178 肉・肉・肉
昼を済ませると、ククールスから連絡が入った。
今日これから会えるというので、早速その商家に向かう。
商家はフース街でも大店と呼ばれるところらしく、人に尋ねるまでもなく大通りに面していたためあっという間に着いた。
店先ではのんびりするククールスと、うろうろしている中年男性が立っており、対比が面白い。真っ先に気付いたのはククールスで、よう、と手を挙げた。
「早かったな」
「うん。ここ、分かりやすかったし」
「ああああ、あの、では、こちらのお方が?」
中年男性は腰が低く、そして心配そうに窺ってくる。ククールスから聞いてはいただろうが、想像以上に取引相手が年若くて困惑しているのだろう。
シウはにこやかに挨拶を済ませると、背負っていた鞄を見せた。それだけでは信じられないだろうからと、中から大きな角を取り出す。
「魔法袋の複数所持者ですから。お取引できるものがあるかと思いますよ」
「おお!」
ようやく納得してくれたようだ。
店の奥で歓待する勢いのようだったが、シウたちも時間は惜しい。
彼等だって、品は早く欲しいはずだ。
ククールスも馴染みの護衛客だったこともあってポンポンと話を進め、結局そのまま裏の倉庫へと直接向かった。
「今、在庫であるのは鬼竜馬と角牛、コカトリス、あとは――」
マクシムと名乗った商家の主は、慌てて手を振った。
「そ、そのように高価な肉類は買い取れません!」
「えーと、安くしますけど、それでも?」
「はい。国からも積極的に買い取るよう、支援金も出ておりますが、とてもとても。我が国は肉類にそれほど財貨を割かないのでございます」
「そうなんだ。そっか、安くしても、元の値段が分かっているから流通に乗せにくいっていうのもあるか」
「さようでございます。あの、もしや他にはもう?」
「いえ、岩猪や三目熊にオークなんかは山ほどあります」
比喩ではなく、本当に山ほどあるのだ。
「火鶏もありますよ」
「おお、それは有り難い!」
オークも豚肉のような味わいで食べられるのだが、元日本人としては人型の生き物の肉を食べるのはちょっと抵抗があって、積極的には手を付けていなかった。
これらは、ほとんどがロワル王都の近くで起こった魔獣スタンピードの際のものだ。
自動化で解体までは済ませていたが、使い道がなくて空間庫に溜まったままになっていた。
「ぜひ、それらをお願い致します!」
「ではどれぐらい必要ですか? 保管庫などはありますか?」
「ええと、では、この一角に――」
「マクシムさんよ、それじゃあ全然足りないだろ。遠慮してるのか?」
ククールスが片方の眉を上げる。
確かに、少ない量だ。
シウも彼の言葉に被せるよう頷いたら、マクシムはおそるおそるといった様子で、手を広げて示した。
「で、では、もう少し、あのあたりまで」
「ていうか、この倉庫ぐらいは大丈夫ですよ?」
「は?」
「え?」
顔を見合わせて、互いに固まった。それから、マクシムはククールスに視線を向けた。
「この倉庫?」
「そうだぜ。だからずっと言ってるだろ。すげえ量を持ってるって」
「いや、いや、しかし。はあ、そうですか。いやあ」
マクシムは呆気にとられた顔をして、頭を何度も掻いていた。
この季節なのですぐに腐りはしないが、それだけの量を保管できるかと不安がるので、肉類は全部解体してる上にラップしていると説明したらとても喜んでくれた。
「真夏の砂漠に数日間放り出すのでない限りは、常温で一年は保ちますよ。耐久実験では今のところ二年は完全にオッケーでした」
「おっけ? あ、大丈夫ということですね。なるほど。このように便利なものがあるのですねえ」
ロワル王都で特許を出しているのだが、スライム製真空パック用ラップは、シアン国まで伝わっていないようだった。
ロワルでは類似商品も出ているぐらいで、ラトリシア国でも出回っていたのでついそのつもりでいた。
「万が一、穴が開いていたらもちろん腐りますから、注意してくださいね」
「それはもちろん。念のため保管もきちんと行うよう注意喚起致します」
マクシムは倉庫に山と積まれた肉類を見て、ほくほく顔で頷いた。
それぞれブロックごとにラップしているし、外には何の肉か分かるように書いてある。
