169 想像力の限界と拘束具と報告会
パーセヴァルクには残っていた宝飾品を預けた。
「ビルゴット先生のために、渋々見せるって形で渡してあげて。鑑定に時間を掛けても良いからとかなんとか言ってもいいし」
「本当に良いのか?」
「うん。どうせ、こんなのオークションに出すつもりなかったし」
「だよなあ。こりゃあ、ひどいわ」
一緒に見ていたチェザルとコラディーノも呆れた顔をしている。
「俺たちも相当、ヤバイもんを見てきたが、金の使い所が違ってるな」
いわゆる性行為に関する道具類が凄かったのだ。
細長い黄金の針も、一体何に使うのか未だに分からない。が、たぶん、そちら方面のものだろう。まとまって袋に入っていたので。
「最初、拷問具かと思ったぐらいで」
「ある意味そうかもな」
シウが呆れて言うと、パーセヴァルクが頷いた。
「子供のお前がさらっと言ってしまえることに、俺たちは驚きだけどな!」
コラディーノも呆れていたが、どちらかと言えばシウに対してのようだったので心外だ。
なので、爆弾発言を投下する。
「拷問具もあるんだよね」
「「「えっ」」」
「趣味が悪すぎて。これとか、ほら、ミスリルでできてるし。こっちはヒヒイロカネと黄金の競演」
貴族用だったのかなとシウは思っていたが、パーセヴァルクは違った意見のようだった。
「ああ、こりゃあ、魔法使い対策か」
「うん?」
「魔力の多い魔法使いを拘束しておくには、ミスリル製の魔素遮断用魔道具が必要だったんだ。人族なら大したことないが、たとえばエルフやハイエルフみたいな魔力が膨大な相手を捕まえるのには必要な素材ってこと」
「そうだったんだ」
「技術も相当高いし、作ったドワーフは一流だな。芸術的にしたのは、当時の世相を現しているだけだろう」
「へえ」
「この拘束具は、見せない方がいいかもしれない」
「……そうだね」
悪用されるとは思っていない。むしろ盗まれでもして事件に巻き込まれる方が怖いからだ。パーセヴァルクも一瞬でそう悟ったようだ。
チェザルやコラディーノはオークションに出品したいようだったが、シウが頑固なのはもう気付いているらしく、仕方ないと諦めていた。
翌日は生産科の授業で、拘束具について考えていた。
もしハイエルフの一派アポストルスに襲われたとして、死闘になったら殺してしまうこともあるだろうが、普通に捕まえてしまったらその後困る。
拘束具のことを教わって、これは良いなと思ってしまった。
もちろん、悪趣味でえげつない拘束具を使うつもりはないので、あれらは論外だ。
だからシウが自分で作ってみようと考えた。
幸いにしてミスリルもある。
ヒヒイロカネもあったが、爺様の遺産をそんなことに使うのはちょっと嫌だなあと思って、悩んでいるのだ。
使い道のないお金もたくさん入ってきたため、闇ギルドに相談して鉱物を仕入れてもらおうかしら。
でも、鉱物はあまり取り扱ってないと言っていた――と天井を見ていたら、レグロに頭を叩かれた。
「おい、どうした。そんな貴重な鉱物を手にして何やってるんだ。お前が壊れたんじゃないかと生徒どもが引いてるぞ」
「あ、先生」
「ていうか、そんなもん、学校に持ってくるな。お前はバカか。もうちっと考えて、生産の授業を受けてくれ」
「あ、はい」
どうやら、学校で堂々と使うには問題があるようだった。
どのみち形を変えるには、相応の鍛冶施設が必要となる。ここに併設されているものでは追いつかない。
そして、特別な場所には、レグロの許可がないと入れないのだった。
だったら自分の鍛冶小屋を使った方が早い。
シウは鉱物を仕舞うと、レグロにあれこれ聞いてみた。
「先生、自作の品に細工彫りを施すのって、どういう心境でしょう」
「んー? モノによるだろうが」
「あ、そうか。えーと、手枷とかに、です」
そう言うと、レグロはものすごく嫌そうな顔をした。
それから、顔を近付けて、シウに低い声で告げた。
「お前、若いうちから妙な遊びを覚えてんじゃないだろうな?」
「あ、違います。違うよ、そうじゃなくて。遺跡物でそういうのを見かけたから。手枷は手枷で、そんなものに芸術的な彫りを入れる必要はないのにと思って」
「ああ、そういうことか。そういや、シウは古代遺跡研究科も受けていたな」
そうそう、と頷いた。
するとレグロは顎髭をさすりながら、考え考え話してくれた。
「そうだなあ。時代背景もあるだろう。あとは、所有物への執着。手枷ってことは罪人か奴隷だ。すでに所有物であるのに、更にそれを示したい。周りへの優越感や、自己満足、自尊心を満たすもの。それに同調できる者か、あるいは魂を売った者が、彫りをやっちまうんだろうな」
