182 移動と風呂屋




 フース街を出ると、シウたちは西へ向かった。

 シアン国で有数の街のひとつタール街へ行くのだ。フース街もかなり発展した街だが、タール街もまた規模が大きいらしい。

 ククールスが言うには、鉱石が一番集まるのも王都よりタール街になるそうだ。

 そこで魔石や鉱石を買い集めるつもりである。


 本当はククールスの目的でもある食料の売買はフース街だけで済むことだった。だから、用事が終わればルシエラ王都に戻っても良い。

 しかし、以前助けた貴族の娘たちがタール街の出身で、迎えと共に帰っていった彼女たちから神殿経由でお礼の連絡があった。

 アントレーネが心配していたこともあり、シアン国へ行くついでに足を伸ばそうと考えたのだ。

 シウもお金が溜まりすぎているので魔石などの実用性があるものを仕入れたいと思っていたから、ちょうど良い。



 フースからタールへは大きな街道が続いていたが、馬車へ乗らないシウたちにはあまり関係がなく、直線距離を飛んで移動する。

 途中の小さな街や村には特産品がないということだったから、降りずに通り過ぎた。

 ククールスはこのルートをよく通ったらしく、上からの景色との違いについて語ってくれた。


 時折、森を見付けては寄り道をしたせいで野営をして泊まることになったが、なかなか楽しい道行きだった。

 森では必ず探知も掛けたのだが、鉱山を見付けることはできなかった。

 ロトスたちが残念がるだろうと思っていたが、シウに宝石を買ってもらったせいで鉱山を見付けるという話はすっかり忘れ去っていたようだ。




 タール街へ入るには一人につき、ロカ銀貨一枚を要求された。騎獣も本来なら取られるところを、冒険者三級がパーティー内にいるということで許された。三級というのは街にとって有り難い存在らしい。

「あー、そうだった。この街、出入りに金がいるんだった。悪い、忘れてた」

 普段、護衛として出入りするため、ククールスは忘れていたようだ。

 フース街はラトリシア国のルシエラ王都と直結するシアーナ街道沿いということもあって、そうしたものは取らないようにしている。人の行き来があるだけでも儲かるのだろう。

 反対にタール街はクセルセス街道の到着点にあるが、行き先はソランダリ領で、ルシエラ王都からは遠回りの道になる。こちらは主に冒険者が使うため、規制も込めて徴収しているようだ。

「このタールを経由して北西にあるフォルト街を通ってシャイターンへ行くのが一般的な移動ルートなんだ」

「じゃあ、フォルトでも街へ入るにはお金がかかるの?」

「あっちは取ってないな。シャイターンとの重要な通行路になるからじゃねえか」

「そうなんだ」

「ここはシシリアーナ王都に近いってだけで、他に何にもないからなあ」

「でも鉱石が集まってくるんだよね?」

「加工場を作ったり、多くの職人を集めたかららしい。実際、王都で加工場を作るには大変だったから移転もすんなりいったとかなんとか。でもそれだけだからな。鉱山もこのへんにはないぞ」

