179 お小遣い枠と謝礼金と組子




 あまり時間がないということはマクシムも知っており、彼はまた取って返して連絡係となり走っていった。

 朝ご飯は宿の部屋で先に済ませていたため、シウたちはのんびりと通りの店をウィンドウショッピングしながら迎えが来るのを待つことにした。

 この時に、欲しい鉱石をひとつだけ買ってあげると皆に言ったら、ククールスとアントレーネ以外、大喜びだ。

 大人組は興味がないらしい。

 ロトスはものすごく葛藤していたものの、お小遣いから出てると思えばいいんじゃないと言ったら、ぱあっと笑顔になっていた。

 クロは遠慮しいしい、嬉しそうだ。

 ブランカは全く遠慮の欠片もなかった。別にそれでいいのだが、彼女らしくて笑う。

 フェレスも、えっくれるの? わーい、とそんなものだった。


 今回の護衛仕事はロトスにとっての初仕事で、当然のように依頼料も分配したのだが、もらいすぎだと言って戻そうとしたから、少し揉めた。

 道中狩った魔獣もあるし、いろいろ含めたらそんなものだと言っているのに、これまでの生活費もあるからと言う。

 妙なところで遠慮するから、シウは懇々と諭した。

「あのね。ロトスは僕が拾ったの。僕の子供のようなものなんだよ。子供のことには責任を持つのが親の務めだ。生活費なんてものは親のやることで、子供が支払う必要はないんだよ。分かった?」

 また、少し早いが、こうも伝えた。

「おとなになったら渡すつもりだったけど、お金も渡すつもりだから」

「えっ」

「追い出すって意味じゃないからね? おとななんだから自由に使えるお金が必要でしょう? 一緒に狩りもやっているし、オプスクーリタースシルワで拾った魔法袋から整理したものもある。僕の持ち出しってことじゃないんだから、子供が気にする必要はないの」

「あ、う、あー。うん、その、ありがと。分かった。でもー、俺はお金を持つと危険なタイプだしー」

「お小遣い帳付けなさい。分かった?」

「あ、う、はい……」

 今は、お小遣い制である。

 お小遣いを渡したら、わーいと喜んで買い食いに行くあたり、ロトスの頭の中はまだ子供なのだ。


 各自がお気に入りの宝石を選んで購入し終わったところで、使者と共にマクシムが戻ってきた。

「お待たせして、大変、申し訳、ありませんっ」

「いえ。お疲れ様です」

 シウが労ると、彼ははあはあと息を継いで、なんとか落ち着かせていた。

 使者はマクシムが落ち着くのを待ってからシウに挨拶し、馬車を置いたところまで案内しようとした。

 その際、フェレスたちが宝石を自慢しあっているのを見て、二度見していたのが面白かった。

「ほら、移動するよ。無くすからちゃんと仕舞っておきな」

「にゃ!」

「きゅぃ」

「ぎゃぅぎゃぅっ」

 良い返事をして、それぞれの魔法袋に宝物を仕舞う。傍目にはちょっとしたアイテムボックス程度にしか見えないだろうが、それでも驚きらしくて、使者はまたガン見していた。

 装備変更用のちょっとした空間付与なら、生産魔法持ちの職人でも作れるのだが、それだって結構するらしい。

 やはり騎獣に与えているというのは、少々おかしいのかもしれなかった。



 馬車には人間だけが乗り、フェレスとブランカは並走して付いてきた。気になるのでシウも外に出ていようと思ったのだが、使者に止められてしまった。

 招いた人物を馬車に乗せずにどうする、ということらしい。

 それもそうかと思って、二頭には寄り道せずしっかり付いてくるよう言い付けた。


 お屋敷へ到着すると、全員まとめて客間へ通された。

 騎獣も一緒にだ。

 これにはちょっと驚いてしまった。

 しかし、その訳が向こうからやって来た。

「シウ殿!!」

 先導役の執事と共に部屋へ入ってきたのはヤロスラフだ。彼の後ろから急ぎ足でレンカもやってくる。彼女の傍には侍女がいて、子供のカヤノはそちらに抱かれていた。

「ようこそ、ようこそいらしてくださいました!」

 部屋に入ってくるなり、ヤロスラフはシウの手を取って握りしめた。感動しているということは、言葉を聞かずとも分かる。

 彼がシウたちに助けられたことを心から感謝していることも。

「ご無事のようで良かったです」

「あなたのおかげです。ガリア街の補佐官に心付けを渡されていたと、後で知りました。おかげさまで本国への連絡も素早く、滞在中も不安などございませんでしたよ」

 ヤッフルという名の街長官補佐は、長いものには巻かれろタイプのようだったから、心付けを渡してしっかり面倒を見るように釘を差していたのだが、ちゃんとしてくれたようだ。

