186 不良在庫に風習、肉類放出
お昼に宿へ戻ると、ククールスがなんとか生き返っていた。
薬に頼りすぎるのも良くないからと二日酔いの薬を渡さなかったら、ちょっと拗ねていた。可哀想なのでごく軽い効能のものを渡す。
「やった、これで今夜も飲める!」
やっぱり渡さない方が良かったのかもしれない。
シウはダメな大人に軽く説教した。
お昼は宿で、作り置きしていたものを食べて済ませ、午後はまた街へ出ることにした。
「ロトスは欲しいものないの?」
「宝石買ってもらったし!」
「にゃ!」
「ぎゃぅ!」
「きゅぃ?」
フェレスたちには聞いていないのだが、何故か右に同じくといった雰囲気で返事が来た。
すっかり彼等は仲間になっているようだ。
「珍しい鉱物があったら手に入れようと思ったんだけど、どうしようかなー」
「そんな石ばっかり買ってどうすんの」
「いざ使いたい時にないと――」
(それ、俺の婆ちゃんの口癖だったわー。毛糸とかバカみたいに集めててさあ。不良在庫とかって父ちゃんに怒られてた)
「……そだね」
ロトスに諭されて、無駄な買い物はしないよう心に決めた。
決めたのだが、ここまで来ておいて、しかも良質の鉱物を見るとやはり気になる。
シウはロトスに、生産魔法を持っているといずれ必要になるものなんだと必死で言い訳し、買い集めたのだった。
夕方、ルヴォシュの屋敷へ赴くと、既に彼の信頼する商人が来ていた。そして、鑑定魔法持ちの従業員と共に五香花の精油が入った瓶を矯めつ眇めつ確認する。
中身を出して確認してもいいと伝えたのだが、本物だったらとてもではないが恐ろしくて使えないと断られてしまった。
実際、鑑定魔法の結果で「最高級品」と出たらしく、従業員の手が震えていた。
「ご自分で精製されたと仰っていましたが、もしや生産魔法のレベルが……」
「あ、そのへんは内密でお願いします」
「は、はい。さようでございますよね」
五香花のうち三つの香りの精油を用意したが、そのどれもが高額で引き取ってもらえた。高価なので小さな瓶に入れていたのだが、それでも五瓶ずつしか仕入れられないと残念がっていた。
こんなに需要があるなら、また採取しに行こうかなと皮算用していたら、ルヴォシュに花茶もあると聞いたのだがと質問された。
「ありますよ。そうだ、クラリア様に献上しようと思っていたんです。お好きらしいですね」
「……それはとても有り難いが。ああ、ご存知ないのだね。五香花の花茶を女性へ差し出すことは、シアン国では『あなたを誘惑したい』という意味があるのだ。つまり、逆夜這いを申し出るというような――」
「えっ、すみません!! そんなつもりは全然ありませんでした!!」
「ああ、やはり」
ルヴォシュが苦笑する。傍で聞いていた商人も笑った。
「シアン国の風習は独特と言われますから、ご存知ないのも仕方ありませんよ」
「はあ。でも、それで昨日なんだか変な感じだったんですね。物知らずですみません」
事前にシアン国に関する本を読んだのだが、風習のようなものまでは網羅されていなかったようだ。
恥ずかしさのあまり恐縮していると、ルヴォシュが慰めてくれた。
「いやいや。どちらにしても他国の方だ。知らぬのも仕方ない。どうか気にしないでほしい」
「ありがとうございます。でも、じゃあ、これ……。どうしましょうか」
魔法袋から取り出した花茶を手に、どうしようかと悩む。
「よろしければ、わたしどもが一度買い上げましょう。それを、ルヴォシュ様へ献上致します」
「あ、えっと、それだとあなたが――」
「もちろん、お安く買い叩かせてもらいますよ」
ウインクして言うので、シウも笑顔で頷いた。
その後、また晩餐に呼ばれたのでお邪魔した。
食後はフェレスたちとの癒やしタイムだ。
クラリアだけでなく、ルキアノや侍女たちが喜んで触れていた。
「ニクスレオパルドスがこんなにおとなしくて可愛いだなんて知りませんでしたわ」
「ええ。もっと怖い騎獣だと思ってました」
「こんなに可愛いなら、国民も挙って拾うでしょうにね」
などと言う。
彼女たちも、シアン国での希少獣の扱いを知っているのだ。
