187 蟹自慢、そうだ、蟹を狩ろう




 金の日にタール街を出発したシウたちは、しばしのんびりと南西に向かって進み、やがてクセルセス街道へ入ると、そこからはいつも通りのスピードで進んだ。

 魔獣はほとんど見当たらず、先日来の大掛かりな魔獣狩りで安全になっている。

 そのうちまた沸いて出て来るだろうが、冒険者も多く移動するルートなので問題ないはずだ。

 途中、野営をしてクセルセス街道を抜け出た。


 ラトリシア国側では魔獣は一切見かけなかった。

 街道を抜けて草原に出ると、ソランダリ領のガリア街へは寄らずに草原をそのまま東に向かって進んだ。

 途中、転移をして時間を稼ぎ、道中の道草に時間を費やした。

「角牛はっけーん!」

 まだ残っていた角牛を見付けては、ロトスたちが狩っていた。これ以上、角牛を増やしてどうするのだと思ったが、ロトスには言えない。

 彼に言うと、お前に言われたくない、と返されそうだからだ。


 お昼にバーベキューをしていたら、ロトスが声を上げた。

「そうだ、俺、もうすぐ成獣なんだから竜肉とか食っていいんだよな!?」

「あ、そうだね。成獣祝いの時に食べる?」

「食べる食べる」

 鬼竜馬や黒鬼馬も食べているから大丈夫だろうが、竜の肉ももう解禁だろう。

「そういや、前にフェレスから自慢されたんだけどさあ」

「何?」

「でっかいカニ、美味かったって」

 また、そんな自慢をしたのか。

 というか、フェレスは食べ物の話しかしないのだろうか。いや、光り物などの宝物についても語っている。

 つまり、思考が子供なのだ。

「アトルムパグールスかな。ペルグランデカンケルも食べたっけ」

「おー、あれ、美味しかったよな!」

 ククールスが思い出して、うっとり顔になった。

「あ、ひどい! 自慢する気だ!」

「へっへー。だってマジ、美味かったからなー」

「ずるい!」

「ククールス、あんた、ロトス様相手にひどいこと言うんじゃないよ」

「えっ、俺が悪いの?」

「可哀想じゃないか」

「レーネも食べてないから拗ねてんのか?」

「はあ? あたしはそんなことで拗ねたりなんか!」

「へー。じゃあ、食べたくないのか?」

「誰も食べないとは言ってない!」

「ちょ、ふたりとも、やめなよー。あと、シウの目が怖くなってる……」

 いや、怒っていないし、怖い顔をしたつもりもないのだが。

 ただ、大人げないなあと半眼になっていただけだ。


 とりあえずカニが食べたいという話で落ち着いたので、せっかく旅の途中だし、どうせなら狩りに行こうと話は決まった。

「いいの? 遠回りになるんじゃない?」

 ロトスが何やら遠慮気味に問うので、首を傾げた。

「転移できるよ?」

「……はっ、そうだった!」

 俺ってば! と、頭を抱えて蹲るものだから、遊んでいると思ったらしいブランカに突撃されてしまっていた。



 その場でソランダリ領の西にあるマイル川へと転移した。

 周辺を探索してから、すぐに移動する。

 目当てのアトルムパグールスはわんさかと川縁に集まっていた。

「おおー!!」

 ククールスは涎を垂らさんばかりに喜んでいるが、ロトスはちょっと顔が引きつっている。こんなに大きい蟹だとは思わなかったようだ。

「詐欺だ。蟹が、四メートルもあるとか、絶対詐欺だ。ていうか、これはもう蟹じゃない」

「魔獣だからねえ」

「そういう問題じゃない!」

 即、突っ込まれてしまった。


 アトルムパグールスのほとんどはシウが魔核を奪って狩ってしまった。

 狩りの練習としてロトスも一匹、フェレスとブランカも一匹ずつ狩ったが、商品価値的には失敗のようだった。

 アントレーネも力任せに大剣を振るっていたので真っ二つ、運悪く川に落ちたことで水に浸かってしまい、こちらもアウトだ。

 各自、落ち込んでいた。


