188 大人の事情と動き回る赤子たち




 翌日は、転移でルシエラ王都近くの森に戻った。

 あのまま移動していれば、そろそろ着いているだろうという距離だ。

 多少、早いとは思うが、誤差のうちである。


 ルシエラ王都から三つ目にある森へ転移したのだが、魔獣が増えていた。

 あとは帰るだけなので、皆で狩ってしまう。

 ついでにロトスとアントレーネには採取の勉強だ。アントレーネは狩りは上手いのだが、地道に薬草を探すなどの採取仕事が苦手である。クロに助けてもらいながら、頑張っていた。できれば基本的なことぐらいは覚えてほしかった。ロトスもだが、もし万が一のことが起こっても、一人ででも生き抜けるように。

 爺様ほどスパルタじゃないので大丈夫だと思うが、時々気になって感覚転移で二人の様子を見ながら、シウとククールスは魔獣を討伐していった。

 フェレスとブランカはロトスの護衛だ。時々交代であちこちに飛び回っていたが、決してロトスをひとりにはしていなかった。



 昼前には魔獣もほぼ見当たらなくなったので、王都へ戻ることにした。

 ギルドで狩ってきたものを提出し、常時依頼があったので処理してもらった。

 アントレーネとロトスにもポイントが付くし、お金も入って二人とも嬉しそうだった。

「んじゃ、俺は定宿へ戻るわー! じゃあな!」

「あんまり飲み過ぎたらダメだよ」

「わーってるって」

 ひらひらと手を振って、ククールスは飛ぶように帰っていった。

 彼の魔法袋にも大量の肉や蟹を入れているのだが、それとは別に居酒屋や、女性のいる店へ行けるのが楽しみなのだろう。

 アントレーネが少し呆れた顔をしていた。ロトスはちょっと羨ましげだったが。


 ところで、アントレーネには飲みに行きたかったら行っていいよと告げている。

 自身のことをシウの奴隷だ騎士だと言うが、そんなもので縛るつもりはない。好きにしていいのに、彼女は遊ぼうとしなかった。

 最近でこそ、ブラード家の遊戯室へ顔を出すようになって、護衛の者たちと飲むこともある。

 しかし、遠慮している風なので、もっと気軽にしたら良いのに――。

 そこまで考えてハッとした。

「あ、お小遣いがないから飲みに行けないのか!」

「えっ?」

「レーネ、ごめんね? お小遣いがないと、遊びに行けないよね」

「いや、シウ様、いきなり何の話だい。あと、あたしは、お小遣いなんて要らないからね?」

 後ろではロトスがぶはっと吹き出して笑っていた。

「え、でも、飲みに……」

「あたしはそれほどお酒に固執していないから。それに、外へ飲みに行くのは発散したい時さ。発情が始まったら、夜には抜けさせてもらうかもしれないけど、それまでは特に問題ないよ」

