵の空間魔法使いスヴェンが前日に来ており、彼の転移でオスカリウス家へ赴いた。
約束していたので、屋敷にはスタン爺さんとエミナ、ドミトルとアシュリーも来ていた。スタン爺さんもドミトルも普通なのに、エミナはかっちんこっちんだった。
普段あんなに肝っ玉母さん風なのに、意外と緊張するのだなと笑ってしまった。
もちろんエミナにはバレて、拗ね気味に怒られた。
内向きの客間へ通されると、事情を知っている者や、口の固い者だけで構成されたメンバーで成人祝いをした。
表向きはロトスの成人祝いだが、もちろん成獣祝いである。
だから、キリクからのプレゼントは騎乗帯だった。
「わー、すげー」
ロトスは感動して、声をあげた。
革は時間を置いて色を沈着させた首長竜のもの。新しいと緑色なので、軽々しく見えるのだが、今は黒っぽい焦茶色の落ち着いた色合いになっている。
騎乗帯を作るなら最高峰の革のはずだ。
そこに使われる留め具は漆塗りで螺鈿細工が施されている。黒地に光る美しい真珠たちは、光の具合で虹色に輝いていた。
もちろん、希少獣の一員でもあるロトスは光り物が大好きだ。
キリクに渡された箱を覗いて、目の色が変わっていくのを皆で優しく見守った。
「すげー。めっちゃ綺麗! 格好良い!!」
「騎乗帯は幾つあっても良いが、一流品は、必ず持っておくべきだからな」
「うん……」
キリクの言葉はあまり聞いていないようだったが、頬が上気して嬉しそうだったので誰も突っ込みはしなかった。
贈ったキリクも、ロトスの喜びように頬がゆるゆるだった。
オリヴィアからは、豪華なグランデアラネア製のローブを贈られていた。色は乳白色。本来の色に近いが、あえて染めたことが分かるような、柔らかい光沢を帯びていた。最高の仕立てもので、王城へ参るのにも問題のない立派なものだった。
仕立てた服は、サイズが変わる可能性もあって差し控えたようだ。しかし、ローブなら問題ない。特に高くなってしまうローブは、一張羅がひとつあるのとないのでは、違う。いざという時に助かるので、これは良い贈り物だ。
他の皆からも贈り物をもらい、ロトスは感激していた。
やはり、身の回り品が多い。
スタン爺さんは美しいガラスペンと名前入りの型押しをした上質紙のセット。
エミナとドミトルからは革の腰帯を貰っていた。冒険者用のしっかりとしたものだった。
贈る側が、あれこれ考えた末のものだと分かるから、ロトスの感動も当然だ。
ちょっぴり涙ぐんでいた。
昼食を挟んで、楽しい時間は過ぎていった。
さすがにキリクは忙しい身なので途中退席していたが、イェルドやシリルは意外と長い時間、滞在していた。
サラに至ってはずっと部屋にいたものだから、シウももう彼女の「キリクの護衛」という役割については信用しないことにした。
午後はレベッカの案内で飛竜を見に行ったり、騎獣の訓練風景を見て楽しんだ。
一番喜んでいたのはエミナである。
貴族家に来たのも初めてなら、飛竜や騎獣の群れを間近で見たのも初めてだ。
アシュリーそっちのけできゃっきゃと騒いでいた。
途中でスタン爺さんに怒られていたものの、アシュリーを抱っこして騒ぐと大変なのでと、最後までドミトルが抱っこしていた。妻の所業についてよく理解している夫だった。
その日はオスカリウス家に泊まらせてもらい、翌朝、またスヴェンにブラード家へ送ってもらった。
光の日は「秘密基地」でシュヴィークザームと会い、お祝い兼まったりする予定だった。
が、イグにお礼をするという話をしたら、シュヴィークザームも会いたいと言い出したので皆で行くことにした。シュヴィークザームの手前、《転移指定石》を使って、だ。
いきなり押しかけるのもなんだからと通信で連絡を入れたら、ものすごく驚かれてしまった。古代にも通信魔法はあったがドラゴン相手に送る人間はいなかったようだ。
イグは相変わらずトカゲの姿で、川縁の岩の上でボーッとしていた。
シウたちが転移で現れると、やあと手を上げるような格好で右前足を上げる。どこか剽軽で可愛い。
そのためか、ロトスもシュヴィークザームもホッとした様子だった。
([前に言ってた友人たちだよ])
([ふむふむ。賢獣どもだな。あまり面構えは良くないが、その分平和でのんびりしているのだろうよ])
([あ、そうだね。平和だし、のんびりしてるね])
シウが会話している間、一緒に連れてこられたフェレスはポカンとしてトカゲを見ていた。なんか変なのがいる、といった様子だ。
逆にブランカはものすごく腰が引けていて、相手の力量に尻込みしているようだった。
クロが一生懸命に宥めている。
「えーと。俺、これは、ないわー」
「我もこれはないと思うぞ」
「えっ、何が? あ、トカゲだけど、ちゃんとドラゴンだよ!」
嘘を付いているわけではないと慌てて弁明したら、ふたりとも、分かってると返してきた。
「どう見ても、ドラゴンだもん」
「そのようだの。我でも少々、緊張する」
じゃあ、何が、と思っていたら。
ふたりはシウを糾弾し始めた。
「なんで平気で喋ってんの? この空気の中で、平然としてるの、やっぱおかしい」
「この強烈な気配にも気付かず、のほほんとしているのは鈍いを通り越しておるぞ」
「ええっ?」
「あと、ブランカが可哀想だろ? よくもまあクロを連れて来たな!」
「あ、うん、ええと」
「それにしてもフェレスは動じぬな。やはり主が主だと、ああなるのか。不憫なものよ」
「え?」
矢継ぎ早に言われて、シウもどう返していいか分からなくなってきた。
焦っていると、イグがのっそりと歩いて近付いてきた。
([やはり、おぬしがおかしいのだな。わしを怖れぬので今時の人間どもは強いのかと思うておったわ])
「ええっ?」
イグにまで言われて、シウは急いで言い訳した。
「これは、無害化魔法のおかげであって――」
「それ、魔法かあ? どう見ても鈍感だからだぜ」
ぐっと喉に詰まると、ロトスは続けた。
「シウのスキルのこと教えてもらったけど、あれを聞く限りじゃあ神様からのギフトってわけでもなさそうだし。やっぱり持って生まれた素質の問題じゃね?」
「つまり?」
「鈍いってことだろ」
「我もそう思う」
([わしも、そう思うのう])
止めを刺されたシウであった。
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