 ただ、それをヤロスラフに知られてしまうあたりが、彼の未熟さというのか、人間性が分かる。

「問題がなくて良かったです。ヤッフル補佐官は少々頼りなさそうでしたから、心配だったんです」

 シウが素直なところを吐露すると、ヤロスラフも何か思うところがあったのか苦笑した。

「確かにまあ、不安になる性質の方ではございましたね」

 彼の後ろで、レンカが頷く。やっぱり何かしら、あったのだ。

 ヤッフルは大声で事情を話したりするタイプだったし、被害女性のことも深く考えていなさそうな態度からして、たぶん女性への気配りに欠けるのだろう。

 レンカのような女性からすれば、天敵に違いない。

 ヤロスラフが細かなことは言うものでないと止めたため、レンカも言いはしなかったが、小さな不満は幾つかあったようだ。


 一通りの話が終わると、屋敷の主がやって来た。

 クイマス=フェルトホフ伯爵は妻と共に入室し、フランクな様子で挨拶した。

 それから部屋の中をぐるりと見回し、一番始めに手を出したのはククールスだ。

 ヤロスラフとマクシムが慌てて止めようとするので、シウは小さく首を横に振った。別に誰が先でも構わないし、主がフランクにするのなら、ここでマナーがどうのと言い出すのは無粋というものだ。

 しかし、クイマスはすぐに自らの過ちに気付いたようで、すまないねと謝りながらシウに手を出した。

「いえ。シウ=アクィラと申します。冒険者で魔法使いをやっております」

「君がヤロスラフを助けてくれたのだね。本当にありがとう」

 クイマスの言葉が終わるやいなや、彼の妻が割り込んできた。

「本当に感謝致しますわ。わたくし、妻のイヴァナでございます。ヤロスラフはわたくしの弟ですの。本当に、本当にありがとう」

 シウの手をとり、ぐいぐい近付いてくる。パーソナルスペースの狭い人らしくて、見た目も女性らしい姿をしているから困ってしまう。

 つまり、当たってはいけないものが当たったりしているのだ。

 それに気付いた弟のヤロスラフが、苦笑で姉を止めてくれた。

「姉上様、淑女らしくありませんよ」

「まあ! わたくし、あなたのことが心配で心配でたまらなかったのよ。だからお礼を申し上げているの」

「分かっております。ですが、夫のある身ですゆえ、もう少し落ち着きを」

「嫌だわ。クイマス様はこのようなことでお叱りになったりなさいません。お礼を申し上げるのに手を取りますのは当然ですわ。それに彼はまだ子供ですのよ。ねえ、シウ殿」

「はあ」

 なんと答えていいのか分からなくて曖昧に返事をしたら、クイマスが間に入ってくれた。

「これこれ、イヴァナ。シウ殿は他国の方だ。こちらの風習をご存知ないのだからね? それに失礼なことを申し上げてはいけないよ。彼は立派な冒険者なのだ」

「分かっておりますわ」

「ならば、立派な相手に対して、子供などと言うのは良くないよ。いいね?」

 イヴァナはハッとした顔をして、それからばつが悪そうに俯いた。

「君が、弟君を助けていただいたお礼を申し上げたいというから、同席を許したのだ。しかし、シウ殿はヤロスラフを助けてくれた恩人というだけでなく、この国の恩人にもなるのだよ。失礼なことをしてはいけない。分かったね?」

 柔らかい口調ながら、叱責には違いない内容だったので、イヴァナは悄然となった。

 執事がさりげなく、彼女をソファに案内し、マクシムもまたシウをソファへと連れて行ってくれたのでその場は落ち着いた。



 改めて、ヤロスラフからは丁寧なお礼を言われた。

 貸していたヒュブリーデケングル製の簡易魔法袋も返される。

「本当はルシエラ王都までお伺いせねばと思っておりましたが、自国内がこのような状況でなかなか難しく、後ほどギルドを経由して振り込ませてもらおうと思っておりました。それがまさか、我が国のために食料を持参していただいたと知って、感謝しかございません。おいでいただくというご労力を考えますと大変失礼かと存じますが、どうか、こちらをお納めくださいませんでしょうか」

 礼物を入れる箱がずずいと差し出された。執事が話の折をみて、スーッと持ってきていたのだが素早すぎて驚いた。

 また、この箱がなんとも綺麗な組子でできている。前世でも見たことはあるが、芸術的なまでに細かい細工には目を奪われた。

「どうぞ、この箱ごとお納めくだされば幸いです」

「宜しいのですか?」

「はい。本当でしたらわたくし自らがお礼に参らねばならないところでした。大変失礼をして申し訳ありません」

「いえ。……では、こちらは有難くいただきます」

 中身はロカ金貨であることは分かっていたが、他に魔石も入っているようだった。

 貴族の謝礼金としては相場より少し上だ。たぶん、彼の荷も共に探したことや、簡易魔法袋の貸し出し分も含めたのだろう。

「この組子も素晴らしいですね。シアン国では木を使った細工物が有名ですが、こうしたものをいただけて大変嬉しいです」

「そうですか! いや、喜んでいただけて良かったです」

 シウに自国の芸術作品の良さが伝わって、彼も嬉しそうだ。隣に座ったマクシムもにこやかに微笑んでいる。この二人は貴族と商人という立場ではあるが、同じ商家を営む者として仲が良いらしい。

 彼等を見ているクイマスも、伯爵ではあるものの偉ぶったところはなかった。

 むしろ、冒険者であるシウを対等に扱ってくれる。

「では、我が国の自慢が終わったところで、シウ殿には更なる商談をお願いしたいのですが」

 和やかに、彼は話を始めた。

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