シアン国の事情

174 騎獣専門料理店と養育院




 誕生の月に入って少し経つとアイスベルクの問題も落ち着いてきた。

 上級冒険者も続々と戻ってきており、冬が始まる前に終わって良かったとギルドの職員は胸を撫で下ろしていた。

 冬には上級冒険者の多くが護衛などで南下するので、それまでにやってもらいたいことなどがあるのだ。

 たとえば、クセルセス街道の応援もそのひとつだし、ニーバリ領への偵察と応援もだ。


 クセルセス街道での仕事は上級冒険者が受けていたので、シウはルシエラ王都の北部にあるミセリコルディアの巡回を請け負うことにした。

 日帰りできる距離で選んだのだが、シアーナ街道付近は避けている。行きやすい場所なので他の冒険者に任せることにした。

 シウは騎獣持ちなので自由に動き回れるからだ。

 週末はミセリコルディアの森の監視を中心に、動いた。



 それと騎獣専門の料理店がようやく開店した。

 店名はガウディウムと決まった。付けたのはシウではなく、料理人兼オーナーのエミリオ=ドゥーニだ。

 彼は幼い頃、実家がフェンリルを所持しており、勝手に「楽しみ」という意味があるガウディウムと名付けて可愛がっていたそうだ。

 つまり、騎獣にも慣れている。

 そして元伯爵家の子息とは思えないほどフランクで、人の良さが全てに現れているような青年であったことから、面接を重ね彼に決まった。

 もちろん料理人としてレストランで働いたこともあるという経歴も良かったのだが、何よりも騎獣への愛に溢れていることが最終的に選ばれたポイントだった。


 シウも半分は出資しているため、共同オーナーのようなものだ。

 しかし、騎獣専門料理店というシウが提案したものにとても感動しており、シウを見れば毎回「シウ様」と呼ぶので困っている。

 貴族の息子としては変わった経歴を持つエミリオだが、親から勘当されたというわけでもないらしい。

 ただ、籍は抜いてもらったのだと面接では語っていた。

 市井で働くことが悪いこととは思わないが、さすがに料理人になるというのは体面上よろしくないようだ。

 エミリオはそれで納得しているのだが、商人ギルドのシェイラたちなどは呆れた顔をしていた。


 このガウディウムは開店当初こそ暇だったが、やがてぽつぽつ注文が入るようになり、半月もすれば忙しくなった。

 シウが冒険者ギルドで騎獣と一緒にご飯が食べられると情報を流したこともあり、ちょうどアイスベルクから戻ってきた上級冒険者たちが利用し始めたのだ。

 それと学校で知り合った騎獣持ちの貴族や子らが興味を持って来てくれた。

 食べてもらえば分かるが、やはり希少獣たちはシウ考案のレシピを喜んだ。

 しかも配達も行っていると知ってからは、屋敷への定期的な納入も頼んでくれるようになった。

 やはり、人間専門の料理人が希少獣の食事を作るのは大変だったのだろう。

 また厩舎担当の者には知識がなかった。

 こうして、ガウディウムの料理やおやつ類はまたたく間にルシエラ王都に広まっていった。



 騎獣の養育院については王の第三秘書官ガヴィーノに助けてもらいながら、書類を整えた。

 法整備に関しても穴があってはいけないと、ヴィンセントの第一秘書官ジュストが中心となって調べてくれている。今のところ問題となりそうな部分は特例として処理できるらしい。

 なにしろ、この養育院の名誉会長――この場合は名誉院長と呼ぶのだろうか――にはシュヴィークザームが就くことになっている。誰が文句を言えようか。

 というわけで、良い物件が見付かったので先に建物の改築を始めていた。

 これは完全にシウの個人資産から出している。以前シュヴィークザームに貰った白金貨もあるし、使い道のなさそうな白金貨はどんどん吐き出すつもりだ。


 建物は、元貴族の別宅として立てられており、中央地区の外れにあるものの作りは頑強で立地的にも素晴らしい。

 近くに小さな森と言って差し支えない公園もある。屋敷の庭から続いているように見え、借景としても最高だ。

 後は、希少獣たちが過ごしやすいように改築するだけである。

 普通食の料理はガウディウムから届けてもらえば良いし、介護食のみ屋敷で作ればいい。

 院長となる神官は商人ギルドを通じて神殿から募り、職員は冒険者ギルドを介して引退した人を探し出してもらって面接を繰り返した。

 職員に関しては冒険者ギルドに仕事として依頼した。引退した冒険者に声を掛けるのは低級ランクの冒険者に頼む。集まった元冒険者に説明したのはタウロスだ。

 やむなく引退した者や、仲間から見捨てられた者など、いろいろな理由で引退した彼等にもう一度頑張って欲しいと頼んだ。もちろん、ここにいるのは今仕事を持っていない者だけである。

