183 神殿訪問とデートと倫理観




 翌日は、助けた少女たちを訪ねることにした。

 当初の予定ではアントレーネ一人で行く予定だったのだが、差別されたりすると可哀想なのでシウも一緒に行くことにしたのだ。

 ククールスはその場にいなかった自分がいたら困るだろうからと辞退し、ロトスとクロとブランカを連れて依頼を受けに行った。

 フェレスはシウと一緒だ。彼は癒し系なので連れていく。

 ブランカが自分も行くと言い出す前に、ロトスが上手く誘導して連れて行ってくれた。さすが猛獣使いならぬ、聖獣だ。


 さて、少女たちだが、アントレーネから名前を聞いて驚いた。

「クラリア=ウムラウフさん? それって、ウムラウフ伯爵の関係者だよね?」

 フース街で聞き及んでいたし、何よりもフースの街長であるクイマスから情報としてタール街のことは知らされていた。

 ウムラウフ伯爵はタールの街長なのだ。

「そうだったのか。でも、じゃあ、街長のお屋敷へ行くのか。それは気が進まないね」

 クイマスの屋敷へ行った時も所在なげだったし、ブラード家に慣れているとはいえ、やはり貴族のお屋敷というのは気楽ではない。

 そもそもアントレーネとしては、少女らと神殿で会えないかと考えていたらしい。

 神官に頼んで、クラリアを呼んできてもらうつもりだったとかで、彼女の意外に行き当たりばったりな行動に驚いてしまう。

 確かに、神殿経由でアントレーネへお礼の連絡があったので、それが普通のことなのかもしれないが。

 取り敢えず、連絡をくれた神殿へまずは行くことにした。


 神殿では、手紙を差配した神官にすぐ話が通り、待たされることもなく会えた。

「ようこそおいでくださいました。お嬢様の看護をしていただいたそうですね。本当にありがとうございます」

 聞けばクラリアは神殿へ足繁く通う、良い信者であるらしい。

 神官も事情を知っており、胸を痛めているという。

「あたしは、何も。シウ様が助けて、シウ様があたしに寄り添うよう指示したからだ」

「まあ。では、あなた様がお助けくださったのですね? お礼を申し上げるのが遅くなり――」

「あ、いえ。いいですから。あと、僕は仕事の流れで助けたに過ぎません。ケアをしたのはレーネ、彼女の気持ちです。お顔を上げてください」

 寄進だけでなく、神殿での仕事の手伝いもよくしていたクラリアのことを、神官らは好んでいるようだ。

 こうして彼女に代わり礼を尽くしてくれる。

「ところで、お嬢さんのことなんだけどね。シアンへ立ち寄ることがあれば会いたいと書いてあったんだが、文面通りに思っていいんだろうか。たまたまシウ様の仕事があって来たんだけど、もしまだ事件を思い出して辛いようなら、あたしは会わずに帰ろうと思ってるんだ」

「まあ、それはいけません。ぜひ、お会いください。とにかく、お嬢様へすぐ連絡を致しますから」

 そう言うと、神官は見習いに手紙を渡し、屋敷へと届けさせた。



 時間がかかるだろうし、昼過ぎにまた来ると言って、シウとアントレーネは街へ繰り出した。

「デートだね」

「とんでもない。あたしは、シウ様の騎士だ。お守りする立場でデートなどとは言えないよ」

 冗談なのにそこまで本気で否定しなくても、とシウは苦笑いだ。

 肩を竦めていたら、何か思うことでもあったのか不安そうな顔色になった。

「どうしたの?」

「いや、その。シウ様が男になりたいって言うんなら、こんなので良ければいくらでも使ってもらっていいんだけどね。でも、それにしたって大女すぎる。やっぱり、良いお嬢さんがお相手の方が――」

「待って、止まって、ストップ。分かった、もういいから」

 彼女に冗談は通用しないのだった。

「あのね、そうしたことのためにレーネへお願いすることはありません。分かった?」

「はあ。……あ、やっぱり可愛い女の子を探してみようか?」

「いやだから。全然分かってないからね、それ」

「ええと?」

「僕は――。これは僕の倫理観で、だから押し付けるわけじゃないから、先に言っておくけど」

 こう言わないと、彼女は自分の生理的欲求までシウと同じでないといけないと勘違いしそうだ。

 シウは睨むような格好で、彼女に言い聞かせた。

「まず、最初に。デートって言うのは冗談です。女性とふたりっきりだったから、言ってみただけ。そういうジョーク言うよね?」

「……言うね。つい、シウ様が相手だと真面目に考えてしまって」

「で、僕は、お付き合いする相手とは真剣交際を考えてます」

「そうか。シウ様は真面目だもんね。結婚まで考えそうだよ。ははは」

 笑い飛ばされてしまった。

 これは冗談じゃないのだが。

「結婚したいなと思える人とじゃないと、お付き合いはしないよ。結果的に上手くいかない場合もあるだろうから、それはしようがないけど。だから、生理的欲求のためだけに女性とどうこうっていうのはないから。そして、それをレーネに求めることもない。レーネは僕の家族だけど、妻だとは思っていないし、レーネも僕を夫だとは思ってないでしょう?」