一応、解体しないまま置いてあるのもあったから聞いてみたが、やはり解体済みのものが良いらしい。
「でも何の肉か、見た目に分からなくないですか? 不安になりませんかね、小売店の方」
マクシムのところは大店なので、直売はしない。このまま小売店へとスライドさせるのだ。
いくらマクシムの店から流れるとはいえ、元の仕入れが無名の冒険者では敬遠されるのではないかと思ったのだが。
「いえいえ。ククールス様の推薦する方ですしね。それに、わたしも肉類を取り扱う商人でございます。目利きはしっかりしておりますよ?」
「あ、そうでしたね。すみません、失礼なことを言ってしまいました」
「いいえいいえ、そんな。こちらのことまで心配してくださって、本当に有難く思います。金額についてもかなり勉強していただいて。このご恩は決して忘れません」
大袈裟なと思ったが、タンパク源の供給が本当に追いついていないらしく、想像以上に深刻な事態らしい。
このままでは山羊などのチーズ加工用の獣を潰すより他ないと、言われているそうだ。
そうなれば今年は凌げても、その次の年にはやっていけない。輸出のチーズが作れないどころか、税金さえ払えずに奴隷落ちということになる。
シアン国としても大変困ったことになってしまうのだ。
マクシムとの取り引きが終わると、次にククールスが行きつけの店に足を運んだ。
そこでも肉類を売って、喜ばれた。
本当は肉屋や商家に卸すのが正しい方法なのだろうが、馴染みの店に多少融通をきかせるぐらいはいいだろう。
晩ご飯もそこでいただいて、宿に戻った。
翌日は西にあるタール街へ出発する予定だったのだが、朝早くにマクシムがやって来た。
「よ、良かった。まだご出発ではありませんでしたかっ」
「どうされました?」
昨日渡した肉に問題でもあったのだろうかと、シウが困惑顔になると、彼は慌てて、
「いえ、いえ」
と手を振った。
そして息を整えてから、告げた。
「ぜひ、街長にお会いいただけませんでしょうか」
シアン国の街長というのは、長官という意味合いと同時に領主という意味も持つ。このフース街も、街という名だが領と言っても差し支えない。
つまり、マクシムはシウにいきなり領主に会ってくれと言っているわけだ。
「あの、何故僕が街長に?」
困惑したまま問うと、彼はひとつ頷いた。
「実は、昨日、わたしの娘がシウ様のお話を友人に話してしまいまして」
「はあ」
「あ、もちろん、叱りました。跡継ぎというのに、婿にばかり仕事を任せて商家のなんたるかを分かっておらぬと――」
「おいおい、それはもういいから。マクシムさん、話の続きをしてくれよ」
ククールスが止めてくれて良かった。もう少しで笑い出すところだった。
ちなみにロトスは後ろで笑っている。念話でわざわざ、おっさんの愚痴始まった、と伝えてきたのだ。
「申し訳ない。えー、実は娘はザイデル男爵の奥方のレンカ殿と仲が良くてですな」
あれ、聞いたことがあるぞ、とシウは脳内の記憶を呼び起こす。
「レンカ殿はシウ様の名を聞いてすぐさま夫君にお話をされ、急いで街長、ああフェルトホフ伯爵のことですが、お話されたというわけです」
説明してくれたのだが、だからどうしたと思ったのが顔に出たのか、意味が伝わっていないと気付いたマクシムが急いで付け足した。
「フェルトホフ伯爵様の奥方が、ザイデル男爵の姉君でして」
「ああ、そこに繋がるんですね」
「はい。それで、お世話になったシウ様が街へ来ている上に、大量の食料を卸してくれたことで、これは是非お礼をということになったのです」
もちろん、ザイデル男爵もお礼を言いたいと、急ぎの連絡が来たようだった。
とにかく止めておいてほしいという、慌ただしい連絡を受け、大店の主自ら出向いてきたというわけだ。
シウは少し考えてから、振り返ってククールスとアントレーネ、そしてロトスを見た。
全員、別にどっちでもという顔で返すから、シウは、
「じゃあ、お会いするだけでも」
と答えたのだった。
たぶん、お礼というよりは、まだ品があれば買い取りたい、というようなことだと想像したからだ。
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