そして高地にあるということから、ニクスレオパルドスが多く存在することも知った。
「ユキヒョウも多いんですか?」
「ええ、鉱山などへ行くと、見かけられるようですわ。さすがに平地へは降りてきません」
「ニクスレオパルドスも?」
騎獣の方もそうだろうかと思って聞いたら、そうだと返ってきた。
「森の中で暮らすことを好むようです。そうしたこともあって、国民は人の手で拾って育てることに懐疑的な部分もあるのですわ。もちろん、目の前の生活が第一で、大局が見えないというのもありますけれど」
クラリアもルキアノも国の事情についてはよく勉強しているようで、交互に説明してくれた。
シアンについて語れることも嬉しいようだ。
熱心に話してくれる。
「騎獣を飼うことは国が推奨しておりますし、手に負えないのなら国で引き取ることにもなっているのですよ。シアンでは小型希少獣は少なく、やはり北に住む種類のものが多いですからニクスレオパルドスやウルペースが多いんです。あとはフェンリルかしら。ウルペースならば小さくて可愛いし、庶民で飼う人もいるようですわね」
「ルプス避けに良いのです。冬場に羊をやられると困りますから」
羊や牛などの飼い方も面白い。古い鉱山跡を利用するそうだ。冬場はそこに皆が集まって冬ごもりをするのだとか。鉱山内部は一定温度が保たれているので、逆に外よりも過ごしやすい。
しかし、厳しい生活なので、羊飼いをする者が減っているようだ。
その為、奴隷を買ってきて従事させることも多いとか。
「でも、我が国特産の黄金羊の血統を閉ざすわけにはいかないと、頑張っておりますのよ」
古代語だとアウルムアリエスとも言うのだが、魔獣ではない。羊の変異種とされ、その毛は白金に輝くと言われるほどの美しさで、暖かさにも定評がある。
これで作られたケープはとても軽くて、夏のドレスの上に着て真冬の外を歩ける、とまで言われるほどだ。
シアン国の隠れた特産品だとかで、滅多に流通しない幻の品だと言う。
シウが興味を持つと、お土産に持たせてくれるというから慌てて断った。
きちんと購入するから、ぜひ、品を回して欲しいとお願いし直す。毛の状態でもいいと伝えたら、その方がいいのだろうと判断したらしく、今回のお土産物リストから外してくれた。
それでなくとも、ルヴォシュからは御礼の品が届いている。
謝礼金まで頂いているので、これ以上はいけない。貰いすぎというものだ。
もちろん、こうしたものを断っていけないのは、貴族との付き合いで分かっていた。
その代わりではないが、シウもできるだけのものは渡す。
たとえば、肉類だ。
「フース街へも卸したのですか」
「はい。ですから、どうかご遠慮なさらないでください」
「……もちろん、とても有り難い申し出なのですが、本当に宜しいのでしょうか」
そろそろ辞去しようとしたらルヴォシュがやって来たので、肉類は要らないかと持ちかけた。
タダにすると言っても断られることは分かっていたので、相場よりも安く納品すると告げる。
彼等にすれば、喉から手が出るほど欲しい品だ。
ルヴォシュも迷いつつ、受け取ってくれた。
「恩人のあなたに、また助けられるとは。本当に感謝しかない」
「いえ。元々こちらへ来た理由も、ククールス、彼の知人のためなんです」
フース街でのことを話すと、ルヴォシュは笑みを見せた。
「クイマス殿のことなら知っているよ。やり手だ。そうか、彼のところにも……」
ならば、お願いしようかなと肩から力を抜いていた。
翌朝、ルヴォシュの屋敷に肉類を卸して、タール街を後にした。
ルヴォシュもやはり高い肉は不要だと言うので、角牛などは彼等だけが食べる分をプレゼントした。
残りは街の分の在庫として、オークを中心に置いていく。
岩猪も好まれるそうだからもちろんのこと、シャイターンの港で買い過ぎている魚があったので、それらも渡す。
数を確認するために文官と共に厨房の者も来ていたが、それらを見てとても喜んでいた。シウもこれほど喜んでもらえると嬉しい。来て良かったなと、思った。
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