「あー、そうだね。あたしは、シウ様のことは主だと思ってるし」

 はっきりとは言わなかったが、彼女の好む男性像から、シウはたぶん相当掛け離れているに違いない。申し訳無さそうな視線で見つめられてしまった。そうっと視線を外すところまでがセットだ。

 なんだか、自分が言いだした冗談のせいで、穴に落ちてしまった気分。

 シウはフェレスに慰めを求めた。

「フェレスは僕の子供だからねー」

「にゃ!」

「シウ様、落ち込んでる?」

「落ち込んでないよ」

「そうかな。なんだか、背中が暗い」

「暗くありませんよ」

「……ねえ、なんで敬語なんだい。シウ様、あたし、悪いこと言ったかい?」

「言ってません」

「え、怒ってる?」

 暫くそんなやり取りをして街中を歩いたのだった。


 シウは前世で、淡い初恋のようなものを抱いたのが幼い頃のことだったので、それをこじらせているフシがある。自分でも分かっているが、たぶん、女性への憧れが強いのだろう。

 前世ではとうとう、誰とも付き合わずに人生を終えた。

 今生での機会を待ちたいところだが、頭でっかちなのと、体の成長と共に育つ女性への希求が全く追いついていない。

 焦っていないこともあって、皆より一歩も二歩も遅れているようだ。

 そのうち、身長だけでなく、恋愛面においてもロトスやリュカに追い越されそうだった。

 こればっかりは、なるようにしかならない。

 その時が来るまで、シウはシウなりの生き方をしようと思う。



 なんとなく気が進まなく、店を覗いてもぼんやりしてしまい、結局早めの昼ご飯を済ませるとすぐさま神殿へと戻ることになった。

 すると、使いの者がもう帰ってきていた。

「お嬢様がぜひとも屋敷へ来ていただきたいと、仰っておられますよ」

 馬車も回してくれているらしく、神官がそわそわと待っていたのが分かる。

 シウたちは追い立てられるように馬車へ乗り、お屋敷へ向かった。

 差し向けられた馬車ということもあり、屋敷へはすんなりと入ることができた。

 通されたのは、離れの小さなお屋敷で、玄関には被害にあった少女のうちの一人が立って待っていた。

「シウ様でいらっしゃいますね。わたくし、ルキアノと申します。この度は当家までわざわざ足をお運びくださって誠にありがとうございます。アントレーネ様も、ようこそおいでくださいました。さあ、どうぞお入りくださいませ」

 もちろん、フェーレースもどうぞと招き入れてくれた。


 屋敷の廊下には高価なハントハーベン石が敷き詰められており、贅沢な仕上がりだ。

 フェレスはツルツルしない廊下だからつまらなさそうだった。歩きやすいのだから逆に良いだろうに、不満らしい。お屋敷イコール滑ると思っているのだろうか。

 案内された部屋は、美しい装飾の施された客間の応接室で、そこかしこに掘り出してきたと思われる鉱石が使われていた。

 本当に良い石ばかりだ。

 フェレスも喜んで、じーっと見て回っている。

 アントレーネは興味がなさそうで、勧められるままにソファへ座っていた。

「クラリア様はすぐ参られます。申し訳ありません」

「いいえ。僕たちも急でしたから。ご迷惑でなければ良いのですが」

 ルキアノは、いいえと首を横に振った。

「本来であれば、わたくしどもがお伺いして礼を尽くさねばならないところです。こうして来ていただけたことを、神に感謝致します」

 ルキアノも信心深い人のようだ。

 確か、彼女はクラリアの姉に当たる人で、妾腹だから侍女のようにして過ごしていると聞いた。

 クラリアへ怒りを露わにして、彼女を落ち着かせた人でもある。

 元々が冷静な性質であり、しっかりとしているのだろう。まだ若いというのにとても落ち着いている。


 ルキアノがシウたちの相手をしている間に、屋敷では急いで準備が進んでいたようだ。

 やがて、クラリアが急ぎ足でやって来たのが気配で分かった。

 部屋の前で、かなり長い時間を立ち止まっていたものの、扉を開けた時にはもう気丈な振る舞いだった。

 彼女は、懐かしそうな顔をしてアントレーネに目交ぜで挨拶すると、すぐさまシウへ礼儀正しい挨拶をしてくれた。

 表面上かもしれないが、彼女は立派に持ち直しているようだった。

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