180 肉取引と肉祭りと寄木細工




 クイマスには、フース街への肉類供給と共に、国へ献上する品として高級肉を渡すことになった。

「角牛があるなどとは、いやはや……」

 マクシムからシウの手持ち分について聞いていなかったのか、クイマスは驚いた顔で唸っていた。

 それからすぐさま、内訳を書いていく。

 フース街の予備食料としてはマクシムに売ったのと同じ、岩猪などを中心に卸す。これらは緊急事態用に置いておくのだそうだ。

 マクシムは小売店に売り捌くが、他の街へ流れることも考えてフース街の分を賄いきれないのではと不安だったらしい。

 買取金額のこともあって、すぐさまクイマスへ報告したそうだ。

 マクシムの娘がレンカにも話をしたことから、伯爵家では情報が錯綜したらしいが。

「本当に、本当にこの量を売っていただけるのかね?」

「はい。オークももっとありますけど。ハイオークも――」

「いや、緊急用なのでハイオークのような高級品は」

 苦笑されてしまった。

「しかし、王都への献上品には混ぜても良いかもしれないね。どう思う、ヤロスラフ、マクシム」

「ええ、喜ばれると思います」

「滅多に取り引きされませんからね。国王陛下もお喜びになられるでしょう」

 王都王都と言っていたから、純粋に王都シシリアーナへ納入するのだと思っていたが、彼等の言う王都は、どうやら王城へという意味だったらしい。

 だったら、もう少し良い肉もあるのだが。

「鬼竜馬の肉もありますけど」

 バッと勢い良く三人が揃ってこちらを見たので、シウは思わず仰け反ってしまった。

「そ、そ、そんな高級品を?」

「はあ」

「……少し、少しだけ分けていただきたい。我が家でも口にしたことがないのだ」

「わたしもです」

「わたくしも」

 え、そうなんだ。

 なんとなく振り返って、従者などが待機する端の席でのんびり待っているククールスたちを見た。そうなんだぞ、と口パクで伝えてくる。ロトスは無言だが、目が完全に笑っていた。

「あの、こちらへは、お譲りしますよ」

「えっ、いやしかしそれはっ」

「お近づきの印に? そんな感じで。王城へ献上されるのでしたら、その分もありますし」

「有り難い!!」

 元々クイマスからは好意的な感情が流れていたが、これで完璧にシウは好かれたようだった。


 鬼竜馬は先日、山のように狩ったのでそれらを流そうと思っていたが、彼等の欲しい量というのが予想より遙かに少なかったので、結局、何年か前の残りを渡すことにした。

 空間庫に入れているから賞味期限などないが、気持ちの問題で古い方から出してしまう。

 角牛も同じような理由から、去年のものを取り出した。

 今年狩ったものが消費されるのは一体いつになるのだろうと、少し考えるシウだった。



 お昼は必然的に、鬼竜馬の肉祭りとなった。

 ヤロスラフが助けられた時に食べたものが美味しかったと絶賛したため、ならばとシウが料理することになったのだ。

 クイマスとマクシムはとても恐縮していたが、ヤロスラフはそれよりも食への興味の方が上回ったようだった。カヤノも喜んでいたので、シウとしては嫌がられなければそれでいい。

 ククールスたちは呆れていたが。


 バーベキューをするには寒い季節なのだが、シアン国のちょっとしたお屋敷には必ずガラスで覆われたガーデンテラスがある。

 冬場はどこにも行けなくなるので、せめて外出気分を味わおうと作られているらしい。

 今回もそこを使ってバーベキューだ。

 フェルトホフ家からも料理は出されたので、シウは鬼竜馬の焼肉をメインにして出した。

 立食形式だから、皆が和気藹々としている。

 急遽呼ばれたクイマスの子供たちも、楽しげに食べていた。

 その子供、第一子は女性なのだが、彼女もまたなんというか肉感的な人だ。ただパーソナルスペースは守ってくれるのでシウとしては助かる。

 控え目な性格で、遠慮しているようだったのでシウから進んで料理を手渡したりした。

(シウ、年上好き?)