「そう? でも、自由にしていいんだからね?」

 そこまで話してから、またハッとした。振り返り、まだ笑っているロトスに伝える。

「ロトスはもうちょっと我慢してね。やっぱり成人するまでは心配だから」

「あ、うん、分かってるって。ていうか、その心配そうな顔、やめろよなー。親ばかだぞ、ほんとにもう」

 呆れたように言うけれど、ちょっと照れ臭さも入っているようだ。ぷいっと横を向いてしまった。




 ブラード家へ戻ると、皆がお帰りなさいと喜んでくれる。

 彼等にお土産を渡しつつ、子供たちのことを聞いてみた。すると、

「それがもう、すごいんです!」

 スサが興奮して報告してくる。

「シウ様が出掛けられる前は、まだよちよち歩きでしたでしょう?」

 歩行器があるとスタスタ歩いていたが、自力ではそれほどでもなかった。

「うん」

「その後、いきなり――」

「スサー! ガリファロちゃんが逃げちゃった!」

「えっ、分かったわ。すぐ行く! というわけで、シウ様、すごいことになってるんです!」

 走りはしないが、それに近い動きでスサが廊下を進んでいくのでシウも後を追った。

 角を曲がると、走り回っている二人の赤子の姿が見える。

 まだ歩き始めて間もない赤子なのに、結構な勢いで動き回っていた。本当に獣人族の子の成長は早い。

 呆然と眺めていたら、アントレーネが急いでやってきて、一人二人と捕まえていた。

 そして、すぐに三人目も見付けてしまった。さすが母親だ。

「あんたたち、ちょいとおとなしくしてな。見てご覧、スサさんが疲れてるじゃないか」

「あっばー!」

「うっきゃー」

「あぐあぐ」

 彼等も母親に抱かれたことが分かるのか、ご機嫌だ。

 ただ、その様子は激しい。

 全身を使ってバタバタ騒ぐのだ。

 これは凄まじいものがある。

 ブランカも相当なヤンチャ娘だったが、輪をかけて元気になる予感だ。

 シウの呆気にとられた顔を見て、アントレーネは乾いた笑いで頭を下げた。

「どうやら、あたしの血をかなり引いてしまったみたいで」

「つまり、レーネはこんな子供だったってこと?」

「いやまあ、そう、かな」

 ハハハ、と笑っていない笑い声で答えると、カティフェスをシウに手渡してきた。受け取ると、カティフェスは「うきゃぅっ」と声を上げて抱きついてくる。

「元々、ティーガの子は元気が良いんだけどね。あたしは、育つのも早かったし、男の子顔負けだったみたいでさ。そりゃあもう煩かったそうだよ」

「そうなんだ。でもまあ、元気なのは良いことだよ」

「でも、カスパル様にご迷惑じゃないかな。それでなくても居候なのにさ、あたしたち」

「僕がそもそも居候だからなあ」

 煩いのは防音もできるので大丈夫だろうが、貴族家で騒がしい赤子三人を育てるというのは良くないだろうか。

「晩ご飯の後、カスパルにもう一度聞いてみるよ」

「あ、じゃあ、あたしも一緒に。遊戯室へ行くんだよね?」

「うん」

 そうして話している間にも、アントレーネの腕から抜け出したマルガリタが走っていくので、ロトスが慌てて捕まえていた。

 マルガリタは当然女の子の格好をさせているので、暴れるとスカートが捲れてしまう。中はまだオムツパンツだったが、ロトスは「不可抗力だ!」と何度も言い訳していた。


 幸いにして、子供たちは寝付きがとても良い。

 これもアントレーネの血筋だそうだ。

 昼間暴れ倒すからか、昼寝をしているにも拘らず、夜は夜で食後すぐに寝落ちしていた。



 遊戯室へはロトスも一緒に顔を出した。

 彼もそろそろ大人――成獣――になるので、ロランドから大目に見てもらったようだ。

「カスパル、留守の間三人のことありがとう」

「いや。皆も楽しそうだったし、良いよ」

「でもうるさくなかった? かなり走り回ってたみたいだし」

「あの、カスパル様……」

 アントレーネもシウの話が終わるのを待てずに、おずおずと口を挟んできた。

 本来なら彼女の立場で館の主へ直接口を利くのは良くないのだが、そこは相手がカスパルだ。それに、遊戯室での無礼講を知っているので思い切ったようだ。

「あたしの子供のことでは本当にお世話になってます。皆さんにも手伝ってもらって、とても有り難い。でも、やっぱり、獣人族の子は人族と違って騒がしいと思うんだ、です」

「ふむ。確かに獣人族の子は元気いっぱいだ。リュカがおとなしかったから、新鮮だね」

「あ、はい。それで、あの、やっぱり、このお屋敷から出た方がいいんじゃないかって、思って――」

 背の高い彼女が猫背になって、しゅんとしながら喋るものだから可哀想になってきた。

 耳もしょんぼりしているし、尻尾も不安げにゆらゆらと揺れている。

 ダンなどはそれを見て、ニマニマしていたが。

「それは却下」

「カスパル様――」

「だって、あんなに可愛い子たちを追い出したら、僕がメイドたちに叱られるよ。それに、君がいなくなるのも寂しいだろうね。サビーネも君へ教育するのが楽しいと張り切っているのに、彼女からその楽しみを奪う気かい?」

 カスパルらしい物言いに、シウは笑った。

 アントレーネはぽかんとしていたが、彼の真意に気付いて、ほんのり笑う。

 ロトスは空気を読んで黙っていたが、念話では、

(俺への教育は忘れてほしいんだけどなー)

 などとぶつくさぼやいていた。


 結局、子供は騒がしいのが仕事なのだからと説得され、アントレーネはお世話になりますと頭を下げていた。

 とりあえずシウは、赤子三人に発信機ならぬ、居場所特定ピンチを付けておこうと思った。もちろん全方位探索が使えるシウのためではない。

 探し回るメイドたちのために、だ。


 ちなみに、名前は《居場所探知機》で、ロトスは盗聴発見器のようなもんかーと呟いていた。インスピレーションがわいたので《魔道具探知機》もついでに作った。こちらの方が需要はありそうだ。特に魔道具の多いラトリシア国ならば。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る