 シウは職員については、年齢制限もしなかったし、体が不自由でも良いと告げている。怪我で引退した冒険者も多いからだ。

 しかし、一番大事なことだけは念押しした。

「希少獣たちを同じ生き物として大事に思えること」

 これだけだ。

 でもたぶん、引退した冒険者なら、老後を過ごす希少獣たちの気持ちも分かるに違いない。

 はたして、ほとんどの者が仕事を引き受けてくれた。


 職員の制服は作業着で、全員統一したものを着てもらう。

 元冒険者たちは制服? と一様に驚いていた。

「だって、騎士も制服着てるでしょう?」

「……俺たちを騎士と比べるか」

「同じようなものだもの。騎士は人を守るけど、あなたたちは年老いた希少獣たちを守る」

 そう言うと、なんだか泣きそうな顔をしてシウを見ていた。

 人生の終盤に差し掛かると、涙もろくなるものである。シウにも経験はあるので見なかったふりをした。

 その作業着だが、騎士服のように黒や紺だと威圧感があるため、汚れの目立たないベージュとカーキの組み合わせにした。

 デザインはセンスのないシウよりロトスが良いだろうと思って任せたら、ものすごく張り切ってしまい、軍服っぽい格好良さの滲み出る作業服となった。


 まだ国からゴーサインも出ていないのにと、若干心配ではあったものの、やる気になった元冒険者たちは元気なものだった。

 彼等にはやはり仕事が必要だったのだ。

 飲んだくれていたらしい人生の先輩が変わったので、冒険者ギルドで働く現役の冒険者たちも将来のことをちょっと考えるようになったらしい。

 ある者は貯金をしたり、あるいは故郷に帰って親の跡を継ぐか、はたまた店をやりたいのだと人生設計を立て始めた。

 なかなか良い風潮になってきたと、冒険者の老後を心配していたタウロスも喜んでいた。


 職員たちは、改築が進む屋敷に寝泊まりし、同時に介護用品の使い方や自分がやれる仕事を模索していった。

 常駐する院長も決まった。ルシエラ王都のサヴェリア神を信仰する神殿からネイサンという男性が来てくれた。

 彼も屋敷に住むことになる。ネイサンは神官なので神官服を着たままだ。主に対外的な役割を果たしてもらう。国との折衝も彼が行うのだ。

 あとは、国から正式に許可を貰えば運営が始められる、というところまで進んでいた。





 誕生の月の最後の週にはエサイフたちが戻ってきた。

 これほど長引いたのは、クセルセス街道を何度も往復したかららしかった。そこまでして入念に見回りした理由は、後にシアン国からも依頼が入ったからである。

 シアンでは、自国の貴族が相次いで魔獣に襲われたことから危機感を募らせ、今までラトリシア国頼みだった重い腰を上げたわけだ。

「商人らにとっちゃあ、気持ちの良い話じゃないがな」

 エサイフが酒を飲みながら肩を竦めた。

 彼等はルシエラ王都へ戻ってきてから精算を済ませると、すぐさまシウを呼び出して居酒屋へと駆け込んだ。

 隣の席ではガンダルフォたちがいて、耳を傾けている。

 同じ級数なのに、妙にエサイフのことを上に見ているようだ。

 他の地元の冒険者たちも尊敬の眼差しである。どこらへんに違いがあるのか、シウにはよく分からない。

「でも、国ってそんなものだよね」

「……達観してんなあ。まあ、商人も諦めているようだったよ」

 この飲み会には、ヤルノやユッカ、ダニアも来ていた。アイスベルク組も打ち上げだと飲みに出ていて、噂を聞き合流してきたのだ。

 彼等、偵察組はエサイフの話を聞きながら、どこか落ち着かない様子で端っこに座っている。

 反対に目を輝かせているのがカフルやアルダスのパーティーだ。

 エサイフに対する態度が、両極端である。

 尊敬しつつもどこかよそよそしく遠巻きにする者と、純粋に憧れの気持ちで接する者と。

 面白いなあと、彼等の様子を眺めながらシウはエサイフらと話を続けた。

「これから冬に入るし、暫くは安心かな」

「あの周辺の魔獣はほぼ狩ったからな。でもルプスが出て来るし、商人の山越えはいつも通り大変だろうよ」

「冬は地竜が必須だものね」

「あっちの物価が割高になるはずだよ。しかも今年の冬は大変だぞ」

「まだ食糧難?」

「そうらしい。商人とも話をしたが、相当苦しいようだ。結局、漁業は大打撃のままでな。シャイターンやラトリシアから肉類の輸入をしているらしいが。ああ、それだ」

 そこで、小声になった。

「シアン行きの仕事が増えるぞ。お前さんにも招集がかかるかもしれん」

「護衛仕事ってこと?」

「ああ。秋頃に成人するんだろう? 最低でも級数は五級から始めると聞いたぞ。十分、護衛としてやっていける。俺も推薦したしな」

「そっかあ。じゃあ、学校の授業のやりくりを考えておかないとなあ」

 そう言うと、エサイフは「ああ……」と思い出したように頷いた。シウがまだ学生だということを忘れていたらしい。

「うーん、そういう事情じゃ、毎回ってわけにはいかないのか。学生は勉強するもんだ。俺からもギルドに言っておくよ」

 彼は彼なりに、シウが仕事し易いようにギルドへ声を掛けてくれたらしかった。

 やはりヴァスタ爺様の養い子であったシウに、心を割いてくれているようだ。

 彼等はこの後シアン行きから、次いでシャイターンへ向かう隊商の護衛としてルシエラ王都を出立する。

 特に連絡先など聞くこともなく、あっさりとした挨拶でエサイフたちとは別れた。

 それが、ヴァスタの仲間でもあったカンタリウスの弟子としての、やり方なのだろう。

 キリクに教えたら、怒り出しそうな別れであった。

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