175 成獣間近と打ち合わせと護衛仕事
ロトスが成獣となるのももうそろそろ。
山粧うの月に入れば牙がいつ生え変わってもおかしくない。
彼は誕生の月に入ってから急激に背が伸びて、今では立派な成人の青年姿だ。
シウは完全に見上げる格好となり、リュカもある日突然にロトスが自身を追い抜いたのだと気付いてポカンとしていた。
「弟だと思ってたのに、お兄ちゃんになったね……」
「だよね。僕の気持ち分かった?」
「え?」
「僕もリュカに身長追い越されたから」
「あ! そうだね! えへへー」
そこは素直に喜ぶリュカである。
いいのだ。シウもそのうち、伸びるはずだから。
毎日よく眠るようになったのだ。絶対、伸びるはずだった……。
というわけで、大人の牙が生えてきたら成獣の証だ。
「ロトスのお祝いしないとね」
「えっ」
「え、って、嫌なの?」
「違くて。えーと、その、なんつうか」
照れ臭そうに頭を掻く姿は、どこにでもいる普通の青年のようにも見える。
彼は、成獣間近となっても乳白色の肌のまま髪も黒く、瞳は黒茶のままだった。
聖獣であることから極めて美麗ではあるが、全身真っ白でないため目立たないだろう。神様の計らいかもしれない。
しかし、獣姿は聖獣そのものとなってしまった。
転変すると、ほぼ真っ白なのだ。あれだけあった黒い斑模様も消えていて、よくよく探せば薄っすら見える程度だった。このままいけば、真っ白くなるだろう。
今後、獣姿になる場合は今以上に気をつけなくてはならない。
見た目を惑わす魔法も掛けてはいるが、それよりはむしろ大きさが問題なのだった。
聖獣はとにかく大きい。
そしてロトスもまた、獣姿もぐんぐんと育ってしまったのだ。
「俺、格好良い!」
とか喜んでいる場合ではない。
すでにフェレスを追い越して、ブランカと同じぐらいまで育っている。彼は更に大きくなる予定だ。
「部屋の中でいきなり転変するの禁止ね」
「えーっ」
「大体それでなくても体長二メートル前後の騎獣が二頭もいるんだから。ブランカもまだ大きくなるし、ロトスに至っては三メートルになるんだよ?」
いくら部屋が広いとはいえ、圧迫感がすごい。
「はーい」
「地下を掘って、部屋を広げようかな。それとも、やっぱりどこかに家を借りようか」
「カスパルの若様はなんて言ってるんだ?」
「ここにいなよ、だって」
なんだったら、使ってない部屋をぶち抜いて広げたらいいとまで言ってくれている。
ただそうなると、何人かに部屋を引っ越してもらわねばならなくなり、申し訳ない。
しかし、子供たちが窮屈なのも可哀想だ。シウも屋敷の人々と慣れているため、離れたくはない。
「せめて、ロトスが転移を覚えてくれたらなあ」
「無茶言うな。あと、俺まだチート極めてないからね? ね?」
目が、捨てないでねと告げているので、シウは笑った。
「分かってるって。違うよ。ほら、動き回れなくてストレス溜まるんじゃないかと思って。ロトス、コルディス湖に行くのもひとりじゃ嫌がるし」
ロトスはそっと目を背けた。まだ自信がないようだ。もう十分強いし、聖獣でもあるのに。
シウとしては隠れ住まわせているから可哀想で仕方ない。
未だに留守番をさせることが多く、罪悪感があるのだ。
とりあえず、彼が成獣になれば力もぐんと上がるらしいし、気持ちも落ち着くだろう。
今は目先のロトスの成獣祝いについて考えようと、打ち合わせを行った。
ロトスの成獣祝い(表向きは成人祝い)は、ブラード家で翌月の終わり頃に行う。
キリクからも、オリヴィアがぜひやらせてほしいと連絡があったのでオスカリウス家で行うことになった。もちろん、こっそりとだが。
ついでというと物言いは悪いが、スタン爺さんたちも一緒にしてもらうことにし、オスカリウス家へ集まることで決まった。
貴族家へ行くということでエミナのはしゃぎっぷりがひどいらしく、スタン爺さんとドミトルから相次いで愚痴を聞かされた。
ところで、その連絡の際に、シウの成人祝いについても話があって、一ヶ月違いだし一緒にやっちゃおうかと提案したら怒られてしまった。