 ロトスは言えないことがあるとやっぱり念話で突っ込んでくる。

 今も好青年風を装いながら、にやにや笑いで伝えてきた。

(ロトスの方が年上好きなんでしょ)

(ういっす。俺、バルボラさん好みー)

 バルボラとは第一子の女性だ。三十歳で、イヴァナが聞いてもいないのに娘が出戻ってきたのだと教えてくれた。イヴァナは後妻なので、なさぬ仲として思うところがあるのだろう。受け取り方によっては悪口にも聞こえるので、ちょっと迂闊だなとは思う。

 とはいえ、貴族ではないシウが口出すことではない。

 しかし、だ。

「シウ殿。よろしいかしら?」

 イヴァナが果敢にも責めてきた。

「はい、なんでしょうか」

「この子、わたくしの娘ですの。エイダ、ご挨拶してちょうだい」

「はい。エイダです。初めまして」

 シウは挨拶を済ませているので、軽く頷いた。

「エイダは十三歳ですのよ。シウ殿とはお歳が近いですから、お話も合うでしょう」

 そんなことを言って、彼女を置いていった。

(ロックオンされたぞ、シウ!)

 振り向くと、完全に目が笑っているロトスが手を振った。

(冒険者相手にロックオンも何もないよ)

(いいや、あの人、獲物を狙う目だった。シウが高価な獲物をたくさん持っているって分かって、絶対狙ってるんだぜ。女ってこえー)

 怖いと言いながらも笑っているので余裕はあるようだ。

 シウは肩を竦めて、エイダに向かった。

「先ほど、組子を見せていただきましたがとても素晴らしいですね」

「ええ。わたくしも学校から見学に参りまして、感動しました」

「他に特産品はありますか? お土産に買って帰ろうと思っているんです」

「特産品ですか。そうですね、チーズはどうでしょうか」

 そのチーズも品薄だから手に入るまい。彼女はそうした事情はあまり分かっていないようだった。

「食べ物以外でありますか?」

「ええ、そうね、ええと――」

 そんなに悩ませることだったかと、シウは慌ててもういいと言おうとした。

 が、横から遠慮気味に口を出された。

「あの」

「あ、はい」

「お邪魔をして申し訳ありません。もしよろしければ、わたくし、特産品についてご説明差し上げたいと思うのですが」

 かなり控え目に、バルボラがそうっと言った。

「あ、お願いします」

 本当はシウだって何があるかぐらいは知っている。ラトリシアとシアンは隣国としてもそうだが、魔法国と魔石産出国としての繋がりから付き合いは長いのだ。だから、当然シアンに関する書物も多い。

 この国へ来るに当たって下調べもしていた。

 だから、先ほどの質問はあくまでもエイダに対する話のネタ振りだったのだ。

「組子をご覧いただいたということですが、他に寄木細工もございます」

 色の違う角材を組み合わせて繋げ、色合いを楽しむものだ。模様が出ている部分を薄く削いで、貼って作るものもあれば、それ自体で細工物を作ることもある。

 シウはそうした品をこよなく愛するので、今回は自分のためにも何か買って帰りたいと思っていた。

「模様がある細工物ですね?」

「ええ。ご存知でしたのね。特にフース街には多くございますのよ。森が近いことや、ラトリシア国への街道にありますので発展しました」

「そうなんですか。では、お勧めのお店があれば教えていただきたいのですが」

 シウのお願いに、バルボラは正確に応えてくれた。

 更には組子の店についても教えてくれる。紹介状があれば尚良いというので、彼女はその場でさらさらっと書いてもくれた。

 その間、エイダが拗ねるかとも思ったが、彼女は素直な性質らしく、

「姉上様すごい」

 と、バルボラの賢さを純粋に受け止めていた。


 食事の間、火を使うので危ないからとカヤノは母レンカに止められていたが、終わったら早速シウのところへ突進してきた。

「シウおにいたま!」

 ちゃんと覚えていて、彼女の頭の良さに驚く。

「たすけてくれて、ありがと!」

「どういたしまして」

「ねこたんも、ありがとー」

 フェレスとブランカにも抱きつく。ふさふさの毛に埋もれて、気持ちよさそうだ。

「あ、とりたんも、ありがと」

 クロにもどうやら気を遣ってくれたようだ。

 優しいねと頭を撫でると、嬉しそうに笑う。

(年下もオッケーなのか。シウ、すごいな!)

(ロトス?)

(はーい。もう言いません!)

 そう言うやいなや、彼は走ってガーデンテラスの端っこに行ってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る