173 味覚変化と大人への階段と宝飾品の行方
翌日は爺様の家へと転移した。山中の見回り兼、畑などの様子見だ。
ロトスは爺様の家の裏で自分専用の畑を作っており、収穫できたことに大変喜んでいた。
「ナス~ナス~キュウリ~」
小さい頃は野菜が苦手だと言っていたが、今ではなんでもモリモリ食べている。
魚も美味しいと言って、頭からバリバリ食べていた。
当初、骨があって食べ難いと言っていたのだが、成獣に近くなってきて不意に「あ、これイケる」となったそうだ。
最近は、フェレスがご褒美の内臓を食べていると、ちらっと食べてみたいと思えるようになったらしい。
ブランカはどっちでもいいらしいので、希少獣でも好みがあるのだろう。無理はしないようにと言っているが、この調子なら彼も成獣になれば食べられそうだ。
考えたら、初めて会った時のガリガリ具合から、よくもここまで育ったものだと感慨深いものがある。
ついついジッと見てしまったら、ロトスに不審そうな目で見返されてしまった。
「……なんかまた、爺ちゃんの目付きになってるぞ。いい若者が、なんちゅう顔してんだ。もっと青春しないと!」
「あ、うん。そだね。青春ね。青春」
分かった、と返事をしたのだが、ロトスは信じてなさそうな顔でジトーっと半眼になっていた。
午後は崖の巣へ転移し、周辺の探索及び、崖の巣のリフォーム作業だ。
「どうせなら、もっと広い風呂にしようぜ」
「そう?」
「うん。アウルとか、みんなで入るんだー」
「それ、ロトス的にアリなんだ?」
「アリアリ。俺もう考えるの止めた。大体、レーネと一緒に風呂入ってるシウに言われたくねえ」
「あー、そうだよね。僕ももうすぐ成人だし、お風呂は分けた方が良いのかな」
「せめてレーネに恥じらいがあればなあ。でも、あれは子供産んだからとかじゃなくて、元々の性格だよな!」
ロトスの持論では、女性は子供を産んだらオバサン化するらしい。
だから、ククールスやシウとも一緒にお風呂へ入るのだと、言っていた。
でも今は「アントレーネは元から大雑把な性格」ということになっているようだ。
「まあ、前世でもそうだったよなー。国が違えば習慣も違うし、パーソナルスペースだって全然違うもんな」
「そうだよねえ。僕も最初、ハグされるの気恥ずかしかったよ」
前世の記憶に苛まれて、魘されていたシウを辛抱強く抱き締めて慰めてくれた爺様のことを思い出す。
考えたら、シウはとんでもなくひどい子供だった。
感謝しているが、愛情を彼に示して返したことはなかったように思う。
それなのに、爺様は無償の愛をシウに与えてくれた。
どれだけ懐の広い人だったのだろうか。
「レーネの話聞いてると、ティーガ国ってめっちゃ性に奔放なんだぞ。俺、それはそれで嫌だ」
「え、なんで? だってハーレムやりたいんだよね?」
「俺がやりたいのは、俺のハーレム。好きな子が、違う男と付き合うのはやっぱ嫌だ」
「矛盾してるなあ」
それなら、女性の側だって、ロトスが他の女の子と愛し合っているのは嫌だと思うのではないだろうか。少なくともそう想像することはできるはずだ。
するとロトスはバツが悪そうに視線を逸らす。
「……分かってるってば。だからー、ハーレムは俺の夢なだけ。でも別に、一人でもいいんだ」
誰かに好かれたい、それだけのことなのだ。
ロトスは恥ずかしくなってきたのか、この話はもう終わり! と、勝手に終わらせてしまった。
シウは苦笑しながら、彼の指示した通りにお風呂を大きく広げる作業を続けた。
光の日はアントレーネと合流して、ルシエラ王都から北西に進んだ草原で狩りをした。
角牛がメインではなかったが、まだまだ数の多い角牛を間引くことがほとんどとなってしまった。
あとはカニスアウレスの群れを片付けていく。
時々パーウォーや火鶏も見付けたので、クロとロトスを中心に倒してもらった。
クロは攻撃力があるわけではないが、複合魔法を覚えているので相手を混乱させたりして罠へ誘導するなどが上手い。
遮蔽隠蔽も得意、防御も付与しているとあって、意外と危険スレスレに飛び回るから見ているシウがハラハラしてしまった。
たとえば火鶏の嘴の前にスッと飛び出たりするのだが、それで火を噴かせようと仕向け、ついっと相手に分かるように避けるのだ。当然相手は嘴の向きを変える。そこにもう一匹の火鶏がいて、相打ちになるというわけだ。
火鶏は火に耐性があるとはいえ、さすがに間近で火を噴かれると堪ったものじゃない。