 ついでに毒のあるロサパグールスも狩っておくと近隣の人のためには良いだろうと思って、これもまとめて狩ってしまう。

 それが終わると、いよいよ大物のペルグランデカンケルだ。

 以前見付けた湖まで、また転移で移動する。

「ここで重力魔法使って釣り上げたんだよなー」

「そうだったね」

「またやろうぜ~」

「いいけど、面倒くさくない?」

 空間魔法などで底から浚ってこようかと思っていたから、ついそう答えたら。

「……シウはさあ、時々こういうとこ、あるよな」

「ロマンがないよね」

 何やらロトスと語り合っていた。


 というわけで、釣りをすることになった。

 アントレーネは釣りには興味がないということで近場の探索に行き、残った面々で巨大蟹を吊り上げることになった。

 アトルムパグールスが二メートルから五メートルほどなのに対して、ペルグランデカンケルは五メートルから最大十メートルはある大きさなので、物理的に吊り上げることは困難だ。

 だから、糸にかかったら重力魔法を掛ける。

 重力魔法持ちのククールスは一人で担当してもらう。地上に上げたら、後で魔核を弓で撃ち抜けば良い。

 シウはロトスと一緒にブランカへ乗って、湖の中央で糸を垂れた。フェレスはククールスを乗せている。クロは上空を旋回しながら、辺りの警戒係だ。


 二人がかりで釣ると、早い。以前と違って倍以上の量を短時間に釣り上げることができた。

 気になって、釣り上げた蟹の魔核を転移させてみたら、今回はできた。

 魔力が上がったというわけではないので、前回は精度が良くなかったからか、あるいはシウも成長しているということかもしれない。水晶竜とのやり取りもあったので、大きな魔獣相手にも魔法が使えるようになっているのだろうか。そのうち、古代竜相手でも鑑定が使えるようになる気がしてきた。

 ククールスには、完全な魔核を手に入れたいから弓で撃つのは止めてもらい、地上に上がった蟹の全てを転移でもらうことにした。

 湖の底にはまだたくさんいたので、釣りに飽きたらしいククールスとロトスは森へ追いやって、シウが空間魔法で浚った。

 その後は自動化で解体して、ラップ後に空間庫へ放り込んでいく。



 夕方、各自が湖の畔に戻ってきた。

 アントレーネはコカトリスを獲物に、ククールスはアクアーティカ、ロトスは火鶏を手にしている。

 クロはイガグリを、フェレスとブランカは木の枝と蔓をそれぞれ持って帰ってきた。

 とりあえず、本日の食べられる戦利品が鳥系に偏ってしまったので、それらは解体後に仕舞った。

 なにしろ今日は目的があって来たのだ。

「というわけで、晩ご飯は蟹です!」

「やったー!」

「シウ、大好き!」

「あたしも、シウ様は大好きだ」

 フェレスたちもそれぞれが好きアピールするので、はいはいと返事をしてバーベキューの用意をした。

 前回狩ったペルグランデカンケルがまだ残っているのだが、ここはやはり気分的に先ほど狩ったものを出すべきだろう。一匹だけ完全に解体していないものを取り出して、目の前で殻を割っていく。

 大鍋で殻の出汁を取っている間に、中身をステーキにしたり、天ぷら、あるいは酢の物と、バリエーションを変えて出した。

 もちろん、ちょっとした野菜の煮物や、天ぷらも出す。

「やっぱ、すげえ美味いわ!」

「めっちゃおいしいーっ。なにこれ。すっげ、濃厚! シウ、シウ、俺、チーズ掛けたのも食べたい! グラタン! あつあつ、ぐつぐつ!」

 本人も何を言っているのか分かっていないような興奮具合だ。

 ロトスの大興奮とは対照的に、アントレーネは静かに食べていた。どうしたのだろうと思ったら、美味しすぎてがっついていただけのようだった。ひたすら、んぐんぐと詰め込んでいる。

「……喉につかえるから、ゆっくりね」

 そっと水を差し出して、注意した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る