お前にはできないのかと言われたら、レグロもなにくそとやってしまうかもしれないと笑った。
「特にドワーフは、負けん気が強い。おだてられるより、できないのかと馬鹿にされることが許せんだろう。で、やるからには徹底的にやるのが、俺たちの種族だ」
「なるほどー」
「お前さんは、すっきりしたものを好むから、柄を入れることはほとんどないだろ? 生産職ってのは、性格が出て来るな」
そうかもしれない。
友人のアグリコラも、以前頼んだ女性向けポーションの瓶にはとてもこだわってくれた。シウもこういう形が良いとかお願いしたが、シウが作ったものよりずっと可愛らしい細工物として出来上がってきた。
彼は一手間も二手間も掛けて、より良いものにしてくれる。
シウは複雑なことは苦手でシンプルイズベストだと言い張っていた。
が、もう少し芸術的な方面にも力を入れようと思った。
もちろん、黄金でできた飛行板なんて作るつもりは毛頭ないけれど。
この日、オスカリウス家の秘書官シリルから、飛竜大会でレース直前に喧嘩を吹っ掛けてきたディジオという男性に対する処分が決定したと報告があった。
彼を庇う上司ともども、半年間の蟄居が命じられるという、かなり厳しい結果だ。
流民扱いとなるシウ相手なのにと思ったが、どうもハンス王子とレオンハルト王子がものすごく暗躍(?)してくれたらしい。
オスカリウス家が後ろ盾になっているが、それで足りないのなら自分たちが立つとまで言ったとか言わないとか。
あまり聞きたくない話である。
しかし、そういうことだから実にあっさりと処分は決定し、どこからも反対の声は上がらなかったようだ。
大丈夫だと太鼓判を押してくれていたが、本当に大丈夫だった。
シリルには十分お礼を言って、通信を切った。
ついでと言うと失礼だが、リグドールにも連絡を入れたら、レオンが正式に卒業が決まってシーカー魔法学院への推薦も受けられるということが分かった。
カスパルにもチラッと話をしていたが、一人や二人増えてもいいと言っているので、下宿の話を進めておくからと伝言を頼んだ。
もしかしたら、アルゲオのところに下宿するかもしれないが、レオンは「絶対にない」と言い張っていたので、たぶんこちらへ来るだろう。
彼が気兼ねしないよう、シウも準備をしておこうと思った。
夜、カスパルにそれらを話すと、喜んでくれた。
「気になる案件がひとつふたつと片付くと、すっきりするね」
「うん。ほんとにね」
「ああ、部屋は気にせず使うようにね。ロランドがやってくれるよ」
「ありがと。ところで、アイスベルクのこと聞いた?」
「いや。進展したのかい?」
まだ知らなかったようなので、昨日聞いた話をする。またクセルセス街道の件も、詳細を話した。
一昨日と昨日は話す時間がなかったのだ。
「……そうか、アイスベルクは落ち着いたのに、今度はクセルセス街道か」
「エサイフっていう二級の冒険者パーティーが中心になって討伐してるけど、人出が足りないから少し時間がかかりそう」
「シアン国は大変だね。今年は漁業が大打撃を被っているというし、街道がひとつ使えないのだったら輸入する手筈なども変わってくるからね」
予算も大幅に変わるだろう。
「角牛の大発生も、良いことばかりではないんだねえ」
「俺たちは角牛がたくさん食べられて良いことばっかりでしたが」
モイセスが沈痛な面持ちで言うのだが、言っていることはちょっとアレだ。
「お前は食べ過ぎだよね?」
「えっ、でも、超美味しいんだからしようがない」
護衛仲間とわいわい言って、彼はカードゲームに戻っていった。シウの報告だけ聞きに来たらしい。
「ところで、君、あれだけの量を本当に良いのかい?」
「もちろん。もっとあるけど、料理長が無理だって言うから入れてないだけで」
ブラード家の厨房にある専用の魔法袋(シウが勝手に作って置いてしまったもの)にはたくさんの角牛肉が入っていた。
「調理に手が回らないって断られてしまって」
「君、限度ってものを知らないものね。でも、お客様方はとても喜んでくれているから、お持たせにもしているけど、割に合わないなあ」
「あ、こっちの方が、ご迷惑お手数おかけしてますので!」
シウが被せるように急いで発言すると、カスパルは本を閉じて笑った。
「分かった分かった。もう言わないよ。君も無理はしないで、貢ぐように」
鷹揚に手を振るので、シウもははーっとひれ伏す真似をしていたら、話を聞いていなかったダンがグラスを落として割っていた。
ちなみに彼は飲みすぎて手が震えていたとして、この後ロランドにこっぴどく怒られていたのだった。
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