死ななかったとしてもパニックになって暴れだすから、あとは自滅を待つだけでいい。
小さな魔獣というのはおおむね考える力がないため、連携することがないので楽だ。
同じ小さな魔獣でも人型だと連携するから、何事にも例外はあるが。
ロトスは聖獣姿なら、草原にいる魔獣は難なく倒せるようになっていた。
角牛でも喉元を噛み切るだけなので楽勝らしい。
人型だと魔法の精度が良くないので、まだ完璧とまでは行かなかった。
武器も使おうとしていたが、こちらもあまり上手とは言えなかった。
「人には向き不向きがあるよね!」
「そうだねえ」
「俺、剣も弓も諦めた!」
彼は早々に武器を使うことを止めたらしかった。
ちなみにシウの愛用する旋棍警棒は見た目が嫌だと言って、使ってもくれない。
別にいいけどね、と言ったら、
「拗ねるなよー」
と、惚けられたのだった。
その日は、帰りに角牛狩りをしていた冒険者や貴族のパーティーを助けながら、王都へ戻ることになった。
ギルドから、実力のないパーティーを見付けたら諭して連れ帰ってほしいと頼まれてはいたが、相変わらず無謀なことをする人が多い。
昨年のことはすっかり忘れているようだ。
アイスベルクの件で上級冒険者を取られている上に、今はクセルセス街道の問題もある。それにシアン国への隊商護衛などで姿を見ない冒険者もいて、必然的にルシエラ王都にいる冒険者は低級のものばかりだ。
そんなレベルでミセリコルディアに近い草原を歩き回るなど、正気の沙汰ではない。
シウが説教しても聞いてくれないので、帰りの道中はアントレーネが大剣を振り回しながら怒ってくれた。
最初は反発していた貴族の一行も、襲ってきた三目熊を一刀両断にしたアントレーネを見て、黙り込んでしまった。
新人冒険者のパーティー二つも、ゾッとしたらしかった。
岩猪までならなんとかなっただろうが、三目熊はちょっと彼等には厳しかったようだ。
シウがその場でサッと解体してしまったのも彼等にはショックであったらしく、その後はしょんぼりしていた。
貴族の一行は、王都外壁門で兵らにしっかり名前を記されていた。
後日、上からお叱りの手紙が届くことだろう。余計な仕事を増やすな、と。
今は宮廷魔術師もあちこち出払っていて忙しいし、冒険者ギルドも大変な時期である。そんな時に昨年みたいな事件が起こったら、人手を工面するのに上も苦労するのだ。
自己責任で済んでいれば良いが、相手は腐っても貴族なので、助けに行かざるをえない。
かなり絞られることだろう。
新人冒険者パーティーはギルドから目一杯怒られるはずである。
可哀想だが、力量を見極められなかったら死ぬことになるので、愛ある鞭と思って耐えてほしい。
夜、パーセヴァルクから連絡があったので居酒屋へ行くことにした。
屋敷に招いても良かったのだが、遅くなるとロランドやスサたちに悪い。
「案の定、ビルゴット教授やアルベリク、フロランたちは買いたいって言い出したぞ」
「そうなんだ。鑑定する間だけっていうのは耐えられなかったのかな」
「とてもじゃないけど無理だろ。アルベリクは親父さんに頼んで都合をつけてもらうとかなんとか言ってた。ビルゴット教授はたぶん、フロランとか巻き込んで借金するな」
「借金してまで欲しいかなあ。目先のものに囚われ過ぎだよ」
「まあな。あれ見てると、俺も冷静になったわ。この間から目がギラギラしてたらしいけど、ちょっと落ち着いた」
ビルゴットたちのお眼鏡に叶わなかったものは、週末の小さなオークションにて売り払ったようだ。また売上は闇ギルドの口座に入るということなので、後ほど確認することになった。
オークションに出品しなかった分については、一旦パーセヴァルクが鑑定人であるビルゴットたちから戻してもらって、闇ギルドにて預かってもらっているところらしい。
「交渉は、俺だと顔見知りでやりづらいから後は闇ギルドに任せるよ」
「そうだね。分かった。とりあえず、ビルゴット教授には借金してまで手に入れようとするな、って注意しといて。なんだったら、どこかに寄贈して一般公開みたいな形にしても良いんだから」
美術館みたいなものだ。国営のものもあるので、そこへ寄付しても良い。
パーセヴァルクもそれが賢明かもなと、シウに同意していた。
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