一生に一度のお祝いなんだから、ということらしい。
本当はやらなくてもいいぐらいなのだが、そんなことを言い出すとまた怒られるし、前世での失敗から何も学んでいないということになる。
よって、ドミトルの言葉に従って、お祝いを受けるつもりだった。
養育院の開業もそろそろ可能かという話が出た頃、久しぶりにククールスがやって来た。
「あのさー、俺と一緒に護衛の仕事やんない?」
「どうしたの、急に」
相変わらずブラード家へ入る際には落ち着かない様子でキョロキョロするククールスだが――これはサビーネを恐れているのかもしれないが――シウの部屋へ着くといつもは堂々としていたのに、今は緊張した様子だ。
「何かやらかしたの?」
「えっ、ククールスの兄貴、何やったんだ!」
シウとロトスの言葉に、ククールスは半眼になった。
そして、ソファで寛いでいるアントレーネに向かう。
「この二人を一緒にしてたらまずくないか?」
「あんたとロトス様を一緒にするより、全然いいよ」
「あっそ」
気が抜けたのか、ククールスは空いている椅子にどっかと座った。
「いや、あっちヤバイからさ。俺も護衛で何度か行ったことあるし、馴染みの奴も多くて。できたら、そのー、食料も回してやれないかなって」
「なんだ、そういうことか」
「つっても、ただ行くだけだったら意味ないから、護衛仕事を受けてな。級数も上げられるだろ」
今のところシウは上がらないが、アントレーネの級数を上げられるのは嬉しい。
シアーナ街道を除いた近辺の見回りも、そろそろ落ち着いてきたところだった。
「そういうことなら、行こうかな。でもロトスを連れていける?」
「ギルド会員じゃない奴の同行ってことか。そうだなあ」
「俺、留守番しててもいいよ?」
絶対しょんぼりしているくせに、必死に隠して笑うロトスが可哀想で、シウは首を振った。
「護衛で行くなら、暫く王都を離れることになるんだから、それはダメ。ロトスを置いていくなら却下」
「えっと、でも、兄貴の知り合いが困ってるんだろ」
「最悪、転移で行って手助けすることも可能だよね」
シウがそう言うと、ククールスは少し考えて、いやと首を振った。
「どこでお前のスキルがバレるか分かんない。それは止めとこう。それに、食料も融通してほしいだけで、施すわけじゃない。ちゃんと買い取るって言ってるんだ」
彼なりにいろいろ考えたようだ。
三人でうーんと悩んでいたら、アントレーネが手を挙げた。
「あのさ、ギルドへの登録は、やろうと思ったらやれるんじゃないのかい?」
「うん?」
「今のところ、誰にもバレてやしないし、認識阻害も効いている。もう立派に大人の姿だから、成人だって言ったって、嘘じゃない。種族を誤魔化すのも理由あってのことだし、最悪バレても罪にはならないんじゃないかと、あたしは思うんだけど」
「……そだね。本当だ。うん、行けるかも」
「で、でもさ、それって精霊魂合水晶を誤魔化さないとダメなんだよな?」
「うん。僕もやった」
「……俺、できるとは思えないんだけどー」
魔法もかなり使えるようになったロトスだが、シウほどに細かい作業はまだできない。
「諦めたらお終いだよ、ロトス様。あと、どうしても無理なら、シウ様が一緒に行って手を繋いでてもらうとかなんとか言い訳してさ、やってもらったらいいじゃないか」
「おい、レーネ、お前大胆だな」
「あたしも随分慣れたってことさ」
ククールスとアントレーネは一安心したとばかりに笑っていたが、ロトスは嫌ーな顔をしていた。
シウがどうしたのと聞くと。
「手を繋いでてもらうって、どこの幼児だよ。しかも、大人の姿の俺が、子供に手を繋がれてるってヤバくね?」
「あー、うん、そうだね」
「俺、やるわ。頑張る。絶対やってみせる。見てろよ、シウ!」
何故かシウへの挑戦という形に、なっていた。
完全にもらい事故である。
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