 一番近いところではフォルト街の北東にプルプァという鉱山があるそうだ。赤紫系の宝石が多く埋まっているらしい。

 宝石と聞いて、ロトスが目を輝かせた。

「今回はダメだよ。時間ないから」

「はーい」

「今度、転移で行こうね」

「ていうか、それでいいんか、シウ」

「うん。今回は見られすぎてるからダメ。今度、こそっと行ってみよう」

「シウはこっそり何かするの、好きだよなー」

「そうだねえ」

 のんびり会話しながら、街へと入った。


 ギルドへ顔を出すと、道中で見付けてきた薬草や魔獣の討伐部位などを提出してみた。

 常時依頼があればと思ってのことだ。

 案の定、依頼が出ていたので処理してもらう。

 アントレーネは級数が上がったし、ロトスも順調に実績を積み重ねられた。


 宿を探すのに少し手間取ったものの、なんとか夕方には入ることができた。

 ギルドで紹介された場所は騎獣も同室できるので高級宿だったはずだが、雰囲気が悪くてこちらから断った。いわゆる、差別的な空気が流れていたのだ。

 その後も同室は無理でも厩舎があればと思ったのだが、衛生的によろしくないところがあったりと、ひたすら探し回る羽目になった。

 もし決まらなければ街を出て野営するしかなく、そうなると入る時にまたお金が必要となるので、お金持ちではあるものの無駄金を使うのは好きでないシウが渋ったのだ。

 変なところで細かいと、ロトスには怒られてしまった。

 あと、どうしようもないならギルドで仕事を受けて街を出たらいいのにと、裏技も教えられた。

 シウが感心していたら、ロトスは「おじいちゃんは変に頭固いから」と笑われてしまった。


 すったもんだの挙句に決まった宿は、家庭的で新人冒険者が泊まるような格安さが売りのところだった。

 厩舎はないが、浄化すると言ったら部屋に連れて入っていいと言われた。

 大らかである。

 シウたちは、本来なら十人ぐらいが使うという大部屋を借り切った。

 お風呂はなくて、入りたいなら街に幾つかある風呂屋へ行ってみたらと勧められた。

 食事もついでにしてこようと、皆で連れ出る。

 フェレスたちは留守番だ。

 晩ご飯の用意をしてから部屋全体に結界を張った。

「留守番ちゃんとしててね」

「にゃっ」

 頼もしい返事だが、目はご飯皿に釘付けで残念だった。


 食事の前にお風呂へ向かったが――ククールスが飲み明かすと騒いでいたからだが――そこにはシアンならではのものが存在していた。

「サウナかあ!」

「おー、サウナだ」

 お湯もあるが、そちらはマイナー扱いで、メインはサウナだった。

 あちこちから湯気が出ており、皆が思い思いの格好で座って話をしている。

 体を温めるという鉱石の上に寝そべって本を読む者がいたり、盤上遊戯を持ち込んで楽しんでいる者もいた。

「あ、垢すりだって!」

 やってもらおうかなと、ロトスはウキウキしている。絶対痛いと思うが、怖いもの見たさなのか、垢すり屋の前でウロチョロして掴まっていた。

 他にも、マッサージ専門の人が人の間を練り歩き、どうかねーと声を張り上げている。

「俺、あっちの奴等と飲んでくるわ」

 ククールスは石の椅子が並ぶ場所を指差して、行ってしまった。そこではお酒やツマミが出されていた。その場で一番裕福な者が奢っているようだ。どうやら、その習慣を知っているククールスは早速おこぼれに与ろうと考えたらしい。ちゃっかりしている。

 シウはひとりになったので、お風呂を満喫しようと、まずはお湯につかった。

 温泉ではないものの、効能の滲み出る鉱石で作られた湯船がじんわりと体の芯を温めるようだ。

 シアン国はとにかく冬の寒さが厳しすぎる。標高も高いため、人間が暮らしていくのは大変だ。

 だから、こうした技術が発展したのだろう。


 前世ではサウナが苦手だったシウも、今は気持ちよさを知って極楽気分だ。

 たぶん、高温ではないことも良かったのだろう。

 このお風呂屋の一部には高温のサウナもあるようだが、そちらは真冬用だと聞いた。

 風呂屋では誰も彼もが気軽に話しかけてきて、質問すれば親切に答えてくれる。

 ふと、気になって、宿を決める際に気になったことを問うてみた。

「おじさん。僕等、クラシーヴィって宿で変な目で見られたんだけど、どうしてかな」

「うん? ああ、お前さんシャイターンの人間か」

 あっさりと、シウをシャイターンの人間だと思ったらしい地元の男性は、少し考えてからこう答えた。

「あそこは高級宿なんだが、もしかして他にお付きの者はいたかい?」

「あ、うん」

「シャイターン人なら、断ることはないだろうがね。エルフだとか獣人族がいたなら、断るかもしれないよ」

「えっ」

 シウの顔色を見て、連れにエルフか獣人族がいたのだと彼は悟ったようだ。

 残念そうに、そして申し訳なさそうに言う。

「俺はそういう考えは好きじゃないんだが、この国はちいとばかし、人族至上主義が幅を利かせていてな。こういった土地柄だろう? 閉鎖的なところがあるのさ」

「そうなんだ」

「俺は鉱石の細工物をやる職人だから、ドワーフとも付き合いはあるんだが、奴等への差別もあってな。嫌なもんさ。特にクラシーヴィってのは高級宿だから、自分たちが偉いんだって勘違いしてるっつうかな。まあ、悪かったよな」

「ううん。おじさんは関係ないし。それに、いろいろ教えてくれてありがとう」

「はは。ま、お前さんみたいに礼儀正しい子を逃した奴等はザマーミロだ。あそこに泊まっていたら、この風呂屋にも来なかっただろうから、結果的に良かったんだぜ。な、坊主」

「うん」

「よしよし。じゃあ、おっちゃんが何か奢ってやろう。おーい、こっちにもリンゴ酒を!」

 とまあ、そんな感じで気の良い男たちと語り合うことになった。


 ロトスが「肌が剥けた、絶対剥けてる、カチカチ山だ」と半泣きで戻ってきたので、ククールスを引っ張って風呂屋を出た。

 アントレーネは既に出ていて、待っていた。

「レーネ、お風呂で大丈夫だった?」

「うん? 別段困ることはなかったよ。皆、親切でね。あたしの背中を洗ってくれるんだよ」

 と、にこやかだ。アントレーネが嫌な目に遭っていたらどうしようかと思ったが、何もなくて良かった。

 しかし、だ。

「でも、みんなが尻尾に興味津々で触ろうとするから困ったよ。こっちの女たちは外ではしらっとしているのに、風呂屋だと大胆になるねえ。ぺたぺた触るもんで、どう逃げようか悩んだよ」

 女性のパーソナルスペースが近いことは分かっていたが、それはどうやら対女性に向けても発揮されるようだった。

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